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ネムスさんには定期的に涙の玉をお送りしていました
すると、きっかり三日後に、玉子はまた
こちらに戻ってきました
エルフの森はもうかなり離れてしまったのに
不思議なことです
それでも、いつも玉子は、きっちり三日後に
こちらに着くのです
空っぽにされた玉子には、ネムスさんからのお手紙や
ノワゼットさんの焼き菓子、アイフィロスさんの
作った魔法道具等がたくさん入っていました
この小さな玉子のいったいどこにこんなに物が入るのか
不思議でたまりませんが、シルワさんは、いたって普通に
それらの物を、取り出していらっしゃいます
やっぱり、エルフの魔法の道具というものは
不思議なものだと思います
ネムスさんのお手紙は、いつもみなさんで
楽しく読ませていただきました
ネムスさんは、神官見習いとしての修行が
たいそうお辛いようです
そのお気持ちは、痛いほど分かります
お導師様は、なんと、泉の精霊がなってくださったとか
精霊直々にお導師様をなさるなんて、初耳ですが
泉の歴史から、祭祀の作法、日々の神官のお勤めに
至るまで、微に入り細に渡って、それはもう
びし、びし、と鍛えてくださるそうです
きっと、それも乗り越えてしまえば
みんな笑い話になりますから
是非とも、頑張っていただきたいと思います
ノワゼットさんは、お菓子作りの腕を
さらに上げられたようです
見た目も華やかに、味も絶品で
ノワゼットさんのお菓子があれば
お茶の時間がいつもよりも数倍
はかどってしまいます
アイフィロスさんは、奇妙な道具をお作りになっては
お試し、と称して送ってこられます
風のように速く進めるコマのついた靴とか
絶対に転ばない杖とか
水場の分かる不思議な石とか
しかし、靴はどなたの足にも入らないくらい
サイズが小さく
杖は重すぎて、ついて歩けば、ついでに
筋力のトレーニングにもなりそうでしたが
水場は、フィオーリさんもシルワさんも
見つけるのに困りませんし
残念ながら、送り返すことになってしまいました
「つくづく、ガラクタ製造機だよね、アイフィロスって」
ミールムさんは相変わらず、つけつけとおっしゃいます
「いや、そんなことも、あらへんで?
なにより、この玉子
この性能は、ちょっと、すごいんやないの?」
お師匠様は玉子を何度もひっくり返して御覧になりながら
そんなことをおっしゃいました
「どんだけ離れても、きっちり、三日間で
エルフの郷と往復してるやろ?
その間、こっちが移動しても、ちゃんと追随する
それに、中にも、かなりぎょうさん物が入るやんか」
確かに、言われてみれば、その通りです
「これ、使うたら、もしかしたら、交易、とか
めちゃめちゃ楽にできるんちゃうん?」
なるほど、そのような使い道があったのですか
「だけど、エルフ族って、人間世界のお金とか
いらないんじゃないっすか?
日の出村からもらったのも、獣の肉だけだったんでしょ?
今はそれ、ネムスさんが狩人もしてるから、いらないし
交易とか、そもそも、あんま、必要ないんじゃ?」
フィオーリさんのお言葉に、お師匠様は頷かれました
「わたしら以上に、人間とは関わらんお人たち
やからねえ」
「エルフは、隣人とは争わずに、ただ穏やかに
暮らせればいいという人たちが多いですからね
たまに、外に興味を持って、出て行かれる方々も
いらっしゃいますけれど」
わたしも、そのひとりですけれどね、と
シルワさんはにっこりなさいました
「同族とですら、百年会ってない、なんて方も
ざらにいらっしゃいますから
森にいれば、それが、普通、なのですけれどね」
お師匠様は、げぇ、とおっしゃいました
「百年も誰ともしゃべらへんとか
わたしなら、気ぃ、狂うわ」
フィオーリさんも悲し気にため息を吐きました
「おいらもっす
淋しくって、干からびてしまいます」
すると、シルワさんも、同意するように
大きく頷きました
「わたしも、です
みなさんとも、そんなにお会いできなくなれば
きっと淋しいと思いますけれど
それ以上に、聖女様とは、一日も離れたくありません」
「あー、はいはい
ついでに、僕らのことまで、気遣ってくれて有難う」
ミールムさんは、お礼をおっしゃってから
けっ、と付け足しました
ところで、最近、シルワさんは、あまり涙の玉を
必要とされなくなりました
「どうしてでしょう
このところ、涙の玉をいただかなくても
オークになる気配を感じなくなりました」
一応、お守りに、と称して、何粒か入れた小瓶を
常に身に着けていらっしゃいますが、その中身も
もうずっと、減らないそうです
「ついこの間、今にもオークになってしまいそうで
飲み続けてしまったこともあったのですが
今は嘘のように、落ち着いているのです」
そうおっしゃって、玉ねぎを切って涙の玉を作っても
お使いにはならなくなりました
もちろん、オーク化が止まっているのならば
それが一番いいのですけれど
どうしてそうなったのか分からない、というのは
少し不安でもありました
けれども、シルワさんは、もう大丈夫だ、とおっしゃって
ご自身の分の涙の玉も、ほとんど全部、ネムスさんに
送ってしまわれるのでした
もっとも、万一のことがあれば、今、ここには私が
おりますから、シルワさんにお薬を差し上げることは
不可能ではありません
ただ、少し心配なのは
私が、必ずシルワさんの傍にいられるかどうか
という点でした
時間を超えてしまう魔法は
いつも、私の意志にはお構いなしに
勝手に起こってしまいます
もしも、私のいない間に、シルワさんに
オーク化の発作が起きたら…?
それを考えると、恐ろしくてなりません
お師匠様にそれを伝えると、お師匠様は少し考えてから
ご自身で涙の玉を少し保管しておいてくださるように
なりました
お師匠様がそうしてくださると、とても安心だと
思いました
ところが、また不思議なことに
今度は、ネムスさんが、もう涙の玉はいらない、と
お手紙に書いてこられました
送った涙の玉は、大きな壺にいっぱいになってしまって
これ以上もらっても保管に困るからだそうです
それって、ネムスさんのオーク化も、止まっている
ということでしょうか?
シルワさんの病もネムスさんの病も
いつの間にか治ってしまったというのなら
これほど嬉しいことはありません
ただ、どうして治ったのか、が分からないのは
やっぱり、どこか不安なのです
涙の玉を送ることは中断いたしましたが
玉子のやり取りはその後も続きました
エルフの森からは、ネムスさんの温かいお手紙と一緒に
ノワゼットさんのお菓子とアイフィロスさんの魔法道具の
試作品が、届き続けました
代わりにこちらから送るのは
旅して回る土地の珍しい食材等でした
市に着くたびに、お師匠様は子どものお使いのふりをして
たくさんのスパイスやお茶や乾物を手に入れてきては
せっせと玉子で送りました
するとお返しに、それを使った新作のお菓子や
薬草とブレンドした薬草茶、それから乾物の保管に
ちょうどいい保存魔法のかかった小瓶等が
届けられるのでした
こうして、私たちはエルフの森のみなさんとも
ずっと連絡を取り合いながら、旅を続けておりました




