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井戸の後には、墓地にお参りしました


百年の間に、墓地には草がたくさん生えて

墓石も苔がびっしりとこびりついていました


私たちは、みんなで力を合わせて

お掃除をすることになりました


「あ、ちょっと待ってくださいね?」


草をむしろうとした私の手を引き留めて

シルワさんはにっこりなさいました


「わたしは草と仲良しなので…」


そんなことをおっしゃりながら

しゃがんで手のひらを地面に押し当てました


目を閉じ、何か口の中で唱えると

シルワさんを中心に、すっと何本も光の筋が

地面を走りました


すると、どうでしょう

まるで、意志を持った生き物のように

草たちは、ひょこっ、ひょこっ、と

根っこを抜き始めました


「っく、草が?歩いた?」


それを目にしたみなさんが、一斉に目を丸くしました


「せっかく、生えていらっしゃったのですから

 引き抜くくらいなら、移動していただいたら

 いいじゃないですか?」


シルワさんはこともなげにおっしゃいました


「いや、あの、草は、動きません、よね?

 種の落ちたところで一生を終えるものなのでは?」


「いいえ?

 少しばかりお手伝いして差し上げたら

 ご自身でお好きなところへ歩いて行かれます

 そのときに、できれば、こちらのほうへ

 お願いします、とお願いすれば

 大抵のことは、聞き届けてくださいますよ?」


……


そういえば、エルフの森の木々が整然と生えていたのを

思い出しました

日当たりや風通しのよいように、どの木も、きちん、と

生えていました

あれは、エルフ族のみなさんが、苗木をそのように

植えたのかと思っていましたが


「もしかして、エルフの森の木々も

 自分で歩いて、ちょうどいい、ところへ

 移動なさってたのですか?」


「ええ、もちろん

 多少の手助けはいたしますけれど

 みなさん、それぞれ、お気に召した辺りで

 譲り合って、生えていらっしゃるのですよ」


なんだか、すごいです


あっという間に墓地は綺麗になってしまいました

墓石に生えていた苔も移動して、お気に召したらしい

大きな石に、一斉に集まりました


もしゃもしゃと連なって移動する苔は

なんだか可愛らしかったです

けれども、集まると、なかなかに壮観でした


苔むした立派な石は、墓地の一番奥にお祭りしました


植物がみんな移動してしまうと、シルワさんは

雨を呼びました


さぁっと優しい雨が降りだすと

みなさんは、一斉に手にたわしや布を持って

墓石を磨き始めました


天然のシャワーは長い間たまっていた埃を洗い流し

墓石はみんなすっきりして、気持ちよさそうに見えました


埃が洗い流されると、シルワさんは雨を止ませました

すぐにお日様の光が差してきて

どこからともなく優しい風が吹き

墓石と一緒に私たちも乾かしてしまいます


日差しにきらきら光る墓石は

なんだか喜んでいらっしゃるようにも

見えました


「さあ!ほんならここから、頑張ってもらおうか」


そうおっしゃって、お師匠様はみなさんに一枚ずつ

柔らかい布を配って歩きました


「石の光るんは、心の光

 己の心を磨くと思うて

 きゅっきゅきゅっきゅ

 心を込めて

 一心に磨くんやで」


「…はじまったよ…」


ミールムさんは思い切り嫌そうな顔をなさいました


入り日が雲を染めるころ

みなさんが丁寧に磨いた墓石は

ぴかぴかになっていました


そうなってようやく、お師匠様から

石磨きを完了してもいいというお許しが出ました


ミールムさんは言うまでもなく

シルワさんですら、ため息を吐いて

その場に座り込みました


けれど、私たちの成し遂げた仕事の仕上がりは上々でした

墓石はどれも、夕日に照らされて、大きな黄金の塊のように

光り輝いていました


「これは、作ったときより、光ってますなあ」


おじいさんおばあさんは嬉しそうにおっしゃいました


「ヒノデさんって、元々、人間だったんっすね?」


フィオーリさんは

ヒノデと彫られた文字を指でなぞりながら

しみじみとおっしゃいました


「亡くなった方が、故郷の地を護る守護霊となることは

 それほど珍しいことでもありませんからね」


シルワさんは、ヒノデさんの墓石を

ゆっくりと手で撫でていました


「これから召喚、するの?」


ミールムさんがその隣に並びます


「シルワ、さっきから、だいぶ魔力

 使ってたよね?

 魔力、足りないんだったら

 僕の貸すよ?」


「魔力なら、心配していただかなくても大丈夫です

 ネムスの棺を維持する魔力が必要なくなったので

 今のところ、足りていますから」


けれど、とシルワさんはおっしゃいました


「ヒノデさん、というお名前ですし

 やはり、召喚は、明日の朝のほうが

 よろしいのではありませんか?」


「そんなとこ、こだわるんだ

 まあ、いいけど」


ミールムさんは軽く肩を竦めました


それに、とシルワさんは付け足しました


「せっかくですから、ヒノデさんは

 井戸の守護霊として召喚しようか、と」


「そこんとこは、僕もそっちのほうがいいと

 思ってた」


ミールムさんは同意するように頷かれました


「だけど、あの井戸、もう一度、開ける?

 水脈は枯れてるよね?」


「そこは、先日、戻ったついでに

 泉の精霊にお願いしてきました」


シルワさんはにっこりして頷きました


「めそめそ泣いてばかりの役立たずも

 少しはお役に立たないと、聖女様に

 がっかりされてしまいますからね」


なんだ、聞いてたの?と

ミールムさんは、少しばかり顔をしかめました


シルワさんは、あはは、と笑って背中を伸ばしました


「明日は、一度にそれをやってしまいましょう

 そのためにも、今日はゆっくり休みましょうか」


「ほな、そろそろ、野営の支度するかな」


お師匠様は首を左右にこきこき鳴らしながら

おっしゃいました


「久しぶりに嬢ちゃんに

 わたしのご飯食べてもらうんや

 腕をふるわんと」


井戸の修理をしていたみなさん方は

空き家をテント代わりにしていらっしゃいました


井戸の近くで一番壊れていないお家だった

ということでしたが、なんとそれは

村長さんのお家でした


「勝手に使ってしまって、どうもすみません」


思わず謝ってしまいましたが

おじいさんもおばあさんも

どうぞどうぞ使ってください、と

言ってくださいました


中に入ってみると

百年も空き家だったとは思えないくらい

綺麗に居心地よく整えられていました


ランプも煤ひとつなく磨かれていて

灯を灯すと、百年前と同じように

お部屋を明るく照らしだしました


確かに、そこにある道具類はどれも

古びてはいましたけれど

破れた布は丁寧に繕われ

壊れた調度はきちんと修理されています

竈の灰はかきならされて、お鍋もぴかぴかに

光っていました


水瓶の中には、水がたっぷりと貯めてありました

少し遠い川まで、毎朝、フィオーリさんが

汲みに行っていらっしゃるそうでした


家の中には塵ひとつなく

本当に、今すぐお二人が

ここで暮らしていけるほどに

きちんと何もかもが揃っていました


「わたしの手にかかれば、こんなもんや

 これは、ひとつ、勝手にここをお借りした

 お詫びやと思うて、許してください」


お師匠様はそう言うと、張り切って夕ご飯の支度を

始めました


私はちょっと気になって、お風呂場のバスタブを

見に行ってみました


するとそれも、百年前より綺麗なくらい

ぴかぴかに磨いてありました


「後で、沸かして差し上げましょうね?」


後ろから声をかけられてびっくりしました

振り返ると、にこにこと、シルワさんが

いらっしゃいました






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