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もうじき夏が来ようという季節

私たちは、寒い土地を目指して旅をしておりました

単純に、寒い季節には温かい土地へ

暑い季節には、涼しい土地へ

それが旅のコツなのだそうです


夜明けはずいぶん早いけれど、朝は少し冷えます

目を覚ました私は、焚火の傍へ行きました


火の番をしてくださっていたのは、シルワさんでした

オーク避けに、一晩中明々と火を焚くのは野宿の常識です

しかし、一晩中、火の番をするのはとても辛い役目です

お師匠様やシルワさんはよくそれを引き受けてくださいます

ずっと旅を続けているから慣れているのだとおっしゃいます


疲れているのは皆同じだと思います

だから、私も、火の番を買って出たりもしたのですけれど

うっかり夜中に眠ってしまったことも、何度か…

気が付くと寝床に寝ておりました

幸い火は消えたりはしていませんでしたけれども

きっとどなたかが、代わりにしてくださったのだと思います

お師匠様もシルワさんも、寝たふりなさってましたけれど


起きてきた私にシルワさんは優しく微笑んでくださいました


「おはようございます、聖女様

 お茶を、召し上がりますか?」


私は、はい、と頷きました

すると、お鍋からお湯を取ってお茶を淹れてくださいました


「熱いので、お気をつけて」


そう言ってカップを手渡してくださいます

シルワさんが取ってこられた薬草で作った特製のお茶でした

ふわりといい香が立ち上ります


私はふうふうと冷ましてから、一口いただきました

けれども、少し、早かったようです

あちっ、と小さく呟いたのを、気づかれてしまいました


「申し訳ございません、聖女様

 もう少し冷ましてからお渡しするべきでした」


シルワさんはそう言って丁寧に頭を下げられました

私は、とんでもない、と慌てて手を振りました


「急いで飲んだのは私です

 シルワさんが悪いわけではありません」


私、自他ともに認める、そそっかしい人間です

慌てると、ろくなことをいたしません

このときも、やっぱりそうでした


慌てて手を振った勢いでカップを取り落としてしまいました

熱々のお茶は私の膝にびしゃりとふりかかりました


「あ、ち…」


お茶の熱さに思わず涙がこぼれました


「聖女様!」


シルワさんは一声、叫ぶと、駆け寄ってこられました

けれど私は、恥ずかしくて申し訳なくて顔をあげられません

せっかく、シルワさんに淹れていただいたお茶なのに

一口も飲まないうちに、全部こぼしてしまうなんて

それに、大袈裟に痛がって、心配をかけたくもありません

声を押し殺しつつ、俯いておりました


シルワさんは私の隣に跪くと、膝の辺りに手をかざしました

ふわり、と魔力の灯が掌に灯ります

青みがかった緑色は、シルワさんの魔法の色です


私は慌てて、それを押しとどめようとしました

シルワさんに魔法を使わせたりしたらまた倒れてしまいます


「おやめください、シルワさん」


けれど、シルワさんは静かに首を振りました


「どうか、今しばらく、我慢してください、聖女様」


やんわりと宥めつつ、優しい碧い光を灯し続けます

その間にも火傷の痛みはみるみるひいていきました


と、そのときでした


「何してんねん?」


後ろから低い声がしたかと思うと

いきなりシルワさんは、魔法を無理やり中断させられました


シルワさんを突き飛ばしたのはお師匠様でした

普段はのんびり動かれるのに、信じられない早業でした


お師匠様はシルワさんの襟元をぐいと掴みました


「あんた、嬢ちゃんに、何してんねん?」


「何、って…

 怪我の治療を…」


シルワさんは無抵抗を示すように両手をあげています

お師匠様は怖い顔をしてシルワさんを睨みました


「怪我?

 あんた、怪我させたんか?」


シルワさんに圧し掛かるようにして詰問なさいます

私は慌ててお師匠様を止めようとしました


「お待ちください、お師匠様

 これは、私がお茶をこぼしてしまって…」


「あーあ

 お膝に熱いお茶、こぼしたんっすね?」


そう言いながらやってきたのはフィオーリさんでした

フィオーリさんは、まあまあ、とお師匠様の手を抑えました


お師匠様の手が離れるとシルワさんはふうと息を吐きました

そのまま力尽きたように、へたり込んでしまわれました


「聖女様にお茶差し上げるときにはね?

 カップに、このくらい、にしておくといいっすよ?」


フィオーリさんは転がっていたカップを拾って示しました

それは、カップの半分よりも少ないくらいの量でした


「ちゃんと冷ましてからあげなあかんのよ

 嬢ちゃんにはな」


お師匠様は憮然として付け足しました


「風霊召喚」


そのとき、ふわり、と風が吹いてスカートを持ち上げました

いい匂いのするとても心地よい風でした


「そうやって君らが甘やかすから

 いつまで経っても、マリエが成長しないんでしょ?」


そう言って現れたのはミールムさんでした


「よう言わんわ

 自分かて、風、吹かしてるやんか」


お師匠様は憮然と返します

くくっ、とミールムさんは肩を竦めて笑いました


「だって、スカート濡れたままじゃ可哀そうでしょ?

 シルワにはもう、風吹かす余裕はなさそうだし」


はは、とシルワさんが乾いた笑いを浮かべます

やっぱり少し、具合が悪そうでした


「乾かしてもうたら、染み抜きしにくいやろ?」


お師匠様は怒ったように私に言いました


「ええから、着替えておいで

 それ、早よ洗わんと」


「あ

 はい」


私は慌てて走って行きました





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