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お昼過ぎ

アイフィロスさんが大きな籠を抱えてやってきました

籠にはパイにケーキ、たくさんのクッキーも入ってました


泉の水を汲んでお茶を淹れます

森の香のするお茶と、木の実のお菓子

素敵な森のお茶会になりました


お茶会の後は、昨日約束した苺狩りに出かけました

格別に甘い苺に、皆さん、大喜びです

皆さん、お腹いっぱい頂きました


けれど、取っても取っても、少しも苺はなくなりません

変だと思ってよく見ていると

取ったところに、少しするとまた実が付くのです

なんとも不思議な有難い木なのでした


苺狩りには全員、大満足して帰りました

今日はもうお夕飯はいらないくらいお腹いっぱい

そう思っておりましたけれど

アイフィロスさんの家に行くと

またたっぷりご馳走の支度がしてありました

今夜も引き続き、月夜の宴になりました


すると、今夜は、三々五々と、お客様が訪れました

皆さん、色々と珍しいお料理を持っていらっしゃいます

エルフのお料理は木の実や草の実を使ったものが多いです

けれど、どのお料理も味付けに秘伝があるそうで

ひとつとして同じ味のものはありません


それにしても

こんなに毎日美味しいものばかりいただいていては

私、ぽっちゃりしてしまいます


秘蔵のワインを持ってきてくださった方もおられました

これにはお師匠様が大歓迎いたしました

お酒も加わって、宴はいっそう盛況になりました


シルワさんとお師匠様はともかく

ミールムさんやフィオーリさんは見た目幼いのですけれど

美味しそうにワインを召し上がっておられました


私も少々、お相伴に預りました

ワインは精霊苺のように赤くて透き通っていました

口に含むとほんのり甘い水のようです

お酒に独特の飲みにくい感じは微塵もありませんでした

美味しくて気が付くとごくごくと飲み干していました


あ、あれ…?


いったい、どういうことでしょう?

世界がバラ色に変わっています

何がどうということもないのに

なんだか可笑しくて、笑いが止まりません


森は綺麗で、蛍も綺麗で

月も明るくてまんまるで

どこかから虫の声も

ざわざわと誰かの声も聞こえていて

なんて素敵なのでしょう

私はじんわりと幸せを実感しておりました


この世界に生まれて来てよかった

こうして生きていられてよかった

みなさんと出会えて、一緒に旅ができて

本当に本当によかった


ふと、気づくと、隣にシルワさんがいらっしゃいました

私は思わずシルワさんの手を取ると、顔を見つめました


「シルワさん、生まれてきてくれて、生きていてくれて

 どうも有難うございます」


「は、い?」


シルワさんはにっこり微笑んで首を傾げました

この言い方じゃ気持ちが伝わりきらなかったんだ

私は急いで言葉をつけたしました


「シルワさんがここにいてくださって、本当によかった

 シルワさんとお会いできて、本当によかった

 シルワさんと一緒に旅をすることができて

 私はなんて幸せ者なのでしょう

 これも全て精霊様のお導きならば

 精霊様は、なんて素敵な方々なのでしょう」


「…聖女様、ワインを召し上がりましたか?」


けれど何故かシルワさんはそんなことをお尋ねになりました


「ええ、少々…

 あれほどに美味しいお酒は頂いたことがございません

 製造法はエルフ族の秘伝なのでしょうね?

 エルフ族は精霊とも近しいと伺いましたが

 これぞ、精霊の恵というものでしょうか

 もちろん、精霊様がくださるのは恵ばかりとは限りません

 試練もまた、同じくらい与えてくださいます

 けれど、試練は、それを乗り越えるためにあるもの

 高い山に上れば、それだけよい景色が望めるのですから

 精霊様のくださる試練は、目の前の高い山なのです

 そういう意味では、試練もまた精霊様のお恵み

 そう考えてもよろしいのでしょうね?」


「…ええ、まったく、その通りだと思いますけれども…

 聖女様、お水を召し上がったほうがよいのでは?」


シルワさんはそうおっしゃって腰をあげようとなさいました

まあ、なんとなんと

まだまだシルワさんに聞いていただきたいことがあるのに

私は、がしっとその腕を掴みました


「今、しばらく、おつきあいくださいませ

 …ええと、なんの話でしたっけ?

 ああ、そう、シルワさん!

 私には是非とも申し上げたいことがあるのです

 それは、ですね?

 シルワさんにお会いできて、私、本当に幸せです

 シルワさんみたいに、綺麗でお優しくて、それから…

 ええっと…

 お優しくて、お優しくて、お優しくて…」


「わたしの長所は、優しい、でよろしいでしょうか?」


「いいえ!

 お優しいだけじゃありませんとも!

 そう!魔法がお上手で、お強い、ですよね?

 うん

 そう…です…

 ほら、あのときだって…

 あんなに!大勢の!オークを相手に!少しも怯まず!

 あ!それから、賢い!

 そう、賢い!です!」


私の!のところで

シルワさんはいちいち驚いたようになさいます

それに気づいてしまったら

もうそれが楽しくて

私はわざと「!」を連発しました


「優しくて強くて賢い…

 本当にそうだったらどんなにいいか…」


シルワさんはちょっと目を伏せて、小さく呟かれました

その姿があまりにも悲しそうで、胸が締め付けられました

私は、シルワさんの目に映るように回り込んで

ずいっと間近に迫りました


「そうですとも!

 シルワさんは、優しくて!強くて!賢い!です

 間違いありません!

 私が、保証いたします!

 もっとも、私程度の保証に、価値などない、かもしれ…」


今度は、なんだか途中で自信がなくなってきました

けれど、最後まで言う前に、シルワさんに止められました

シルワさんは、人差し指で私の唇を抑えておっしゃいました


「わたしがこの世界で一番敬愛する聖女様

 貴女の保証以上に確かなものなど

 この世界に存在しません

 そのお言葉、とても嬉しいです

 本当に、有難うございます」


シルワさんは穏やかにおっしゃいました


私は、自分の唇を抑えている指先に注意がいっていました

思わず目が吸い寄せられて、離すことができません

なんて綺麗な細い指

爪の形も完璧です

私の丸くて指の短い手とは大違い…


突然、シルワさんの、あははという笑い声が聞こえました


「…申し訳ありません、聖女様…

 けれど、そのお顔が、あまりに…」


その言葉に、はっと気づきました

指先を見つめていた私は、かなり奇妙な顔になっていました

慌てて、自分の顔を両手で隠します

もう、こんな顔、シルワさんには見せられません


「お顔を見せてくださいませ、聖女様」


けれど、シルワさんはそんなことをおっしゃいます

私は、恐る恐る、手を外しました

すると、シルワさんの瞳と目が合いました


元は、明るい緑色をしていたのだとおっしゃいました

けれども、今は少し暗く灰みがかっています

それはエルフの森の色とは違いますけれど

故郷にあった、冬も葉を落とさない強い木を思い出しました


「シルワさんの瞳の色

 私は好きです」


気がつくと、思わずそんなことを口走っておりました

言ってしまってから、かっと頬が熱くなります

私ってば、いったい何を…

恥ずかしくなって、逃げ出そうとすると

すっと手を掴まれました


「逃げないで

 どこにも行かないで、聖女様…」


シルワさんは珍しく少し早口になっておっしゃいました


「あなたがいらっしゃれば

 あなたさえいらっしゃれば

 わたしは、生きていてもいいのだと

 そう思えます

 だから、どうか

 ずっとずっと、傍にいてください…」


恐る恐る振り返ると、そこにまたあの瞳がありました

懇願するように見つめられて、心臓がまたひとつ跳ねました


「あ…

 ええ、はい…

 それは、あの、こちらこそ

 何卒、よろしく、お願いいたします…」


シルワさんの手を握り返して頭を下げました

シルワさんはとてもとても嬉しそうに笑ってくださいました

いつもその唇には穏やかな笑みが浮かんでいますけれど

その笑顔は、いつもとは少し違っていて

なんだか、本当に心の底から、嬉しそうな笑顔でした


胸の底からじわじわと温かいものが込み上げてきました

シルワさんにずっとずっとこんなふうに笑っていてほしい

今宵のお月様に、私はそう願いをかけました





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