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玉子はまたご機嫌にころころと転がっていきます
私たちもわいわいと後をついて行きました
一見行き止まりのような場所に着くと
みんなで鏡を探しました
すると、必ず、小さな指先ほどの鏡を見つけるのでした
鏡探しは、ダントツで、フィオーリさんがお上手でした
「あるって分かってたら、見つけるのは楽勝っす!」
鏡を握った手を差し上げ
ひょうっ!と奇妙な掛け声と共に
くるっと宙返りなさいます
次によく見つけられたのはミールムさんでした
「幸運度の高さは昔から妖精が一番って決まってるからね」
こちらは、腰に手を当て、胸を反らせて
からからと高笑いなさいました
拾った鏡はお師匠様がポケットに集めています
いつの間にやらそれも、じゃらじゃらと
音がするくらいに集まりました
鏡を取り除けば、そこには道が開けます
すると、いつも鳥の巣に入った玉子を見つけるのでした
「この玉子も魔道具だろうから
定期的に魔力を補給しないと進めないんだろうね」
「なんや、トラップの現れるタイミング
読めてきたかなあ」
あれから、偽物の玉子が大量に、という罠はなくなりました
もしかしたら、フェイクの玉子はもう
品切れになったのかもしれません
次第に森の奥深くに踏み込むにつれて両側から木が迫り
歩ける場所はいつの間にか一本道になりました
私たちは自然と並んで、固まって歩いておりました
玉子は私たちを先導するように
ころころと転がっていきます
「おいらも、なんか、コツ?分かってきました!
迷宮って、案外、ちょろいっすね?」
「そんなこと言って調子に乗ってると足元すくわれるよ?」
フィオーリさんとミールムさんは
お二人並んで先頭に立って歩いていらっしゃいました
その後ろに、ノワゼットさんと私
一番後ろはお師匠様です
「後ろから、なんか追っかけてきたら困るからな?」
そうおっしゃって、お師匠様は後ろを警戒しながら
歩いておられました
エルフの郷の近くの森は明るくて開放的でしたが
この辺りは鬱蒼と少し薄暗くなってきました
人の手の入らない自然のままの森は
少しばかり、おどろおどろしくも見えました
「なんか、暗くなってきましたねえ?」
「そろそろ日暮れが近いかもしれない」
「流石に迷宮に日帰りというわけにはいかんか
暗くなる前に野営の準備、しとこうか」
そんなことを話し始めたころでした
突然、前にいたはずのフィオーリさんの姿が消えました
えっ、と思う暇もなく
いきなりノワゼットさんに地面に引き倒されました
「えっ?えっ?えっ?」
えっ、しか出てきません
その耳にミールムさんの叫ぶ声が聞こえました
「フィオーリ!」
えっ?フィオーリさん、いったい、どうなさったんですか?
目をきょろきょろさせると
こちらを覗き込むノワゼットさんの目と目が合いました
「…ノワゼット、さん?」
「怪我、ない?」
ノワゼットさんはちょっと心配そうに尋ねてくださいました
私は急いで首をぶんぶんと縦にふりました
ノワゼットさんは腕をクッションにして
私を庇うようにしてくださっていました
そのお蔭で、私はどこも痛くありませんでした
「…あの、いったい、何が…?」
「フィオーリが穴に落ちた」
お師匠様の声に、ようやく事態を悟りました
「穴?」
「…落とし穴って…
まさか、こんな古典的なトラップにひっかかるなんて」
ミールムさんは唸り声をあげておられました
「いやあ、みなさん、驚かせてしまって、すいませんっす」
いつもの陽気な声と共に
地面からひょいと、フィオーリさんが顔を覗かせました
幸い、穴はそれほど深くはなかったようで
フィオーリさんはすぐに這い上がってこられたようでした
「ほんまやで、気ぃつけてや?」
お師匠様はフィオーリさんを引っ張り上げると
あちこち撫でて、怪我がないか確かめました
幸いお怪我はないようでした
流石、身の軽いホビットさんです
ミールムさんも、ほっとしたようにため息を吐かれました
「本当、穴が浅くてよかったね」
「まったくっす
これからは気をつけます」
「それにしても、落ちたのがフィオーリでよかった
マリエだったら、大怪我してたかもだよ」
フィオーリさんが落ちたのはよかったとは申せませんけれど
確かに落ちたのがもし私だったら
皆さんに多大なご迷惑をおかけするところでした
私は、危うく落ちそうなところを
とっさに、ノワゼットさんに助けていただいたのでした
「ノワゼットさん、本当に有難うございました」
ぺこりと頭をさげると
ノワゼットさんは、べつに、と目を逸らせました
ところが、立ち上がったノワゼットさんは
肘のあたりから血が出ていました
「ノ、ノ、ノワゼットさんっ?!
血、血が!!」
私は思わず指さして大声を上げてしまいました
「…ああ、大したことない…」
ノワゼットさんは軽くおっしゃると
すっと傷を掌で撫でました
すると、傷はさっと消えてしまいました
ヒールの魔法の効果は流石ですけれども
やっぱりお怪我をなされば、痛かったでしょう
あんなお怪我をなさったのは
きっと私を庇ってくだったからに違いありません
私は大変申し訳なく思いました
「…あの、ノワゼットさん…
痛い思いをさせてしまって、申し訳ありません」
「…べつに…」
ノワゼットさんはぼそっと言ってから付け足しました
「この怪我はあなたのせいじゃない
ただ、わたしがヘマをしただけ」
それでも庇ってくださったことに違いはありません
おろおろと見つめていると
ちらっとこっちを見て、付け加えました
「べつに
あなたのこと、助けようとしたわけじゃないし
ただ、あなたが傷つくと
シルワ師が悲しみそうだから、ってだけ」
そう言ってから、ちょっと、ふふ、と笑われました
「もしかして、今の、シルワ師も見てくださったかな?
よくやった、って、喜んでくださってるといいんだけど」
満足げな笑みを浮かべたノワゼットさんを
お師匠様は感心したように見ました
「…なんや、あんた、ほんまにシルワさんのこと
大好きなんやねえ?」
するとノワゼットさんはいきなり真っ赤になって
そっぽをむきながら、怒ったようにおっしゃいました
「っそ、そんなの、当たり前じゃないか
だいたい、シルワ師は、みんなからすごく好かれてるんだ
昔っから、郷じゅうのエルフの憧れだったし
口きいてもらっただけで、自慢しまくれたし
くそ…
それなのに、ラルフのやつ…
シルワ師の弟に生まれるなんて…
どんだけ幸運の極みだったか…
本当、思い知らせてやりたいよ…」
なんだか後半はぶつぶつとお口の中に消えてしまって
聞き取れませんでしたけれど
ノワゼットさんがとってもシルワさんのことがお好きだ
ということは十分に伝わってきました
私は同志を見つけた気がして
なんだか嬉しくなってきました
「私も、シルワさんって、とても素敵だと思います
なんかこう、ねえ?
いつもお優しくて
春風のように軽やかで
傍にいると、ほっとするような…」
するとノワゼットさんはくるっとこっちを振り向かれて
私の手を取っておっしゃいました
「分かる!
分かるよ、それ!
春風!
うん、春風、だよね?
シルワ師って!」
突然のことにちょっと驚きましたけれど
目が合ってノワゼットさんはにこっと笑ってくださいました
そのとき
ほんの少し、ノワゼットさんと私の間にも
春風が吹いたような気がいたしました




