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後から思えば

あれは、予感、のようなものだったのかもしれません

けれど、私は、それを後ろめたさだと思ってしまいました


私の中の精霊様は

私にそれをちゃんと伝えてくださっていたというのに


それを誤解してしまったのは

何より、自分のなかに、それを誤解する種があった

そういうことなのでしょう


ノワゼットさんは、美しいエルフでした

エルフとは美しい種族だと思いますけれど

その中でも、ことのほか、美しい方でした

立ち姿も、小さな頭も、光り輝く髪も目も

すんなりと伸びた手足も、華奢な細い肩も

どれも、私にはないもので

おまけに、私よりもずっと長い時間を

私の知らないシルワさんと共有していた方でした


シルワさんを見つめるノワゼットさんの瞳には

全幅の信頼が込められていると思いました

シルワ師、と呼びかけるその声には

尊敬と、どこか親しみさえ感じられました


そんなノワゼットさんが

どこか思いつめたような目をなさって

シルワさんだけにどうしても打ち明けたい秘密


それがどうしても心に引っかかって仕方ありませんでした


私のなかには自分でも気付かない間に

邪な心が存在していたのかもしれません


神官は、万人を愛さなくてはならない

真っ先に教わる基本中の基本です

けれどもまた、神官は軽々しく恋をしてはならない

私たちはそう固く戒められております


ただひたすらに精霊様にお仕えするために

伴侶は持たないという選択をする神官も多くいます

ことに、王都の神殿にお仕えする神官の方々は

自らの裡にある真心のすべてを精霊様だけに捧げるために

あえてその道を選択なさると伺います


けれども、神官は婚姻を禁じられているわけではありません

家族を作り幸せになることは、精霊様のお望みにも適う

それもまた、間違いなく真理だからです


王都以外の神殿では

ご家族に維持されている神殿が多くあります

神官の一家に生まれた子どもが、神官になって神殿を継ぐ

そういうふうに長く守られてきた神殿がたくさんあります

そのような神殿は、その土地にしっかりと根付いていて

神官一家も、その土地の大切な住人です

跡を継ぐ神官がいなくて、神殿が無人になってしまうよりも

そうすることを、むしろ奨励されていたりもします


けれども、それでも

むやみやたらと恋をすることは

やはり、慎むべきとされています

恋は心を乱し、正しい判断を狂わせてしまうから


そのようなことにならないように

しっかりと用心をし

危うくその道を踏み外しそうになれば

信頼のできる師に相談をして

神官は、常に、心を穏やかにしなければならない

私はそう教わりました


神官は、すべての民を平等に愛さなければなりません

けれども、恋はその愛を狂わせてしまいます

誰かひとりを特別に思うことは、私たちには許されません

私たちが無条件に特別に思ってよいのは精霊様だけなのです


家族を持つのは幸せなことだと思います

だからこそ、神官は、万人を家族のように愛します

己の家族だけ特別扱いはいけない

いえむしろ、万人を己の家族と思え、と


お父様はずっとそれを実践してこられました

私は、お父様の一番近くで、それを見て育ちました

そして、私もあのようになりたいとずっと思っていました


それなのに

私はいったい、どうしてしまったというのでしょうか


私は一応資格はあるとはいえ、未熟な神官です

本来であれば、まだまだ師に従い

教え導いてもらっているような段階です


一緒に旅をしている皆さんは私にとっての師でもありました

お師匠様はもちろん、シルワさんも

フィオーリさんも、ミールムさんも

皆さん、私にとっては、頼り甲斐のある先達なのです

このようなことでなければ

私は迷うことなく、どなたかに相談していたはずです


それでも、この心の乱れをどなたに相談したものか

私は図りかねておりました


神職に関わることであれば

やはり、シルワさんにご相談するのが一番でしょうけれど

これだけはシルワさんにはとても話しにくかったのです


うっすらと、自覚はしておりました

最初はいけないとその気持ちを抑えようとしました

けれども、どうしても、いけないとは思えませんでした

誰より清らかなあの方は

この私よりよほど神官職に相応しく

私の知る限り一番尊い神官であるお父様にも等しいくらい

そう思えて仕方なかったからです


私の故郷の神殿は、ずっと神官がいませんでした

王都の神殿に希い、派遣されて来られたのがお父様です

神殿に来られたとき、お父様には家族はありませんでした

私は、神殿の前に忘れられていた子どもで

お父様はその私を拾って、育ててくださいました


私は、お父様に憧れて、当然のごとく、神官職を選びました

故郷の神殿は自分が継ぐものだと、ずっと思ってきました

お父様も、きっと、同じお気持ちだったと思います


けれども、世界にはオークの脅威が満ち

それを避けるためならば、と私はオークの許へ行きました

オークも人も、少しでも多くの方のお力になれるのならば

それはきっとお父様のお心にも適うはず

そう思って旅を続けておりました


けれども

心のどこかで

いつか、故郷に帰って、神殿を継ごう

そのときには、シルワさんに正式に神官になって頂けたら

ほんのりと、そんな望みを抱いてしまってました


なんて愚かしい

シルワさんの都合も考えず、自分ひとりの妄想だけで

けれど、いつか、もしかしたら

お優しいシルワさんのことだから

快諾してくださるかもしれない、などと

そんなことを想像しては、ひとり浮かれていたのです


なにより、今はまだ、旅から旅の暮らし

故郷に帰るなど、先の先の先のこと

だからこそ、そのような夢のようなことも思い描けた

きっと、そうなのだと思います


けれど、そんな気持ちがあったからこそ

私は、判断を間違えてしまいました

こういうことがあるから、恋をしてはいけないのだと

改めて、深く、思い知ることになったのです


結果

その心の乱れが運命を狂わせてしまいました


そして

私はそれを、ずっとずっと、後悔することになりました


けれども、そのときの私は、まだ何も知らず

ただ、もやもやする気持ちを抱えていただけでした


泉のほうから、奇妙な叫びが聞こえたのは、突然でした

私たちは一斉に顔をあげました

お食事中に立ち歩くのはいけないことですが

そうも言っていられないくらい、ただならない声でした


何も言わずに真っ先に駆けだしたのはフィオーリさんです

それに、お師匠様とミールムさんも続きました

私も急いで追いかけようとしましたが

皆さんの足の速さには、到底追いつけませんでした


そのとき

私の横を風が吹き抜けました

いいえ、風ではなく、それは、シルワさんでした

慌てて立ち止まり、肩越しに振り返りましたけれど

その後ろ姿は、あり得ないくらいの速さで去っていきました


シルワさんって、あんなに足が速かったかしら


咄嗟に考えたのはそんなことでした

まったく、呑気なことです


少しして、フィオーリさんが引き返してこられました


「シルワさんは?」


「今、あちらに…」


尋ねられてシルワさんの行った方を指さしました

フィオーリさんは、軽く頷くとすぐに走って行かれました


その後から、ミールムさんとお師匠様も現れました

お師匠様はぜいぜいと息を切らしておられました


「シルワは?」


ミールムさんもフィオーリさんと同じことを尋ねました

私は同じように指をさしました

すると、ミールムさんもそちらへと飛び去りました


ただ、お師匠様はお辛そうに膝の辺りに手を置いて

苦しそうな息を整えておられました


「…あの、シルワさんは、いったい…」


私はお師匠様に尋ねてみました

するとお師匠様は思い切り痛そうな顔になりました


「…とにかく、フィオーリが戻るのを待とう?

 わたしはもう、これ以上、走られへんわ…」


そうおっしゃると地面にぺたりと座ってしまわれました


そこへノワゼットさんがゆっくりと歩いてこられました

私はわけが分からず、ただその顔を見つめました

何か事情をご存知なら教えていただきたい

その思いを視線に込めてみましたけれど

ノワゼットさんはただ呆然とした目をしているだけでした



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