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一息つくと、お師匠様の直した祭壇を

ゆっくり見せていただきました


井戸を覆う屋根を支える柱のひとつに

その祭壇は作りつけてあります

それは、百年前に作られていたものより

さらに立派に進化しておりました


精巧な格子扉のむこうには、井戸の精霊を示す

古代文字を刻んだ宝石が置かれていて

ここは、祭壇の一番主たる部分になっています


扉の左右には精霊を護る神獣の像

その面には、悪しき者は決して中には入れぬという決意と

精霊のもたらす恵を人々に届けようという慈悲の心とが

見事に表されていました


格子扉の手前には、少し広めの台もあって

そこには、燈明とお供え物の果物やお水の入った器

それから、お花を生けた花瓶も

綺麗に並べられています


まるで、神殿のミニチュアと言ってもよいほどに

精緻で荘厳で、足りないところのない立派な祭壇でした


「…いやあ、グランったら

 やると決めたからには、徹底的にやらなあかん

 とか言い張ってさあ

 めっちゃくちゃ、大変だったんだよ、これ」


ミールムさんは祭壇を見て感心している私の隣へきて

愚痴のようにおっしゃいました


「屋根の修理は、僕とフィオーリに押し付けてさ

 ひたっすら、この細工を拵えていたよね?」


「おいらは、細かい細工より、大工仕事のほうが

 得意っすから

 ちょうどよかったっすけどね」


フィオーリさんはにこにことおっしゃいました


「とまあ、僕らはそれぞれせっせと頑張って働いて

 いたんだけどね?

 ひとり、まったく役に立たないのがいてさ」


「仕方ありませんよ

 シルワさんは、いっつも、今度こそ

 聖女様とお会いできた、と思っては

 離れ離れになる運命っすからね」


「飴かなんかのように涙の玉、ぼりぼり齧っては

 ずっと泣いてばっかりで、いや、うっとおしいの

 なんのって」


……それは、なんだか、シルワさんに伺ったお話しとは

ちょっと趣が違うような……


「グランはグランで、細工のことで頭いっぱいだし

 フィオーリは、そのうちなんとかなるんじゃないっすか~

 なぁんて、呑気に構えてるし

 僕、ひとり、おろおろしちゃった」


「そんなときに、聖女様がいなくなるのって

 いっつも、なんか、泉の精霊が関わってるのかな、って

 思い出しまして」


「フィオーリのくせに、よくそんなことに気づいたよね?

 普段から頭使わないやつって、頭の領域が空いてるから

 ときどき、すごいことひらめくのかもね?」


「そんで、シルワさんにそう言ってみたら

 シルワさん、すぐに、泉にすっ飛んで行ったんっすよ」


「あ、ちゃんと、僕の補助魔法は、かけてあったから

 本当に、すっ飛んで行く、くらいの速度だったんだよ」


「そしたら、水鏡?っていうんっすか?

 その魔法で聖女様と繋がった、って」


「スキップしながら、うっきうきで、戻ってきたんだよね」


「…ぃゃ、スキップ、はしてなかったっすけどね?」


お二人は代わる代わるそんなお話しをしてくださいました


「どや!

 嬢ちゃん、この石、綺麗やろ?

 わたしのコレクションのなかでも

 とっておきのやつやったんやで?」


お師匠様は、扉のむこうに安置してある石を取り出して

見せてくださいました


「ここに刻んであるのは、井戸の清浄を護るための紋章や

 こっちのは、井戸の精霊の印、な?

 紋章刻んだ石を祭るんは、ドワーフ流やけど

 まあ、この村ももう、誰も住んでへんのやし

 かまへんかな、思うて」


つやつやした赤い石には、細かくびっしりと

綺麗な文様が刻まれていました


「ほんまは、井戸の精霊には、赤い石は使わへんのやけど

 フィオーリが、ここの井戸の精霊は赤い髪をしてた

 いうからな

 なんやきっと、赤、いうんは大事なんやろ思うて

 この石にしたんや」


そやけど、これ、かったい石やから、刻むのんも

一苦労で…

とお師匠様のお言葉は続いていたのですが

ノワゼットさんに連れられていらっしゃった

おじいさんとおばあさんの方に

私の注意は逸れてしまってました


「まったく、驚きました

 まさか、自分たちが、百年後の日の出村に

 やってくるとは」


「ここは、百年経つと、こんなふうになって

 いるのですねえ」


お二人は、しみじみとおっしゃいました


「それにしても、この井戸の立派なこと」


「中も綺麗に掃除してあるし

 枯れてしまって、水はないようですが

 今にも、また、綺麗な水が湧き出しそうに見えます」


「そうだよ!

 ここの掃除だって大変だったんだ

 フィオーリと僕の二人でさあ…」


ミールムさんは、井戸のお掃除がいかに大変だったかを

語っていらっしゃいましたが、それは、井戸を一目見れば

とてもよく分かりました


井戸の内側に積み上げられた石は

枯れた苔や草も全部綺麗に取って

光るほどに磨き上げられています


底に溜まっていた土も綺麗に掃除されて

ぴかぴかに光る石が敷き詰められていました


「とにかく、石に関しては、グランさんが

 妥協を許しませんから

 いやあ、おいらも、いい勉強をしましたっす」


「僕はもう、二度とごめんだね」


お二人の感想はまったくさかさまでしたけれど

その出来栄えには、どちらも自信を持っていらっしゃる

ようでした


「こんなに立派な井戸になれば

 また、この村も再興できそうじゃ」


おじいさんとおばあさんもそう言って

喜びあっていらっしゃいます


それに、あっさりミールムさんはおっしゃいました


「再興?すれば?」


「ええっ?

 でも、ここは、いろいろあって、その…」


ノワゼットさんは言いにくそうにしながらも

ミールムさんのお言葉には反対のようでした


「なんで?

 いいんじゃないの?

 一度失敗したくらいで諦めなくったって

 ここは、エルフの森に一番近い最果ての村なんでしょ?

 エルフに憧れてここまで来て行き倒れるやつは

 またいるかもしれないし、そういうやつらが

 またここに住みたいかもしれない」


「あのお家も手入れすれば、また住めるようになると

 思いますよ?」


フィオーリさんは、廃墟と化したたくさんのお家を

見渡しておっしゃいました


「おいら、修理は得意っすから

 全部じゃなくても、いくつかは

 直して使ったらいいんじゃないっすか?」


「村にするのが嫌なら、まずは、宿?とかに

 してみたら、どうかな?」


そうおっしゃったのは、ネムスさんでした


「兄様と、世界を旅したとき、安心して眠れる宿に

 着いたときには、本当に、嬉しかったんだ

 そういう宿が、ここにあっても、いいんじゃないかな?」


「アイフィロスに言えば、宿屋の仕事をする魔法人形は

 作ってくれるでしょう

 ご夫婦は、その人形たちの統括をなさればいいのでは?」


いつの間にいらっしゃったのか、シルワさんも

そんなふうにおっしゃいました


「アイフィロスの魔法人形?

 そんなもの、信用してもいいのでしょうか…」


ノワゼットさんは不安そうにおっしゃいます

それに、シルワさんは、あはは、と笑われました


「アイフィロスの魔法道具は奇妙な物が多いですけれど

 かなり優秀な技も持っているのですよ

 時間を止める、などという技を、この世界に再現したのは

 我らが聖女様と、アイフィロスだけなのです

 あの、ネムスのいた棺は、わたしの魔力で維持して

 いましたけれど、棺事態を拵えたのは、アイフィロス

 でしたから」


「そんなふうに言うと、アイフィロスって、

 なんか、すごいやつ?みたいだね?」


「失礼なことをいうものではありませんよ、ネムス

 アイフィロスは、本当に、すごいやつ、なのですよ?」


ネムスさんを窘めるシルワさんは

なんだか、本当に、お兄様、という感じがして

それがまた、なんだか新鮮でした


「宿屋?

 ほんまに、やんのん?

 それやったらまた、いろいろ、拵えなあかんなあ」


お師匠様まで、何やら、考え始めてしまいます


「あーあ

 僕はまた力仕事なんて、ごめんなんだからね?」


ミールムさんは、思い切り嫌そうに顔をしかめてみせました


けれど、可愛らしい妖精さんのしかめっ面は

やっぱり、可愛らしいだけでしたから

みなさんは、声を合わせて、あはは、と

明るく笑い出したのでした


「ここは日の出村、ですから

 日は沈んでも、また上る

 そういうものなのかもしれませんね」


シルワさんがしみじみとおっしゃっていました






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