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いつの間にか眠ってしまっていたようです
気が付くと、どなたかの背中の上でした
ゆらゆらと揺れて温かくて
とても心地いい場所でした
すっと優しい風が、頬を撫でていきました
幼いころ、お父様におんぶしていただいたのを思い出して
思わず背中に頬ずりいたしました
柔らかな髪が頬に当たりました
なんだか、いい匂いもしました
思い切りその匂いを吸い込んだら
妙に安心して、そのまままた眠ってしまいました
いい夢を見ました
優しい声が歌うのが聞こえます
これは子守歌、でしょうか?
言葉の意味は分からないのに
その優しい響きとゆったりした旋律に
思わず眠くなってしまいます
夢の中なのに眠くなるなんて不思議です
ほんの少し冷んやりとした手がゆっくり髪を撫でてくれます
それがとても心地いいのです
幸せで幸せで、幸せしかない
ただ眠っているだけで、こんなに幸せになれるなんて
幸せなのに、幸せ過ぎて、涙がにじんできました
すると、何か近づいてくる気配がありました
とても近くに柔らかい息遣いが聞こえて
目尻に、ほんの一瞬、柔らかい何かが当たりました
今のは何か確かめるために目を開けようとしたのですが
あまりにも眠くて、目が開きません
すると、ふふ、とかすかな笑い声がしました
それはよく知った、穏やかな、優しい声
それにすっかり安心してそのまま眠り続けたのでした
目が覚めたのは、小屋の寝台の上でした
びっくりして飛び起きると、小屋を飛び出しました
すると、みなさん、そこに勢ぞろいしていらっしゃいました
「私、私、私…
まあ、どうしましょう…」
酔っ払って眠ってしまうなんて
お父様にも申せません
「嬢ちゃん、大丈夫かあ?」
お師匠様は少し心配そうにお尋ねになりました
「頭痛いとか、気持ち悪いとか、ないか?」
「ああ、ええ、頭はいたってすっきり
気持ちもいたってすっきりしておりますが…」
「聖女様、どうぞ」
シルワさんは水の入ったコップを渡してくださいました
「泉の水です
召し上がってください」
泉の水は、今日もきらきらして、とても美味しそうでした
いえ、口をつけると、本当にこの上なく美味しくて
はしたなくも、ごくごくと喉を鳴らして飲んでしまいました
「おかわりを差し上げましょう
たくさん飲んでください」
すかさず、シルワさんは水差しから注いでくださいます
私は喜んで、そのままごくごくと、三杯もいただきました
「いやあ、いい飲みっぷりっすねえ、聖女様
おいら、ほれぼれします」
フィオーリさんは妙なことを褒めてくださいました
「悪酔いしないのは、酒には強いってことかな」
ミールムさんはなんだか感心しているようです
それって、褒められているのですか?
「あのような醜態を晒すなど…
恥ずかしくて、もうお嫁に行けません…」
「大丈夫、そんときはわたしがもろたる」
「おいら、気にしないっすよ?」
「仕方ないなあ、僕がもらってあげるよ」
みなさん、同時におっしゃいましたので
ちょっと、うまく聞き取れませんでした
「いつもの凛とした聖女様も素晴らしいと思いますが
時には、あのように隙を見せてくださると
なんだか、とても親しみを感じます」
シルワさんは少し遅れてにこにことおっしゃいました
「失礼を承知しつつ申し上げると
とても、可愛らしかったですよ?
うっかりあのまま攫ってしまいそうになりました」
ふふ、とシルワさんは笑みを浮かべられました
「そんなん、許すわけないやろ!」
「シルワさ~ん、それは、ないっす!」
「断固、阻止する!」
みなさん、また同時におっしゃいました
「そんなまさか、人攫いなど
シルワさんがなさるわけ、ありませんわ」
みなさん、本気で怒っていらっしゃるようなので
私は、ちょっと笑ってしまいました
「申し訳ありません
それも、私の失態を誤魔化すために
言ってくださっているのでしょう?
ご厚意、感謝いたします
以後、このようなことはいたしませんので
どうぞ、お許しくださいませ」
「それは、残念」
シルワさんはそう言ってくすっと笑われました
は?残念?
今朝のシルワさんは、いつもより少し冗談が過ぎるようです
「どのようなお姿も
なにをなさっていても
わたしには、あなたは、愛らしいとしか思えませんよ
聖女様、あなたはまさしく、この世の宝です」
シルワさんは少し傍に来られて、そうおっしゃいました
私は耳まで真っ赤になってしまいました
「ちょ、あんた、なんや今朝は、調子乗ってへん?」
「うっわ、シルワさん、今度おいらにも教えてください」
「よくもまあ、そんな歯の浮くようなことを…」
みなさん、怒ったり呆れたりなさっていました
昨日あんなにたくさん食べたのに
今朝も朝食は美味しくいただきました
いえ、本当に、これは少し、ヤバいです
今日はアイフィロスさんのところへ行くことになりました
シルワさんのお探しのものが見つかったかも気になりますし
もしまだなら、お手伝いしようということになりました
「あの小屋、むっしょうに血が騒ぐねんな
あんのごっちゃごちゃ、ぜぇんぶ、取り出してな?
隅から隅まで、きっれぇいに、してやりたくなるねん!」
お師匠様は両手の指をわぎわぎさせておっしゃいました
「おいらもおいらも、全部取り出す!賛成っす!
どぉんなお宝があるのかと思うと、わくわくします」
フィオーリさんも手をあげておっしゃいました
「…僕は遠慮しておくよ
他人の物の片付けなんて、放っておけば?」
ミールムさんはあまり乗り気ではなさそうです
「みんな行ってくればいいよ
僕は、今日一日、泉の傍で昼寝してる」
「一日、昼寝って…
ええご身分やなあ」
お師匠様はちょっと呆れたようにおっしゃいますけど
「ミールムは体力もありませんしね
まだまだこの先、旅をしていれば
無理をしないといけないこともあるでしょうから
休めるときにはお休みになるとよいと思いますよ」
シルワさんはやんわりとそうおっしゃいました




