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あれからどうなさっていたのか


何よりまず知りたかったのはそのことでした


ご夫婦は、互いに視線を交わしてから

ゆっくりとお話ししてくださいました


私たちが村を追われたすぐ後に

村にはあの疫病の流行がやってきました


あの余所者たちは、やっぱり疫病神だった

村に疫病をもたらしたのだ、と

村の人たちは噂したそうです


村にひとりだけいらしたお医師様は

患者さんたちの家を回って

必死に治療をしようとなさいました


けれども、お医師様の手も到底回らないくらい

患者さんたちの数は日を追うごとに増えていきました


村で蔓延した疫病は、殊の外、手強いものでした


有効な治療手段もなく、対策は常に後手に回り

途方に暮れるしかなかったそうです


疫病に有効なのは、綺麗なお水をたくさん飲むこと

けれども、村の井戸は疫病に汚染されていましたから

その水をたくさん飲めば、それは、治療ではなく

病を悪化させる一方だったのです


こんな厄介な病、いったいどうして起こったのか


病に苦しむ人たちは、余所者を憎み

エルフを憎むしかありませんでした


そして、とうとう、村長さんご夫妻も

共に、病に倒れてしまいました


アイフィロスさんのご両親は

旧知の友として、密かに、村長さんに

お薬を届けてくださったのだそうです


それは森の薬草を使い、エルフの魔法のかかったお薬でした


けれど、それを知った村の人たちは

村長さんたちを、裏切者と罵りました


村の人々の怒りの矛先は、村を興し

この村の人たちのために働いてきた

村長さんたちにむかってしまったのです


なんとも痛々しいお話しに

胸が痛くなります


あの村は呪われてしまった

その言葉をひどく重く感じました


村を呪ったのは誰だったのでしょうか

エルフ?

ではない、ような気もいたします

それは、もしかしたら

村人自身だったのではないでしょうか


「だけど、あのころ、村中に、毎日

 夜中に水を配って歩いてくれた者がいましてね

 その水を飲むと、不思議と症状は軽くなったのですよ

 みなそれで、一命をとりとめることができたのです

 わたしたちも、この通り、治ることができました

 あれは、いったい、誰がしてくれたのか

 探してみたのだけれど、結局、分からずじまいでした」


おじいさんのその言葉に、なんだか嬉しくなりました

それをしたのは、ヒノデさんとフィオーリさん

そして、私です

受け取ってもらえなければ困ると思って

こっそり真夜中に、聖なる泉の清浄なお水を

届けたのでした


「その後、しばらくして、ようやく

 都の神官さんたちが大勢、救援に

 来てくださって」


「流石にお偉い神官様たちです

 みるみるうちに、疫病を退散させてくださいました」


神殿の救援も、遅ればせながら

ようやく届いてよかったと思いました


「その神官様方が戻られるときにね」

「もう、こんな辺境の地は懲り懲りだと言って」

「村人たちは、みんな、ついて行ってしまったのです」


そう、でしたか

だから、今、村には人っ子一人見当たらないのですね?


「本当に、みんな、何かに怯えるように」

「取る物もとりあえず、と言った感じでねえ」

「神官様方はお忙しいから、次の街へ急いでいかねば

 ならん、とおっしゃって」

「生きるのに最低限の物以外は

 全て置いて行けと言われたのですよ」


神官は、物をたくさん持つことを

よしとはいたしません

と、私の場合、どの口が言うか、と

言われてしまいますけれども


王都の優秀な神官様方には

聞くところによると

立ち居振る舞いのすべてに、厳しい戒律がある、とか


ならば、なおのこと、清貧の教えを

厳しく守るようにおっしゃったのかもしれません


神官様方について行かれた村の人たちは

贅沢品の類は、一切、持って行くことは

許されなかったそうです


「お二人は?

 みなさんとはご一緒には

 行かれなかったのですか?」


「わたしたちはもう、年寄りだし」

「この土地で骨を埋めたいと」

「ずっと、そう決めていましたからね」


お二人はそう言い合って、視線を交わし合いました


そのお二人の間にある温かさに

なんだか、胸がじんといたしました


なんて、素敵なご夫婦なのでしょう

年を取っても、この世界に二人きりになっても

心を通じ合わせて、ずっと一緒にいられるなんて


ご夫婦は、ノワゼットさんのほうを御覧になって

どこか申し訳なさそうに微笑みました


「ノワゼット、あなたは、一度

 会いに来てくれたっけね?」


「あのときは、追い返すような真似をして

 悪かった

 けれど、村のみんなに見つかったら

 またノワゼットが酷い目に合わされてしまうと

 思ったから」


いいえ、とノワゼットさんはうつむいたまま

おっしゃいました


「あのとき、いただいたクッキーは

 いつもと同じように美味しかったです」


固い声でノワゼットさんはそうおっしゃいました


ああ、そうか、と思いました


お二人に会いに行かれたのは

この時代のノワゼットさんのはずです

ノワゼットさんは、お二人に会いに来て

すぐに追い返されてしまったのでしょう

お二人は、せめてものお気持ちでノワゼットさんに

手土産のクッキーを渡したのでしょう


結果的に、そのクッキーは、エルフの森に疫病を

もたらしてしまいました


それでも、ノワゼットさんにとっては

大切な方々が、自分のことを思って

持たせてくださったものでした


ノワゼットさんには、お二人を責めるお気持ちなど

微塵もないに違いありません


それでも、ノワゼットさんはそのことに

長い間、苦しんでこられたのだと思います


疫病の原因は、自分だった、と


だからこそ、森に戻ってこられたシルワさんに

何よりも先に懺悔なさったのでしょう


そして、シルワさんは、森の泉の番人として

その懺悔を受け容れ、水に流して差し上げたのだと思います


シルワさんは、このことを森の皆さんには

明かすまいと考えられたのかもしれません

この先もずっとこの森で暮らしていく

ノワゼットさんのためには

それが一番よいと思われたのでしょう


だから、あんな奇妙な交換条件を思い付かれて

実行なさったのでしょう


なんだか、シルワさんらしい、と思いました


森に流行した疫病は、もう百年も前に、収束しています

みなさんのお力で、その被害も最小限に抑えられました

そのために百年前のシルワさんだけではなく

現代のノワゼットさんも、それからシルワさんも

持てる限りのお力でご尽力なさいました


その結果、疫病の辛い試練は

見事に乗り越えることができました


シルワさんとネムスさんが、その後

苦難の旅に出ることになったことも

おそらく、もう、シルワさんは

どなたも、責めるおつもりはないでしょう


あの時間は宝物だった、とすら

シルワさんはおっしゃれるように

なっているのですから


だからこそ、もうこれ以上、ノワゼットさんが

苦しまなくてもよいように、選択なさったのだと

思います


「もうひとつ、エルフのみなさんに

 謝らなければならないことがあるのですよ」


ご夫婦は、そうおっしゃると、一度視線を交わし合ってから

心を決めたように続きをおっしゃいました


「エルフのせいで疫病が流行る、という噂を流したのは

 実は、わたしたちなのです」


村長さんたちのその告白には

ノワゼットさんも、思わず言葉を失いました


どうして、そのようなことを、と

尋ねたのは私でした


おじいさんは、少し下をむいて

悲しそうにおっしゃいました


「この村の人たちは、エルフさんたちの

 持ってきてくださる宝物を

 もはや、高値で売れる売り物としか

 見られなくなっておりました」


「いかに、エルフを騙して、高価な宝物を

 手に入れるか

 そんな相談すらするようになっていたのです」


「これ以上、この村の人たちが醜くなる前に」


「エルフさんたちとは縁を切った方がよい、と

 考えたのです」


村長さんたちのその思惑は

不幸なことに、ぴったりと当てはまってしまいました


「まさか、その噂が本当になるとは」

「こんなにタイミングぴったりに、疫病が起こるとは

 思いもしませんでしたけれどね」


そう打ち明けたおふたりは

とても悲しそうに見えました


「もしかして、お二人は

 このままだったら、疫病が流行る、という

 お告げのような夢を、御覧になったのでは

 ありませんか?」


ヒノデさんは、おっしゃっていました

流石に放っておけなかったから

何人かの夢に渡って、警告をしたのだ、と


すると、お二人は、うーん、と首を傾げました


「その夢を見たかどうかは、はっきりとは

 覚えていないのですけれども」


「そもそも、エルフが疫病をもたらすなどということを

 どうしていきなり思い付いたのか

 どう考えても、それが分からなくて」


「村人の言動は苦々しく思っておりましたけれども

 恩あるエルフ族を貶めるようなことをするなんて」


「今から思い出しても、恐ろしいことをしてしまった、と」


おふたりは、深々と頭を下げられました


おそらく、おふたりのそのお考えには

夢のお告げも、関りがあったのだろうと思います


怖い噂が、本当になってしまった


そのことを人々は恐れて

逃げて行ってしまいました


エルフは人間と関わるべきじゃない

結局は、エルフのご老人たちのおっしゃる通りに

なってしまいました


もしかしたら、エルフのご老人たちにも

悲しい思いをした経験があったのかもしれません


けれど、それは、とても、残念なことだと思いました

とても、とても、残念なことだと、思いました










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