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夕食はアイフィロスさんが作ってくださることになりました
地面に降りて木の裏側に回ると、立派な厨房がありました
どうやらこの木と周りのすべてがお家のようでした
「アイフィロスはとっても料理がお上手なんです
お食事は期待していいですよ」
シルワさんはそんなことをおっしゃいました
さっきの表情とは打って変わって明るい顔になっていました
「それは、とっても楽しみです」
エルフのお料理とはどういうものなのでしょう
なんだかわくわくします
「なんやなんや?
ご飯、作るのん?
それやったら、わたしも一緒にやるやんか」
お師匠様は張り切って腕まくりをなさいました
「私も、お手伝いします!」
けれど、シルワさんはやんわりと引き留めました
「今日はわたしたちはお客様ですから
どうぞこちらでゆっくりなさってください」
「エルフの料理なんて、見る機会もそうそうないからな
是非是非、見学させてほしいねん」
お師匠様はそうおっしゃるとさっさと行ってしまわれました
こうなったお師匠様はもう誰にも止められません
けれど私は、少し迷ってから、ついて行くのは諦めました
あまり大勢厨房にいては、お邪魔になるかもしれませんし
行っても私は、お鍋をかき混ぜる要員にしかなりません
お役に立てなくてしょんぼりしていると
シルワさんがおっしゃいました
「それでは、わたしたちはデザートを探しにまいりましょう
ついでに森を案内してさしあげますよ」
シルワさんとデザート探し!
それはなんだか楽しそうです
「散策かあ
じゃあ、僕はフィオーリと行くよ
君たちとどっちが美味しい物見つけてくるか競争だよ?」
ミールムはそう言ってフィオーリさんと行ってしまいました
シルワさんとふたり、森の中を歩き回りました
ここは明るくてとても気持ちのよい森です
ただ歩いているだけでも、心が浮き立ってきます
小鳥や虫の声も聞こえてきます
ここに住んでいる生き物はみんな幸せそうです
「この森全部がエルフの郷なのですよね?」
道々シルワさんに尋ねてみました
ええ、とシルワさんはにっこり答えてくださいます
「お家などは、あまり見かけませんね?」
「家は木の上にあることが多いのですよ
アイフィロスの家も、そうでしょう?」
「アイフィロスさんのお家は、あの木全体なのでは?」
思ったことをそのまま申し上げただけなのですけれど
シルワさんは、あはははは、と笑い出しました
「小屋があったでしょう?
元々、あの小屋が家だったんです」
あの、物が雪崩落ちてきた小屋のことでしょうか?
「ところが、物が多すぎて、小屋に住めなくなってね?
それからは、ほとんど野宿をしているんですよ
もっとも、あの木の上に他の家もありませんし
わざわざそれを指摘する人もいませんしね」
なんとなんと、あの木は全部お家なのだと思いましたが
あれは野宿状態だったわけですか
「問題は雨の日で
小雨くらいなら、木に屋根になってもらえばいいですけど
一度大雨が降ったときに
夜中に心配になって見に行ったら
雨の中、がたがた震えながらびしょ濡れになっていて」
それは、大変です
「それ以来、雨が降るとうちに泊まりにくるようになって
弟もすっかり懐いてしまって」
シルワさんはどこか淋しそうな顔になりました
きっと弟さんのことを思い出されたのでしょう
「あの頃は、本当に楽しかった…」
遠い目をなさるシルワさんを引き戻したくて
私は慌てて言いました
「冬は、どうなさるのです?
この辺はたくさん雪が降るのでしょう?」
ああ、これはまずかったかもしれない
言ってから思いました
もしかしたら、冬も避難してこられてたのかも
三人寄り添い、ぬくぬくと過ごしておられたのかも
楽しかった三人の団欒を思い出したりしては
ますます淋しくなってしまうではありませんか
けれど、シルワさんは、あはは、と声を出して笑いました
「冬はね?問題ないんです
たくさん降った雪で雪洞を作ってね?
一冬、そこで暮らすんですよ
火を焚くわけにはいかないんですけど
結構温かいんだ、って
自慢してましたよ」
なんとまあ
「アイフィロスさんって、お強いですね?」
「強い?
ええ、そうですね?
あの人は、とても強い
ええ、そうなんです」
シルワさんはまた少し遠い目をなさいました
「あの人がいなければ、多分、わたしは生きていない
何度もそう思いました
何度も何度も、助けてくれたんですよ」
本当によいお友だちなのですね
シルワさんにそんなお友だちがいらっしゃってよかった
私もアイフィロスさんにお礼を言いたくなりました
「雪洞のお家ですか
なんだか、一度、泊まってみたいです」
思わずそう言ったら
シルワさんはちょっと顔をしかめました
「いや、あれは、やめておいたほうがいいです
悪いことは言いません
アイフィロスには、泊まってみたい、なんて
言わないでください
きっと真に受けて、冬までここにいろ、とか
言い出しかねませんからね」
なんだか、シルワさんとアイフィロスさんの関係って
面白いです
「変わったお家と言えばね?」
今度はシルワさんのほうからおっしゃいました
「木の洞に住んでいる人もいるんですよ」
私はとても驚きました
「まあ、住めるほど大きな洞があるのですか?」
「中を魔法で拡げてあるのです
洞に住むのは、魔法の得意な人が多いですね」
魔法で作った木の洞のお家
中はいったいどうなっているのでしょう
とても興味を惹かれます
「エルフさんのお家って、本当に不思議ですねえ」
「ご興味がおありなら、いくつかご案内しましょうか?」
「まあ!よろしいのですか?」
シルワさんはちょっと笑って、ええ、と頷かれました
「しばらくは滞在することになりそうですし
明日でよろしければ、これから連絡をしてみましょう」
「もちろんです!
あ、でも…」
私はふと思い出しました
「シルワさんに、ご迷惑ではありませんか?」
シルワさんは郷を出奔なさったお方です
ここに帰ってくるのも、とても躊躇なさっていたのです
誰も、シルワさんを責めたりはしない、とは伺っても
シルワさんは肩身が狭く感じたりしないでしょうか
シルワさんはこちらをちらりと御覧になりました
その目はとてもとても優しい目をしておられました
「いいえ
折角の機会ですから
それに、いろいろと片付けておきたいこともありますし」
「では、是非連れて行ってくださいませ」
嬉しくなって、思わずシルワさんの腕を取ってしまいました
昔、お父様にしていたように
つい、うっかりやってしまったのです
シルワさんはちょっと照れたように微笑んでくださいました
その優し気な微笑みにまた胸がどきどきし始めました
私は大慌てで腕を放しました
「も、申し訳ありません
このように馴れ馴れしいこと…」
「いいえ、むしろわたしはとても嬉しいです
離れてしまわれて、残念ですよ」
シルワさんはにこにことおっしゃいました
「しかし、善は急げと言いますからね
今のうちに、お手紙をしておきましょうか」
そうおっしゃると、宙に魔法の紋章を描き始めました
碧い魔法の紋章は、森を背景にゆらゆらと輝きます
「さてと、こんなものですかねえ…」
完成した紋章を一通り眺めてから
シルワさんは、くるん、と指を回しました
すると紋章はたくさんの小さな碧い蝶に姿を変えました
「みなさん、ご連絡、よろしくお願いしますね」
飛び去っていく蝶にシルワさんはそう声をかけます
蝶たちはひらりと宙を一回転してから、去って行きました




