表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/127

23

シルワさんは本当にオークになってしまったんだろうか

いまだに起きたことに現実感がなくて

どこかふわふわしたような感覚でした

不安と恐怖でいたたまれなくて、すぐにも駆けだしたいのに

足は竦んで、今にも大声で叫び出してしまいそうな

そんな奇妙な心持でした


竈は木の下にあります

木から下りる縄梯子もあちこち千切れていました

さっきは気の急くあまり、それほど気になりませんでしたが

下りようとすると、少し恐怖を感じました


「あーあ

 ちょい、待っとり」


私の躊躇っているのに気づいたお師匠様はそうおっしゃると

縄を取ってきて器用に梯子を直してくださいました


「まあ、応急処置やけど」


おかげで、私もなんとか木から下りることができました


壺の水をお鍋に移し、竈の火を掻き立ててお湯を沸かします

そういうことをやっていると、少しずつ

いつもの感覚が戻ってくるような気がしました


「…シルワさん、今頃、どこに…」


竈の火を見つめながら、思わずつぶやいておりました


「あの人、体力ないからなあ

 あんだけ大暴れしたんやもの

 今頃どこかでへばって、昼寝でもしてるんちゃう?」


お師匠様はわざとなのかのんびりした口調で言いました


「…それに、もし、オークに片足突っ込んでしもてたら

 昼間は動けんやろうしな…」


その言葉に、私ははっといたしました

急がないという判断はそれが理由だったのかと納得しました


もしも

シルワさんがオークになってしまっていたのなら

もうこんな明るい時間帯には行動できないのです


それにもしオークになっていなかったとしても

疲れ果てて動けない、というのは納得です

普通に歩いていても疲れやすいシルワさんなのに

あーんな大暴れしたんですから

疲れていないはずはないでしょう


「急いては事を仕損じる、言いますやろ?

 これはいっちょ気合入れて当たらなあかんことやからな

 シルワさんの動けん時間使うて

 こっちもしっかり足元、固めとこか、思うてな?」


どうしてのんびりお茶なんて、と

実は内心思っていたのですけれど

流石お師匠様だと、改めて感心いたしました


「…なんにせよ、分からんことが多すぎるんや」


お師匠様はちょっと顔をしかめました


「闇雲に突っ込んだかて、解決はせん

 けど、エルフさんの秘密主義にも困ったもんや

 事情を知らんことには、動けんやんか」


そう言いながらお師匠様は鞄から小瓶を取り出して

何やら緑色の粉をさらさらとお鍋に入れました


それを横で見ていた私は、はっといたしました


「まさか!

 それは、お口が軽くなる薬か何か、とか?」


お師匠様は顔を半分だけあげて、ちら、とこちらを見ました


「…ふっふっふ、なんや、バレてもうたか

 これでいっちょ、ぺらぺら喋ってもらおやないか?」


まるで悪者のような顔をなさっていらっしゃいます

背筋がぞくりといたしました


「ま、まさか…」


「て、そんな便利な薬、持ってるわけないやろ?

 シルワさんやあるまいし」


お師匠様は手の甲で私を軽くはたくと

にこっと笑いました


「シルワさんなら、お持ちなのですか?」


「…い、いやいや

 そこは聞き流しといてな」


お師匠様は軽く苦笑すると

おたまでぐるぐるとお鍋をかき混ぜました


「ただの粉にしたお茶や

 あんたら、いつも飲んでるやないの

 害なんかありません

 他人様のお家のお茶、勝手に使えんやろ?」


そう言って、お鍋の中身を小皿に取って味見なさいます


「よっしゃ、ええ感じや

 ほな、カップに入れるから

 嬢ちゃん、人数分のカップ出してや」


私は慌ててカップを取りに行きました


ほかほかと湯気のたつお茶を人数分用意できたころ

フィオーリさんが下りてこられました


「おいら、お茶、運びますよ」


すっかりお元気そうなご様子に、少し、ほっとします


「フィオーリさん、お怪我はもうよろしいのですか?」


フィオーリさんは怪我していた腕を上げて見せました


「ほら、この通り、もうばっちりっす!」


「来てくれて助かったわ

 嬢ちゃんに持って行かせたら

 半分以上、木にやってしまうやろからな」


お師匠様は遠慮なくカップを載せたお盆を渡しました

フィオーリさんは器用にお盆を片手で持ちました


「熱いお茶で聖女様が火傷なさったら大変っすから

 今はシルワさんもいらっしゃいませんし」


「治療は今までシルワさんに頼りっきりやったからな

 これからは聖水も余分に持っとかなあかんなあ」


なんだかいつも通り会話するお二人を見ていると

少しほっとしてしまいます

するとお師匠様はこっちを振り返っておっしゃいました


「大丈夫や、嬢ちゃん、安心しとき

 わたしらがついてる

 シルワさんなら、ちゃあんと連れ戻してみせるから」


お師匠様のその笑顔に、思わず私は頷いていました


お二人と一緒に私はもう一度、上に上りました

こうして改めて見ると、そこは酷い有様でした

それでも、アイフィロスさんは少し元気を取り戻したのか

床に開いていた盛大な穴は塞いでありました


ふと、見ると

見覚えのあるベアの木彫りが転がっていました

私は何気なくそのベアを取り上げました

丈夫な木彫りは、傷もつかずに無事な姿をしていました

それに気づいた途端

このベアがとてつもなく大切なものに思えてきました

このベアを見ていると

シルワさんもこのベアのように無事でいる

そんなふうに思える気がしたのです

まるでお守りのように、私はベアを膝に抱えて座りました


皆さんも円くなって、思い思いに座っていらっしゃいました


「ごめん

 今はまだ、テーブルや椅子を出す力はなくて

 床に座らせるなんて申し訳ないけど」


「なんのなんの

 わたしら普段、地べたに直に座ってますから

 ぜんぜん、ぜんぜん、気になりませんわ

 むしろ床があるだけ、上等上等」


お師匠様はにこにこしながらお茶を配っていきました


お茶が全員に行き渡ると、お師匠様はおっしゃいました


「そんで?

 アイフィロスさん、怪我はどないや?」


「だいぶ、楽になった、かな」


「そらよかった」


とはいえ、まだ包帯はあちこちに巻かれています

なかなかに痛々しいお姿でした


「シルワさんはおいらたちに邪魔させまいとしたんっす

 怪我させようとしたわけじゃありませんよ」


フィオーリさんは庇うようにおっしゃいました


「に、したって

 仲間に魔法使うて、やっぱ、そこはちょっと

 あれやったねえ…」


お師匠様はふうとため息を吐かれました


「それにしても、そんなにまでして探そうとした、って

 その迷宮には、いったい何があるんや?」


お師匠様の質問に

アイフィロスさんはちょっと躊躇うように口を噤みました

けれど、すぐに思い切っておっしゃいました


「…ネムスが、そこにいるんだ…」


私たちは、全員、息を呑んだまま、言葉を失っていました

ネムス、という方はシルワさんの弟さんだと

つい先日、伺いました


オークになってしまったシルワさんの弟さん

シルワさんが連れて逃げたという方でした




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ