121
お父様は、幼い頃から神童と呼ばれ
いずれ王都の大神殿の神官長にとの
呼び声も高い、立派な神官様でした
しかし、お父様に与えられた神職は
辺境の地の無人の神殿の神官となることでした
お父様は、これも大精霊のお導きとお考えになり
神殿に赴任してこられました
その土地は、当時、お天気が安定せず
日照りが続いたかと思えば、大雨になり
雪の降らない冬や冷たい夏が繰り返されて
作物もあまり獲れずに、人々は苦しい暮らしを
強いられておりました
それもこれも、長い間、神殿を無人で放置したせいだ
そう考えた村人たちは、王都の大聖堂に
神官様を派遣してもらえるように
お願いしたのでした
赴任してこられたお父様は
長い間放置された神殿のあまりの荒れ果てように
呆然としたそうです
修理をしようにも、資材も、人手も足りません
村の人たちは、みんな自分が生きていくのに精一杯で
神殿に構っていられる余裕のある人はいませんでした
それでも、お父様は、一念発起なさって
慣れない大工仕事に毎日、励まれました
屋根を直し、壁を塗り替え、荒れた庭を整備して…
けれども、やってもやっても、その仕事には
終わりは見えなかったそうです
元来、お父様は、力仕事等にはあまりむいて
いらっしゃいませんでした
からだを使うよりも、頭を使うほうがお得意
だったのです
けれど、どの仕事も、頭で考えた通りには
なかなかうまくいきませんでした
しかし、お父様は
これもきっと、大精霊様の与え給うた有難い試練
とお考えになり、励み続けていらっしゃいました
それでも、少しずつ、少しずつ
見えない疲労は蓄積していました
ある、寒い朝、お父様はどうしても寝台から
起き上がれなくなりました
数年ぶりに降った雪は
世界を真っ白に塗り替えていて
それはそれは寒い朝でした
冬は一日が短いので
お父様はいつも暗いうちに
起きていらっしゃいました
けれど、寒くて暗い冬の早起きは
それはそれは辛いことでした
もう、このままいっそ、永遠に眠ってしまいたい
そう思って、目を瞑ったときでした
どこかから、かすかに赤ん坊の声が聞こえました
空耳だ
お父様は、最初、そう考えて再び目を瞑ろうとしました
いくらなんでも、こんな寒い雪の朝に、赤ん坊が外に
いるはずがない、そう思ったのです
それでも、赤ん坊の声はやみません
とうとう、根負けしたお父様は、寝台を脱け出し
外套を取ると、外に様子を見に行かれました
そうして、私は、お父様に見つけていただいたのです
赤ん坊を拾ってしまったお父様は
もちろん、幼い子どもの世話をした経験など
ありませんでしたから、それはそれは
お困りになりました
いかな神童とはいえ、知らないこともあったのです
それでも、赤ん坊を飢えさせたり
凍えさせたりするのはしのびなく
他に手だてもなくて、村の人たちに助けを求めました
村人たちは、自分たちの暮らしもままならないのに
赤ん坊の世話を手伝ったり、子どもに必要な道具を
貸してくれたりしました
そうして、私は、お父様と村の人たち、みんなに
育てていただきました
その年から、天候の不順は収まり
寒い冬の後には温かい春と暑い夏が巡りました
そうして、涼しい秋には、どっさりと作物が
獲れるようになりました
やがて村の暮らしは、少しずつ、豊かになり
手の空いた人たちは、神殿にあった古い大浴場を
綺麗に直して、再び使うようになりました
私が物心つくころには、すっかり神殿は綺麗に直され
大浴場には毎日人が集い、いろんな人たちが毎日行き交う
賑やかな場所になっていました
お父様が長年かけて集めてこられた大切な書物は
みなさんがいつでも自由に読めるようにしてありました
大浴場に来られたついでに、書物を読んだり
借りたりしていかれる方も、大勢いらっしゃいました
それから、お父様は、村の子どもたちに
読み書きや計算を教えたりもなさいました
私にとって、神殿は、賑やかで楽しい場所という印象です
けれど、それは、寒くて辛い、荒れ果てた場所を
お父様とみなさんが、力を合わせて、作り替えたのです
お父様は、村のみなさんからは、聖人様と呼ばれる
ようになりました
大聖堂の神官長よりも偉い人だと
村の人たちは口を揃えて言ってくださいます
お父様の昔話を聞くたびに、私は、お父様のことを
誇らしく思いました
村の人たちのことも、誇らしく思いました
そうして、自分がこの村で育てていただいたことを
誇らしく思いました
私の故郷とは、そのような場所です
道々、尋ねられるままに、そのようなお話しを
いたしました
みなさん、たいそう興味深く聞いてくださいましたが
ことに、シルワさんは、お父様の境遇に、親近感を
持たれたようでした
「うんうん
いきなり赤ん坊のお世話を任されたのは
それは、大変だったことでしょう
そのご苦労、お察し申し上げます…」
シルワさんも、弟さんを赤ん坊のころから
お世話していらっしゃったので、ご自分の
ご経験と、重ね合うことも多かったのかもしれません
「…どうも、その節は、ご迷惑をおかけしまして…」
私はなんとなく申し訳なくなってしまって
思わず、シルワさんにそんなことを
言ってしまいました
すると、シルワさんは苦笑なさって
わたしは聖女様のお父様ではありませんよ?
とおっしゃいました
「でもねえ、ご迷惑、というのは
ちょっと、違います
確かに、大変なのは間違いありませんが
大きな試練と同時に、大きなご褒美も
いただいてきたのですよ」
シルワさんは、ふふ、と微笑まれました
「うん、なんか、おいら、そのご褒美っての
分かります」
フィオーリさんはすぐにそう賛成なさいました
「あんた、小さい弟妹がぎょうさんおる兄ちゃんやったな
けど、わたしは、末っ子やし、子ども育てた経験は
ないんやなあ」
お師匠様はうーん、と唸りました
「それはいっぺん、自分も経験してみたいような
けど、そんな試練、恐ろしい気もするような」
「まあ、なんとかなるものですよ?」
「まあ、なんとかなるっすよ?」
経験者のお二人は同時におっしゃいました




