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あれから数年して、シルワはネムスを連れて戻ってきたんだ

誰にも見つからないようにこっそりと

シルワはオレに会いにきた


アイフィロスさんはそう語り始めました


ネムスを連れて旅をするのはもうこれ以上は無理だ

シルワはオレにそう言った

旅の途中、ネムスは何度かオーク化の発作を起こした

そのたびに、シルワはオークの涙を飲ませてきた

けれど、そのオークの涙が底をついてしまった、って


次に発作が起きたら、ネムスは間違いなくオークになる

もはや、ネムスを助ける手段はないんだ、って


オレにとってはシルワもネムスも、大事な友だちだ

どっちも失いたくなんかない

だから、オレは言ったんだ

ネムスを迷宮に閉じ込めておこう、って


森の奥に、オレは迷宮を作った

鍵がなければ、誰も、入ることのできない迷宮

オレのありったけの知識と技術をつぎ込んだ迷宮だ


そこにシルワはさらに魔法をかけた

この迷宮には、一切、何も入り込めない

人や動物はもちろん、風も、時間でさえも

この鍵がなければ、永遠に何者をも通さない迷宮になった


その中にいれば、ネムスは永遠にオークになることもない

それどころか、腹もすかなければ、喉も乾かない

シルワの魔法のかかった迷宮では、一瞬が永遠なんだ

孤独すら、そこには入り込めない

ネムスの時間は、迷宮のなかでは、永遠に止まっているから


そのころには、ネムスも、自分の状況は分かっていた

そうして、シルワに対して、大きな罪悪感を感じていた

弟をひとりぼっちで迷宮に閉じ込めることを

シルワは最後まで躊躇っていたけど

ネムスは、自ら進んで、迷宮へ行った


時間がほしいんだ、とシルワはオレに言った

ネムスに光を掲げてやるのは、自分の最後の責任だ

だけど、今はまだそれをやる勇気が出せないんだ、って


シルワのその気持ち、痛いくらいに分かった

赤ん坊のときから、大事に育てた弟なんだ

たったひとりの家族なんだ


郷の者に見つかって檻に閉じ込められ光に晒される

たとえそれが、本当は一番楽な道だとしても

大事な弟を平気でそんな目に合わせられるはずがない


せめて、最後まで、ぎりぎりまで、弟の自由を守り

最後の最後のときには、この手で光を掲げてやる

シルワはずっとそう決心して旅を続けていた

ネムスは許されない罪を犯した

けれど、ネムスにそうさせてしまったのは自分の責任だ

シルワはずっと、そう思っていた

それでも、オークを世に放つことだけは、できないから

それだけは、何があってもしてはいけないから


ずっと、ぎりぎりの精神状態だったんだと思う

最愛の弟は、いつオークになってしまうかも分からなくて

オークの涙だって、いつ効かなくなるかも分からない

いつか、そのときがきたら、光を掲げる

覚悟はいつだってしていただろうけど

そのときが、いつ、やってくるのか

誰にも、予想もつかない

だけど、それは突然、確実にやってくるんだ


正直、オレも少し、シルワに時間を作りたかった

ずっと、弟のことばかりで、自分のことは後回しにして

自分の気持ちより弟や周りのやつの気持ち、大事にしてた

旅の間だってきっと、弟のことばかり心配してたんだ


旅は楽しかったんだ、ってシルワは言ってた

ネムスと二人の旅は、とても楽しかったんだ、って

ずっと、自分はネムスのことを誤解していた

旅の間に、その誤解が解けたんだ、って


今少し…もう少し…

ネムスと一緒に歩いた道を、もう一度歩いてきたい


シルワが自分の願いをそんなふうに言うのを

オレは初めて聞いた

いけないことだと、分かっています

単に、そのときを先延ばしにしているだけだということも

シルワはそう言いながらも、オレに懇願した

それでも、もう少しあと少し、時間がほしい


いつも、何も、自分からは、ほしい、って言わなかった

そんなシルワが、初めてほしい、って言った

それを、どうして断れる?


いつか、決心がついたら、必ず帰ってくる

シルワはオレにそう約束した

そうして、迷宮の鍵をオレに預けて、旅に出た


オレは、この鍵をずっと懐にしまっておいた

物入れなんかに放り込めるものか

この鍵はオレにとっても大切なものなんだ


だけど、とうとう、シルワが帰ってきたのに

オレは、咄嗟に、この鍵を出せなかった

これを渡したら、シルワは、ネムスを…

そう思ったら、そのときを、一日でも、引き延ばしたくて

ずるずる、ずるずる、と渡さずにいた


オレはさ、人望篤いシルワとは違って

シルワとネムスの他には友だちもいない


子どものころ、たまたま作った迷宮に

郷の人が引っかかって

数日、行方不明になったことがあってさ

それ以来、オレはみんなに避けられるようになった


オレの両親は、オレが独り立ちするころ、旅に出て

そのまま、もうずっと、帰ってこない

ときどき、旅先から、いろんなもの送りつけてくるから

まあ、元気だ、ってのは分かってるし

それを淋しいとかは思わないんだけど

でも、そのときから、オレはずっと独りなんだ


エルフのくせに、物、集めるのが趣味で

家の中、入れなくなるくらい、物、集めてて

よく分からない不気味なやつ

そんなふうに思われてるのは、自分でも分かってる


いっつも木の上で、変なもの、作ってるやつ、って

郷の連中に敬遠されてるのも


オレとまともに話そうなんてやつは

ずっと、シルワとネムスだけだった


けど、シルワは、仲間まで連れて来てさ

本当、みんないいやつばっかで

毎日、わいわい、飯、食うのが

オレも、本当に楽しかったんだ


だから、鍵を渡したくなかったのは

自分のためだった

この時間が終わってしまうのが、辛かった

鍵を渡したら、みんな行ってしまうから

またひとりぼっちになってしまう、って思ってた


シルワは、自分もオークになりかかっているということを

オレに話してくれた

旅の間に、たくさん、殺戒を犯した

積み重ねた罪で、自分もオークになりかかっている、って


だけど、シルワの口からそんな話しをされていても

オレには、到底、実感なんてものがわかなかった

そんな兆候もまったく見られなかったしさ


それに、シルワは

特効薬を見つけたから、今すぐにオークになることはない

とも言ってたんだ

だから、オレは危機感なんてものも感じてなかった


だけど、さっきのシルワを見て、初めて思い知った

やっぱり、そうだったのか、って思った

そうして、ようやっと気づいたんだ


多分、シルワは、オークになるために、旅を続けていた

いつか、ネムスのために光を掲げるとき

自分も同じ光に溶けるために


オレは、シルワを行かせたことを後悔した

こんなことなら、もうひとつ迷宮作ってでも

ここに引き留めておけばよかった


シルワに、罪を重ねさせて、辛い気持ちを重ねさせて…

あの優しいやつが、オークになるほど殺戒を犯すなんて…

そのこと自体に、あいつはどれだけ傷ついたろう

だのに、それでも、ネムスと一緒に逝くために

あいつは…


アイフィロスさんは、そこで、もう話せなくなりました

ぽろぽろと涙を零し、苦しそうに咳き込みました


ずっと黙って話を聞いていたお師匠様は

アイフィロスさんの傍に近寄ると

よしよし、とその背中を撫でました





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