表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/127

25

あまりにも悲しいお話しに

泣けて泣けて、仕方ありませんでした

気が付くと木彫りのベアを抱きしめて

ぼろぼろに泣いておりました


シルワさんはオークになるために殺戒を犯し続けたなんて

もちろん、シルワさんは、無辜の民を傷つけるなんてこと

なさるわけもありません


けれども、私には思い当たる節がございました

以前、シルワさんがオークになりかけたあのとき

あのときは、たくさんのオークが

シルワさんの罠にかかって、光に溶けました


食べるためであれば、エルフにも狩は認められるそうです

けれど、オークは食べられません

シルワさんの犯した戒律はおそらく

オークに対する殺戒だったのではないでしょうか


それ以前にも、シルワさんは、オークの砦から

たくさんの聖女様方をお救いしていらっしゃいます

その折には、オークと戦うこともあったでしょう


そうやって戒律を犯し続けたのは

自らもまた、オークになるためだったなんて…


シルワさんも弟さんも、お気の毒で仕方ありませんでした

なんとかならないものかと、本当に思いました


許されない罪を犯した者はオークになる


それは、大精霊がこの世界にもたらした魔法でした

何人たりとも、それに逆らうことはできません

どんな事情があろうとも、そこに一切の容赦はないのです


これまでに築き上げたもの全てを失い

人々に疎まれ、飢餓感に苛まれ、闇の中でしか生きられない


誰もオークになどなりたくはないし

なってしまったら最後、戻る術もありません

オークが許されるのは、光に溶けるときだけ

なんて、厳しく、悲しい罰でしょう


もちろん、その魔法があるからこそ

この世界の秩序は否が応にも守られる

それも確かに事実です


けれど、そのことがまた、たくさん悲劇を生みだしている

それもまた、この魔法の一面です

シルワさんのことがよい例です

けれども、ただの人間の私たちには

大精霊のもたらした魔法に対抗する術などありません


どうしようもない

それは分かっていても

どうにかできないものか

どうしたって、そう思ってしまいます


シルワさんを取り戻したい

たとえ、それがシルワさんの望みとは違っていたとしても


それでも、やっぱり、成す術もない私には

木彫りのベアがぐしょぐしょになるまで

涙を流すことしかできないのでした


アイフィロスさんが一通り語り終えた後

口を開いたのはミールムさんでした


「みんなさ、シルワのこと

 オークになった、って、思ってるみたいだけど…」


突然の台詞に、思わず、涙がぴたりと止まりました

そのおっしゃり様は、まるで

そうじゃない、とおっしゃっているかのように聞こえます


「シルワがオークになったって根拠は、何?」


その場の全員、顔を見合わせました


「…あの奇妙の叫び声は…」


真っ先に答えたのはノワゼットさんでした

それにミールムさんは淡々と問い返しました


「からだの機能的に言ってさ、エルフって、叫べないの?」


「いいや、そんなことは、ないかな」


そう答えたのはアイフィロスさんでした


「けど、あの足の速さは…?」


「シルワなら、補助魔法くらいできるでしょ?

 いや単に、走ってるふりして、風に乗ったとか」


「確かに、魔法を使えば、普通にできるかもしれんけど」


お師匠様はむうと腕組みをして考え込みました


「この小屋の破壊具合も

 必死に探し物をするのに邪魔やから、壊した、て

 そう思えば、まあ、理解はできんことも…

 ないこともない?」


「だとしても

 シルワさんがそんなことをなさった

 そのことこそが

 シルワさんがオークになってしまった、と

 みなさんが思われた理由なのでは?」


それに、みなさん、うんうんと頷かれました


「…うん

 それは一理ある

 けどさ、じゃあ、こう考えてみるのは?

 シルワは、自分がオークになったと思わせるために

 わざと、これを全部やった、って」


「わざと?

 シルワさんが?

 なんのために?」


みなさん、同じことを思ったに違いありません

一斉にミールムさんに視線が集まりました


「さあね

 僕はシルワじゃないから

 そんなことは分からないよ」


けれど、ミールムさんは

あっさりそれを躱してしまわれました


一斉に流れた落胆の空気のなか

ミールムさんは言葉を続けました


「たださ

 オークになった、にしては変だと思ったんだ

 オークになれば、人だったときの記憶は失くす

 それって、なかば、常識でしょ?

 それに、オークの心を占めているのは

 いつも、食べ物のことだけだ

 もしシルワが本当にオークになっていたんなら

 まず真っ先に襲うのは、食べ物のある厨房のはず

 けど、シルワはそこ素通りして

 木に上ってきたんでしょ?」


「いや、それは、なんとしてもこの鍵を探すためで…

 まだ、オークになりかけ、の状態だから

 記憶は失われていなかった、とか…?」


アイフィロスさんの意見を、ミールムは笑い飛ばしました


「そーんな都合のいいオーク化ってあるの?

 いやいや

 オーク化に例外はないんだよ

 それにさ、シルワはアイフィロスに怪我させて

 逃げ出したんだよね?

 オークなら誰が怪我しようと気にしない

 そういうもんでしょ?」


確かに、と全員が頷きました


「そもそもさ

 シルワは、最初から怪我させようとして攻撃したの?」


「…それは、違うと思うっす

 あのときは、確か…

 アイフィロスさんがシルワさんにしがみついていて、

 シルワさんはそれを振り払って…」


フィオーリさんはその場面を思い出すように話しました


「力いっぱい振り払ったら、力余って吹き飛ばした

 って、そんな感じ?」


「…まあ、そうっす、かね?」


「それ、完全に、偶発的じゃないの?」


まるで、しーん、と音がするみたいに

全員、黙り込みました


「シルワってさ、普段、自分を魔法強化しないよね?

 あの性格だから、あえて誰かを攻撃なんかもしない

 けどさ、だからって、そうできない、わけじゃない

 そうは思わない?」


できたとしても、やらない

確かに、シルワさんならそうしそうです


「あれでも一応、魔法学校、出てるんだよね?

 だったら、普通に、できると思うんだよね、魔法強化」


「…魔力が足りない、とか…」


「瞬発的に使う分なら、それほどの魔力も要らない

 シルワくらいの魔法使いなら

 その程度のことはできるはずだ」


「…だとしたら、どうして?」


やっぱり、そこに帰ってきてしまいます


ミールムさんはそこでノワゼットさんを見つめました


「やっぱり、鍵は君が握っていると思うんだけど?」


ノワゼットさんは困ったように目を逸らせました

それから、うつむいたまま、やはり頑なに首を振りました


「まあ、いいや

 言えないってんなら、仕方ない」


ミールムさんはそれ以上は追及しようとはしませんでした


「というわけだからさ

 そもそも、話しの前提、間違ってるんだよ

 みんな、シルワがオークになってしまった、って

 思ってるでしょ?

 そうじゃない、オークじゃないとしたら

 どうして、シルワはこんなことをしたのか

 そう考えてみたら、対処のしようも変わってくるんだ」


オークになってしまった人はもう救えない

そう思って、私はもう、諦めかけていました

けれども、ミールムさんの言葉は

私の前に一筋の光をもたらしてくれたのでした





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ