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おばあさんと一緒に私たちは村長さんのお家に帰りました

お家で待っていらしたおじいさんに、私たちは

ヒノデさんのお話しをしました


「ヒノデが?

 井戸の精霊に?」


おじいさんもたいそう驚いていらっしゃいました

ほろほろと涙を零しながら、それでも、微笑まれました


「あの子は井戸の精霊になって

 村とわたしたちを護っていてくれたのですね」


おばあさんも、涙を流しながら、そう言って

おじいさんの背中を撫でていました


お二人のお子様のヒノデさんは

生まれたときから、からだが弱くて

大人にはなれないだろうと言われていました


ベットに横になっていなければならないことも

多くありましたが、それでも、明るい元気な

少年だったそうです


ヒノデさんを失ったお二人は、悲しみのあまり

一度、自暴自棄に陥られたのだとか


そうやって荒野をさ迷い歩いていたときに

出会ったのが、迷子になっていたノワゼットさんでした


ノワゼットさんを初めて見たとき

おじいさんは、自分が若いころエルフの夫婦に

助けてもらったときのことを思い出したそうです


自分たちは生きて行くことすら辛かったけれど

それでも、このエルフの少年を死なせることはできないと

思ったのだそうです


「わたしたちは、ノワゼットに救われたのです」

「ノワゼットは命の恩人ですよ」


ノワゼットさんは、いいえ、と首を振りました


「お二人こそが、わたしの命の恩人です」


そのときから、ノワゼットさんは、お二人のことを

実の親のように慕っていらっしゃいました

お二人もまた、ノワゼットさんのことを

実の子のように可愛がってこられました


血の繋がりはありませんし、種族も違っています

それでも、みなさんは、ずっと

ひとつの家族だったのだと、思いました


「村に疫病が流行ったときに、毎晩、お水を配っていたのは

 ヒノデさんなのです」


私はそのときのことをお話ししました

それを聞いた村長さんご夫妻は、ますます涙を流されました


「あの子は、ずっとずーっと、わたしたちを

 護っていてくれたのですね」


本当にそうだと思います


遅い昼食の後

ノワゼットさんと私は、どちらからともなく

また井戸へとむかっておりました


井戸の傍には小さな椅子がありました

ここへ来て水を汲むついでにおしゃべりをなさる方々が

置いておかれたのかもしれません


「井戸の精霊の赤い髪は、元々、人だったころの姿

 だったのか」


ノワゼットさんは、椅子をふたつ持ってくると

並べて置きました


「ヒノデさんは、私の血を使って具現化したから

 髪が赤くなった、とおっしゃっていました」


「精霊は嘘はつけない

 だとすると、ヒノデは、精霊ではなかった

 のかもしれない」


精霊でないのなら、もしかしたら、幽霊でしょうか

だとしても、まったく怖くないなあ、と思いました


「それは、どちらでもよいのではありませんか?」


精霊だったとしても、幽霊だったとしても

ヒノデさんが、みなさんを助けようとしたことに

変わりはありません


「そうだね

 大切なのは、ヒノデがあのお二人の子どもで

 お二人と、村のみんなを、どうにかして助けようと

 したことだな」


そのヒノデさんは、ネムスさんを助けて

消えてしまいました


「やっぱり!あの!ヒノデさんを取り戻す方法は

 ありませんか?」


ノワゼットさんは、私をじっと御覧になりました


「ひとつ、尋ねる

 君には、精霊を具現化する能力があるの?」


「…能力、かどうかは、分かりません…

 ただ、森のノワゼットさんのお家で泣いていたときも

 突然、精霊が現れたことがあって

 あのときも、私に力をもらった、って

 精霊は言ってました」


「…涙…?

 ヒノデは、血、と言っていたか…」


うーん、とノワゼットさんは唸りました


「古代の魔法にそんな術があったようなことを

 昔話で聞いたことが、あったような、なかったような」


「古代の魔法、なんですか?」


うーん、ともう一度唸ってから

ノワゼットさんは、おもむろにお尋ねになりました


「もしかして、人間の神殿では、そんな魔法を

 習ったりするの?」


「いいえ

 習いません」


きっぱりと否定しましたら

ノワゼットさんは、だよねえ、とため息を吐かれました


「シルワ師なら、詳しくご存知かもしれないけれど

 今は、いらっしゃらないし…」


「シルワさん、ですか?

 それなら、今夜にはまた

 お話しをする約束を…」


昨夜、入浴中に水鏡でお話しをしたことを申しますと

ノワゼットさんは、かなり驚かれたようでした


「水鏡?

 それを、風呂場で?

 よもやまさか、シルワ師が?

 ぃゃぃゃぃゃ…シルワ師に限って

 そのような、下衆な真似などなさるはずが…」


なにやらひとりでぶつぶつ言っておられたかと

思うと、おもむろに、こちらを御覧になりました


「水鏡って、かなり古代の魔法だよね?

 魔法式も確率されてないし

 ほんっとうに、魔法みたいな魔法でしょう?

 発動させるには、いろいろと複雑な条件も

 あったと思うんだけど…」


「そうなのですか?

 それをお使いになれるとは

 シルワさんって、本当に、ご立派な魔法使い

 なのですね?」


なんだか嬉しくなってしまって、そう申しますと

ノワゼットさんのお口が、ぱっくりと開きました


そのまま、ゆっくり三つ数えるほどの間

お互いにお互いをじっと見つめて黙っておりました


「ぁ、ぃゃ、っと…」


ノワゼットさんは、ふいに我に返ると

ちょっと視線を逸らせて、ため息を吐かれました


「しっかし、どうりで長風呂だったわけだ

 なかなか出てこないから、のぼせたかと

 心配したんだよ?」


「…ネムスさんが、見に来られましたね?」


「なんだ、ネムスは君のところへ行っていたのか

 途中からいないと思っていたけど」


え?あれ?


「ネムスさんは、ノワゼットさんが心配なさっているから

 見に来た、とおっしゃいましたが?」


「まったく、人のせいにして

 自分が心配だから見に行ったくせに」


ノワゼットさんは、小さく舌打ちをなさいました


「それで?

 シルワ師と三人で話したの?」


「え?

 …いえ…

 水鏡が発動したときには、ネムスさんは

 いらっしゃいませんでした…」


「ふ~ん

 まあ、いたところで、お邪魔虫なだけか

 外に散歩にでも行ったかな

 ネムスなら、村のなか一人歩きしたところで

 危ないこともないしな」


そのまま、水鏡のお話しはいったん中断になりました


夕方、戻ってこられたネムスさんは

ウサギやトリをたくさん獲ってきて

くださいました


せっかくいただいた命ですから

私たち、みんなして、せっせと

お肉を塩漬けにしたり、燻製にしたり

いたしました


「これだけあれば、当分は食料にも困りません」


おじいさんとおばあさんにも

喜んでいただけてよかったです


その夜も、ご馳走がずらりと並びました


お腹いっぱいになって、私は、そろそろ

お風呂の支度をしようかと考えておりました


すると、ノワゼットさんが近くにいらっしゃって

おっしゃいました


「今夜は、水鏡で、わたしもシルワ師と

 話させてほしいのだけど」


え?私はちょっと焦ってしまいましたが

ノワゼットさんも、きっと大切なご用が

おありなのだと思い直しました


「…分かりました

 それでは、あの、今宵は服を着て

 お風呂に入ります」


「は?

 いや、あの、水鏡は、風呂場でなくても

 できるでしょ?」


「え?水鏡って、バスタブでなくてもいいのですか?」


尋ねたら、思い切り呆れた顔をなさいました


「静かに張った水なら、なんでもできる、と思う」


「そうなのですか?」


ノワゼットさんは頭を抱えながら桶を持ってこられました


「これに、井戸から汲んできたばかりの水を張って、と」


ノワゼットさんはあちらにいらっしゃるネムスさんに

声をおかけになりました


「ネムス!

 君も兄上とお話しするかい?」


「…いや、僕は、いい…」


ネムスさんは短く断ると、外へ行ってしまわれました

もしかしたら、夜のお散歩がお気に召したのでしょうか


ノワゼットさんも、ああ、そうかい、とあっさり

おっしゃって、引き留めたりはなさいませんでした


ノワゼットさんと二人で、桶を覗き込みました

緊張して、どきどきいたします


ノワゼットさんは、静かに、桶のむこう側へ

呼びかけました


「シルワ師

 そこに、いらっしゃいますか?」


……


桶の水面に、ふわり、と波紋が広がりました

 





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