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出発の前に一度泉の精霊にご挨拶に行くことになりました


村長さんたちのお手伝いに残るノワゼットさん以外全員です

ヒノデさんは、あちらに直にいらっしゃるということでした


妖精さんの補助魔法があるので、移動はとても早いです

朝のうちに、エルフの森へと着いてしまいました


今日はネムスさんが泉の精霊を召喚なさいます

シルワさんのおっしゃるお手本の詞を

ネムスさんがそっくり同じに唱えると

するすると、泉の精霊は姿を現しました


「おかえりなさい

 わたしの子どもたち」


泉の精霊は、両手を広げ、わたしたち全員にむかって

鷹揚に微笑みかけました


なんだか、ここにもお母さんができたなあ、と思いました


ネムスさんは、かっちこっちに緊張していて

泉の精霊に、うまくご挨拶ができませんでした


シルワさんにつつかれて、ようやく油の切れた蝶番みたいに

ぎぎぎぎぎぃっと、お辞儀をなさいました


泉の精霊は、ふふ、と微笑むと

ネムスさんの肩にそっと手を触れました


「向後ともよろしくお願いします、ネムス」


「はいっ」


ネムスさんの声はちょっと裏返っていましたが

それは、ネムスさんの決意を表しているようでも

ありました


「シルワは、行くのですね?」


泉の精霊はシルワさんにも声をかけました

シルワさんは落ち着いてその場にひざまずくと

はい、と言って項垂れました


「この後は、弟、ネムスが、聖なる泉の番人を

 しっかりとお勤めいたします」


「ネムスのことも、この森のことも

 わたしに任せて、安心していらっしゃい」


泉の精霊はおおらかに微笑みました


「ああ、それから、もうひとり

 新しい子どもが増えたのでした」


泉の精霊はそう言うと、手を振りました

ぱしゃり、と指先から飛んだ雫が

地面に落ちて水たまりを作ります

水たまりの中から、すっと人の形の影が立ち上がりました


「お久しぶりです、水源様」


にこにことヒノデさんはご挨拶をなさいました


「あなたもこれで本物の日の出村の井戸の精霊に

 なられました

 おめでとう」


泉の精霊は片手をゆっくりと振り上げました

その指先からきらきらと水が迸り

辺りに、小さな水飛沫がきらきらと降り注ぎました


それは、水の精霊の与える祝福でした


祝福の雨に、ヒノデさんは全身、びっしょりと

濡れてしまいました


すると、すとんとヒノデさんの髪から色が抜けて

青みを帯びた銀の色に染まりました

日の光を受けた銀の髪は、井戸の水面のように

きらきらと眩しく光り輝きました


「これから、あなたは、ご両親の子どもとしてだけではなく

 井戸と日の出村とを守護する精霊にもなったのです

 そのお役目をどうぞ、果たしてください」


ヒノデさんは、はい、と元気よく答えます

髪の色は変わっても、ヒノデさん自身は

何も変わっていないようでした


「あのときは、有難うございました

 日の出村の井戸の精霊様」


ネムスさんは、ぎこちなくヒノデさんに

感謝を伝える祈りを捧げました


振り返ったヒノデさんは、ネムスさんを見て

あっ、と声を上げました


「よかった

 君、無事だったんだね?」


「精霊様のおかげです」


「ヒノデ、でいいよ?

 日の出村の井戸の精霊、じゃ、長いからね?」


ヒノデさんは、前のときと同じようにおっしゃって

にこっと笑いました


「ちゃんと、見つけられたね?」


「いただいたご助言に従い、兄とふたり

 世界中を旅して回りました」


ネムスさんは深々と頭を下げました

少しばかり、さっきのぎこちなさは

取れていました


「聖女様の噂を聞けば、どんなところへも

 参りました

 何度か、オークの砦から救い出したことも

 ありました

 けれど、本物の聖女様には、なかなか

 出会えませんでした

 やがて、僕の力は尽きてしまいました

 その僕を、兄は、時を止めた棺のなかに残して

 ひとり、聖女様を探し続けました

 けれど、兄は、とうとう、見つけました

 そうして、僕ら兄弟は救われました」


聖女様?

そう、でした

ヒノデさんは、以前、ネムスさんを助けて消滅したとき

何か、言い残していらっしゃいました

…を、探して…

とだけ、聞こえた気がいたしましたけれど

あれは、聖女様を探して、だったのですね


初めて出会ったころ、シルワさんは

オークの砦に囚われた聖女様を救い出す

ということを、なさっておいででした


そのご縁で、私も、シルワさんたちと

出会えたのです


それって、元々、ネムスさんが聖女様を探すために

始められたことだったのですね


そして、ネムスさんが、続けられなくなった後も

シルワさんは、それを引き継いでいらっしゃったのですね


もし、シルワさんが、そうしていらっしゃらなかったら

私たちは、出会えなかったのかもしれません


「なんとも、不思議な巡りあわせです

 これこそは、大精霊様の思し召しかと」


シルワさんは私を御覧になって、にっこり頷かれました


シルワさんに探していただいて

見つけていただいて

本当によかったです


けれど、それも、もとはと言えば

ネムスさんの始められたことで

ネムスさんがそれをなさったのは

ヒノデさんに助言されたから

だとすれば


「ヒノデさん!

 私からもお礼を申し上げます

 本当に、有難うございます」


ヒノデさんはびっくりした顔をして

こちらを振り向いてから

にこっと笑われました


「お礼を言わないといけないのは、僕の方

 君たちのお蔭で、僕は本物の精霊になれた

 父さん、母さんにも、もう一度会えた

 村の疫病も、君たちがいなければ

 もっと恐ろしいことになっていた

 助けてくれて、有難う、聖女様」


ヒノデさんは私のほうへ駆け寄ってくると

しがみつくようにして、ぎゅっと抱き着いてきました


なんだか幼い子どものようで

私も、ヒノデさんを、ぎゅっと抱きしめ返しました


あったかくて、ちょっとひなたくさい

幼い子どもの匂いがしました


「君はきっと、みんなを助けてくれる、って

 初めて会ったときから、思ってた

 君は、本物の聖女様だ」


本物の守護精霊様からそんなことを言われては

嬉しいような、恥ずかしいような

誇らしい気持ちになってしまいます


いえいえ、けれど、浮かれている場合ではありません

私はまだまだ、半人前の神官

癒しの術さえまともに使えない

なんちゃって聖女なのですから


これからも、修行をし、徳を積んで

いずれ、立派な一人前の神官になれるように

励んでまいろうと存じます


ネムスさんにも、まだまだこれから神官としての

修行がたくさん待っています

その修行の大変さの片鱗くらいは、存知ている

つもりです


けれど、ネムスさんなら、きっと大丈夫

ネムスさんには、頼りになる方たちもついておられます

それに、エルフさんには、何より、たくさんの時間も

ありますから


いろいろと支度を済ませた私たちは

再び、出発することになりました


次の目的地は、なんと、私の故郷になりました


シルワさん始め、お師匠様も、フィオーリさんも

ミールムさんも、是非とも、一度、お父様に

会ってみたいと強く主張なさったのです


出発の朝

アイフィロスさんは、奇妙な玉子をひとつ

届けてくださいました


真ん中あたりからぱかりと上下ふたつに分かれる構造で

中は空洞になっています

その空洞に何かを入れると、それはネムスさんのところへ

まっしぐらに戻ってこられる仕組みのようでした


「定期的に、聖女ちゃんの涙を、届けてやらないと

 なんだろ?

 あ、手紙とかも、一緒に入れても大丈夫だから」


アイフィロスさんは使い方を一通り説明してから

はい、とシルワさんに手渡しました


シルワさんは、有難うとおっしゃって

素直に受け取りました


「ネムスとノワゼットのことは、心配するな

 それより、お前は、聖女ちゃんのこと大事にして

 それから、お前たちの病を治す方法を

 きっと、見つけてくるんだぞ?」


アイフィロスさんはシルワさんの目をじっと見つめて

おっしゃいました


「お前のことは、心配しない

 お前なら、きっと、やり遂げる」


「ええ、きっと

 留守は任せましたよ?アイフィロス」


シルワさんは、アイフィロスさんにむかって

しっかりと頷いてから、あ、と思い出したように

付け足しました


「定期的に沐浴をさせるように

 ノワゼットに頼んでありますから

 髪もちゃんと切るのですよ?」


「なんだ、お前

 せっかく、いい感じにまとめにきたってのに…

 わざわざそれ言わなくったって、いいだろう?」


アイフィロスさんは思い切り嫌そうなお顔になって

それを御覧になったみなさんは、明るく楽しそうに

笑っていらっしゃいました





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