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シルワさんはお父様の前にひざまずくと

その手を取って、見上げながらおっしゃいました


「申し訳ありません

 けれど、とても大切なことなのです

 どうかお教えください

 聖女様に救われた者が

 心から聖女様に感謝を捧げれば

 聖女様のお命が伸びるというのは

 本当のことなのですか?」


お父様は、びっくりしたように

息を呑んでいらっしゃいましたが

シルワさんに、静かに微笑みを返しました


「愛娘をそれほどまでに大切に思っていてくださることに

 感謝し申し上げますよ

 もちろん、これは真実です

 大精霊様の遺された書にも

 はっきりと書いてあります」


「その部分というのは

 瞬きひとつの命を以て他人を助くる者

 その者の感謝により、息ひとつの命を得るなり

 でしょうか?

 確か、精霊の奥義の書の第一の部分でしたね?

 確かに、そう書かれていたのは存知ておりますが

 あれは、例え話ではなく、事実と捉えても

 よいものなのでしょうか?」


「精霊の書をそらんじておられるのですか?

 流石、ウィルディス・シルワ師

 あなたの御高名は、伺ったことがあります

 王都の大聖堂で、月がたった一巡りする間に

 大神官の位まで上りつめた伝説の神官というのは

 あなたのことですね?」


お父様はシルワさんにそうお尋ねになりました


「えっ?シルワさんって、そんな偉い人だったんっすか?」


思わず声を上げたフィオーリさんは

ミールムさんに口を塞がれていらっしゃいました


シルワさんはゆっくりと首を横に振りました


「大聖堂の神官位の授与に関しては

 納得の行かない部分も多くありまして

 あれは基本、書物を読み、その内容さえ覚えていれば

 試験にも問答にも困ることもなく

 位を授与されてしまいます

 神殿の精霊の書に書かれていることは

 幼い頃より父から習っていたことも多く

 わたしにとっては、新しく知ることも

 あまりありませんでしたから

 あっという間に位を得てしまっただけです」


「なんとなんと

 伝説のエルフの神官とはどのような方かと

 思っておりましたが

 なかなかに、謙虚な方のようです」


「…いいえ…」


シルワさんは悲しそうにまた首を振りました


「わたしは、大精霊様の教えの真髄など

 なにも、分かっておりません

 父から引き継いだ泉の番人も

 自己流で続けていただけ

 やがて、それさえも放り出してしまいました」


「一度、神官を志した者は、永遠に神官たることを

 辞めることはできません

 人生という旅のなかで、命のある限り

 与えられた使命を、全うし続けるのみです

 それは、うちの愛娘も、あなたも同じでしょう

 それぞれの内なる精霊の御心に従い、善きことを

 なすだけです」


お父様は静かにシルワさんの胸に手を当てて

おっしゃいました


「あなたの胸にも、精霊は宿っています

 そして、精霊は、いつもあなたに

 如何すべきかを、囁いています

 その囁きはとても小さな声だけれど

 囁きに耳を傾け、実践する

 それこそは、神官たる者の

 志す道なのです」


お父様は優しく、けれど、力強く、おっしゃいました

それから、ちょっと困ったように笑いました


「などど、おこがましいことを申しました

 シルワ師は、わたしよりも長く生きていらっしゃいますし

 神官としての位も高い

 そのような方に、このようなことを

 わざわざ申し上げるなど…」


「なにをおっしゃいますか!

 わたしなど、ただ凡庸と時を重ねただけの

 まだまだ悟りには遠い凡夫です

 けれど、お師様のお言葉に

 胸が震えました」


シルワさんは、お父様の手を取って

両手で包み込みました


「流石、聖女様を任された御高師様

 今後は、あなたを、御導師様と

 呼ばせていただいても

 よろしゅうございますか?」


「いえいえ、それはやめてください

 シルワ師の導師など、務められるものですか」


お父様は苦笑しておっしゃいました


それから、お父様は、シルワさんに

ベンチに座るように促しました


「精霊の書には、分かりやすく例え話にされている

 ところも多くあるのは事実です

 それが事実なのか、例え話なのかは

 それぞれご自身で確かめるしかありません」


但し、とお父様は付け加えました


「もしかしたら、この一文は、あなたのお苦しみを

 和らげるかもしれない

 そう思って、お会いしたときには、必ず

 お伝えしよう、と心に決めておりました」


お父様は、シルワさんの目をじっと見て尋ねました


「あなたは、娘の命を欠片でも減らすわけにはいかないと

 これを飲むことを拒否なさっていたそうですね?」


シルワさんは目を丸くしました


「…そんなこと、どうして?」


「うちの娘は、いつまで経っても

 何から何まで、親に報告せずには

 いられないのですよ」


お父様はちょっと困ったように笑われました


「あ、なんか、分かるわ、それ」


お師匠様はシルワさん側の端に腰を下ろすと

ちょいちょい、とシルワさんの袖を引っ張りました


シルワさんは慌てたように

お師匠様のほうへ椅子を詰めます

すると、お父様もシルワさんのほうへ

また少し椅子を詰めました


私はお父様のお隣に

そのお隣にフィオーリさんとミールムさん


小柄だったり細かったりなさる方も多いとはいえ

ひとつのベンチに総勢五人、譲り合って座ると

少々ひしめきあっておりましたけれど

なんとかみなさん並んで座ることができました


それからおもむろに、お師匠様がおっしゃいました


「ちょー、待ってな?

 もし、それが事実やとしたらや

 涙一粒に嬢ちゃんの命が瞬き一回分、なんやろ?

 そんでもって、シルワさんがそれ飲んだら

 呼吸一回分の嬢ちゃんの命が伸びる?」


「それって、差し引き、命は伸びてるんじゃないの?」


ミールムさんは、けけっと笑いました


「んじゃ、シルワさん!

 これからも、せっせと聖女様の涙をいただいて

 聖女様の命を伸ばしてくださいっすよ」


フィオーリさんは嬉しそうにシルワさんを見つめました


「いやいや、感謝!を忘れたらあかんで

 感謝!!が大事なんや

 ええか?

 感謝!!!して、いただくんやで?」


お師匠様はやたらと感謝!を強調なさいました


「感謝!

 もちろん、はい、それは…」


シルワさんは、ちょっとお師匠様の真似をなさってから

当然のように頷かれました


「けど、最近、シルワってば

 発作起こさなくなったから

 涙の玉も飲んでないよね?」


「それは、えらいこっちゃ!

 嬢ちゃんに長生きしてもらうためにも

 せっせとシルワさんに涙を飲まさな」


「って、発作起こしてないのに飲んでも

 感謝!しないんじゃ?」


「なんということや…」


大袈裟にお師匠様は嘆いてみせられます

呆気に取られて見ていたお父様は、あはははは、と

笑い出してしまわれました


「これはこれは

 なんて楽しいお仲間たちだ

 マリエは本当に幸せ者だ」


…私も、そう思います


「涙をいただかなくとも!

 ただそこにいてくださるだけで!

 聖女様には、感謝!

 しか、ありませんとも!!」


シルワさんは、なんだか妙に強調しておっしゃいました


「もっともや

 わたしら、毎日、嬢ちゃんに、感謝!しとるで?」


「そうっすね

 聖女様、感謝!っす」


「え?それ、僕も、言わないと、ダメ?」


みなさん口々におっしゃいました


「もちろん、わたしも

 マリエ、わたしの娘になってくれて有難う

 わたしのところへ来てくれて、有難う」


お父様はそうおっしゃって私のほうへ

両腕を広げてみせます

私はその腕のなかへ飛び込みました


温かいお父様の腕のなか

なんだかほっとします


と、後ろから、フィオーリさんが

ぎゅっと抱き着いてこられました


「おいらもおいらも~

 混ぜてください~」


「わたしもわたしも~

 混ぜてんか~」


お師匠様もフィオーリさんの真似をするように

おっしゃって、ぎゅっとフィオーリさんごと

お父様と私を抱きしめました


「あ!ずるいっ!

 僕も僕も」


ミールムさんはお父様の後ろに回り込んで

首のあたりから手を回して抱き着いています


「おやおや

 それでは、わたしがみなさんまとめて

 ぎゅっ、ってして差し上げましょう」


シルワさんはそうおっしゃると

大きなマントを広げてみなさんをその中へ

包み込んでしまいました


なにより誰より感謝しているのは

この私自身です


お父様にも

みなさんにも…


たくさんの温かい腕の中で

そんなことを感じておりました





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