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居ても立っても居られなくなって
とりあえず、シルワさんの去った方へ行こうとしました
けれど、それはお師匠様に引き留められました
「この中でシルワさんに追いつけるのはフィオーリだけや
フィオーリもあかんかったら、どうしようもない
そやから、今はここで待つんが最善や」
フィオーリさんの足の速さは仲間のなかでもダントツです
風にだって追いつけそうなフィオーリさんなら
きっと追いつけないものはないのです
「シルワさんが、あんなに速く走れたなんて…」
私はさっき思ったことをぽろりと口から零しました
その私の顔を、ノワゼットさんはまじまじと見つめました
「…知らなかったのです…
まさか、シルワ師が…オークに…」
「えっ?」
わたしはノワゼットさんの顔をまじまじと見返しました
「オーク、とおっしゃいましたか?今?」
一瞬、とてつもなく悪い想像が、頭のなかに渦を巻きました
いえいえいえ
そんなはずはありません
昨日だって、ちゃんと涙の補給はいたしましたし
ここのところシルワさんの容体はずっと安定していて
そんなそぶりすら見せなかったのです
ノワゼットさんはからだから力が抜けたように
ずるずると座り込みました
「…シルワ師は、突然、叫び声を挙げられて…
恐ろしい…あれは、とても、人の声とは思えない…」
「なにをおっしゃいます!」
私は座り込んだノワゼットさんにずいと歩み寄りました
シルワさんのことをそんなふうにおっしゃるのは
いくらノワゼットさんだとしても見過ごせません
ノワゼットさんはいやいやをするように首を振りました
「シルワ師は…もう、エルフでは…」
「エルフです!シルワさんは!
間違いなく、ちゃんと、エルフです!」
私は強く言い聞かせるように言いました
ノワゼットさんは呆然と私の顔を見上げました
「でも…あれは…あんな声は…」
「お嬢ちゃん、あんた、シルワさんに何をしたんや?」
息の整ったお師匠様は、ノワゼットさんに尋ねました
ゆっくりとこちらに歩み寄ると、その目をじっと見据えます
ノワゼットさんは怯えたような目でお師匠様を見ました
「なに、って…
ただ、話しをしただけです」
「なんの話しや?
なんや、秘密や言うてたけど
聞かせてもらうことは、できんのかな?」
ノワゼットさんは、少し何か考えるようにしました
けれど、やがて、ダメだというように首を振りました
「シルワ師のお許しがなければ…
どなたにもお話しすることはできません」
お師匠様はため息を吐きました
「そのお許しがな、出せる状況やったらええねんけど…」
私はさっきのシルワさんの様子を思い返しました
あれは、どう見ても…
いいえ、けれどそれは、敢えて言葉にしたくはありません
私はノワゼットさんにもう一歩近づきました
「シルワさんは、私たちに隠し事などなさいません
何もかも、全部、私たちは伺っておりますわ」
ええ、そうです
弟さんの身に起きた悲劇も
シルワさんがオークになりかかっていることも
全部、私たちは存知ているのです
「シルワさんの身に何か危急のことが起きているのなら
私たちはお仲間として放ってはおけません
そのお話しとやらがああなった原因かもしれないなら
私たちは、それを伺う必要があると思います」
ノワゼットさんは、私をじっと御覧になりました
その目は、私のことをまるで値踏みしているかのようでした
そして私はそのノワゼットさんのお目には適いませんでした
ノワゼットさんは、きっぱりとひとつ首を振りました
「そのお言葉をシルワ師のお口から聞けない限り
これをお話しすることはできません」
お師匠様が盛大なため息を吐くのが聞こえました
私も、少々、同じ気持ちでした
シルワさんのことは、なんとしても助けなければなりません
そして、おそらくは、そのヒントをお持ちなのに
私たちを信用して話していただけないとは
「…エルフさんの頑固さにも困ったもんやな
まあ、わたしらも他人のことは言えんけど」
お師匠様はぶつぶつと呟きました
私にももうこれ以上は説得する言葉はありませんでした
ともあれ
私たちにはもうフィオーリさんを待つしかありませんでした
もしかして、フィオーリさんの報告を聞けば
ノワゼットさんも、何か話してくれるかもしれない
それが、一縷の望みでした
待つ時間は、とても長く感じました
やがて、戻ってこられたのは、ミールムさんおひとりでした
私たち三人の視線は、ミールムさんに集中しました
それに、ミールムさんは、力なく首を振りました
「アイフィロスの木の家に
フィオーリもそこで待ってる」
「シルワさんは?」
何より気になることを尋ねたのですが
ミールムさんは、もう一度、首を振りました
「どこかへ、行ってしまった
僕ら、三人がかりで引き留めようとしたけど
振り払われた」
「…非力なエルフさんのくせに…」
お師匠様がぽつりと呟きました
いつもお師匠様がシルワさんをからかうときの言葉でした
シルワさんはパーティのなかでも一番、その…
力仕事には適正がありませんでした
ドワーフのお師匠様はともかく
小柄なフィオーリさんや、妖精のミールムさんにさえ
シルワさんは力では負けておられました
「三人振り払うって、快挙やないのん?」
そういう言い方をされても、喜ぶ気にはなれませんが
お師匠様は、へっ、と乾いた笑いを浮かべました
「アイフィロスは?」
そう尋ねたのはノワゼットさんでした
ミールムはちらりとノワゼットさんを見て言いました
「木の家にいるよ
心配なら、君もついてくれば?」
ミールムさんの言い方はひどく冷たく感じました
「どうか、一緒に来てくださいませ」
私はノワゼットさんをじっと見て言いました
ノワゼットさんは少し考えるようにしてから、頷きました
シルワさんを助けるためなら
そのための手掛かりをお持ちなら
どんなことをしても、それを教えていただかなければ
私はその一心でした
お師匠様は何も言わず、ただ腰を上げて歩き始めました
ミールムさんも無言のままついて行きます
私は、ちらっとだけノワゼットさんを見てから
お師匠様たちに続きました




