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翌朝、アイフィロスさんは、祭壇を修理するための
木材をたくさん持ってきてくださいました
木材は奇妙な荷車にびっしり積み込んでありました
荷車には、車を挽く動物はいませんでしたが
魔法の動力で自分で動くのです
「こいつは、井戸には入らないから
自分で日の出村に行くようにしてある」
アイフィロスさんがそう言うと、荷車は
えっちらおっちらと森を出発していきました
「じゃ、オレは、これで
あとは、よろしく
またなんか、必要な物があったら、言ってくれ」
アイフィロスさんはそれだけ言い残すと
さっさと木のお家に帰ってしまいました
あとのみなさんは、泉の精霊に日の出村の井戸まで
送ってもらうために、そこに勢ぞろいしていました
シルワさん
お師匠様
フィオーリさん
ミールムさん
ネムスさん
ノワゼットさん
そして、私、の総勢、七人です
シルワさんが泉にむかって呪文を唱えると
泉から現れた精霊は、にっこりして私たちを
見回しました
「おはようございます、みなさん
それでは、お約束通り、水脈の果ての井戸まで
お送りして差し上げましょう」
泉の精霊はそう言って両手を差し伸べました
すると、泉が、きらきらと不思議な光を
放ち始めました
「おひとりずつ、順番に、ごゆっくりと」
泉の精霊に促されて、私たちは、順番に
光る泉へと飛び込みました
最後に私が飛び込もうとしたとき
精霊は、あ、と言って呼び止めました
「困ったときには、水鏡をお使いなさい
きっと、お役に立つと思います」
「はい、ご忠告、有難うございます
いってまいります」
私はお礼を言って、泉へと飛び込みました
そうして気がつくと、日の出村の井戸の傍に立っていました
濡れたからだを、魔法の風が乾かしていきます
目をあげると、すぐ先に行ったノワゼットさんと
ネムスさんのお二人の姿が見えました
お二人はきょろきょろと辺りを見回しておられました
「よかったですねえ、無事に日の出村に着いて」
私がそう声をおかけすると、しっ、とノワゼットさんに
制されました
今回は、泥水をかけてこられそうな村人は
いらっしゃらない…みたい、ですけれども?
あ、れ?
確かに、村の人は誰もおられませんでしたが
ノワゼットさんとネムスさんの前に
泉に入られたはずの方々もおられませんでした
まさか、…また、ですか?
そろそろ慣れてまいりましたから
もう驚いたりはいたしません
落ち着いて、まずは、周囲を観察します
ここは日の出村の井戸
それは間違いなさそうです
井戸の屋根、は、まだ穴は開いていません
村の様子も、荒れ果てた廃墟、な感じはありませんでした
けれど、人の気配はありません
村はしーんとしておりました
ノワゼットさんは、はっ、と何かに気づいた声を上げると
一目散に駆けて行きます
慌てて、ネムスさんと私も追いかけました
ノワゼットさんがむかったのは、村長さんのお家でした
玄関先に辿り着いたノワゼットさんは、中にむかって
大きな声で呼びかけました
二度…三度…
答えはない、と思ったとき
は~い、というのんびりした声が
聞こえてきました
ノワゼットさんは、よろよろとその場に
座り込んでしまいました
慌てて、ネムスさんがそのからだを支えます
ノワゼットさんは、ぽろぽろと涙を零していました
「おやまあ、ノワゼット?
それから、マリエも
今日はまた、新しいお友だちも
連れてきてくれたんだね?」
奥からゆっくりと姿を現したおじいさんは
にこにことそうおっしゃいました
その後ろからは、おばあさんも顔を出しました
「よく来たねえ、ノワゼット
お茶とお菓子がありますよ?」
あまりにも長閑ないつも通りのお二人のご様子に
何故だか、私も、ぽろぽろと涙が溢れ出していました
お二人に招き入れられたお家は
前に来たときと同じように
明るくて、清潔で、居心地のいいところでした
お二人は、私たちに椅子をすすめると
仲良くいそいそとキッチンへ行ってしまいました
ノワゼットさんは、大急ぎでそれを追いかけていきます
ネムスさんと私も、それについていきました
広々としたキッチンは、きちんと片付いていて
あちこちに、花や果物の籠が置いてありました
天井からはハーブやドライフラワーが
たくさんぶら下がっています
竈では、しゅんしゅんと薬缶が音を立てて沸いていました
ノワゼットさんは、手慣れた様子で、ポットとカップを
戸棚から取り出していきます
おじいさんは、お茶の葉をポットに入れて、沸いたお湯を
注ぎました
おばあさんは、オーブンから、焼きたてのケーキを
取り出しているところでした
おじいさんも、おばあさんも、ノワゼットさんに
にこやかに話しかけています
ノワゼットさんも、普段の不愛想はどこに置いてきたのか
と思うくらいにこやかに、お二人に答えていました
「あ、じゃ、僕、これ、持って行くよ」
ネムスさんは、人数分のカップとお皿を並べた大きなお盆を
器用に両手に一つずつ持って、運んで行きました
おやおや、お客さんに、すいませんねえ、と
おばあさんがおっしゃいます
「あの、私も、なにか、運ぶものはありませんか?」
私も何かお役に立ちたくて、そう尋ねると
おばあさんが、焼きたてのケーキをお皿に
うつしながら、おっしゃいました
「ああ、じゃあ、このケーキを…」
そう言いかけたおばあさんの前に
大急ぎで割り込んだノワゼットさんは
早口言葉みたいにおっしゃいました
「マリエは、そこの缶!
それ、クッキーが入ってるから
缶なら、落とし…いや!
落としたら、クッキーが割れてしまうから
気を付けて、落とさないように、運んで」
「はい
承知しました」
言われた通り、缶を運ぼうと手に取った途端
つるっ、と滑って、缶は床へと…
激突はいたしませんでした
「ふぅ
セーフ」
床に落ちる寸前の缶を
にこにこと受け取ってくださったのは
ネムスさんでした
あの大きなお盆をもう運んでしまって
戻ってこられたみたいでした
「聖女様、手を、こう、して?」
ネムスさんに言われた通りに両手を差し出すと
ネムスさんは、そこにしっかりと缶をのせてくださいました
「うん
もう大丈夫
気を付けて、運んでね?」
にこっとしてそうおっしゃるネムスさんに
はい、と頷きました
今度こそ落とさないように、慎重に
普段の五倍くらいの慎重さで、缶を運びました
すると、なんとか、今度は落とさずに
運びきることができました
ふぅ
何事も、やり遂げられると、とても嬉しいものですね
ただ、あまりにゆっくり運んだせいか
その間に、お茶の用意は、みなさんの手で
もうほとんど済んでしまっていました
ほかほかと湯気の上るカップには
香りのいいお茶がたっぷり注がれています
おばあさんは、贅沢に切り分けたケーキを
どーんと、お皿にのせてくださいました
ナッツとドライフルーツのたっぷり入った
とても素敵なケーキです
お花の絵のついた大きなお皿には
ノワゼットさんが、私の運んだ缶から
クッキーを取り出して、綺麗に並べました
ジャムやナッツののった、色とりどりのクッキーは
どれも美味しそうで、どれをいただくか迷ってしまいます
ここにフィオーリさんがいらしたら
とても喜ばれただろうな、とちょっと思いました
ホビットさんはお茶会が大好きですから
もしも、お師匠様がいらしたら
きっと、このケーキの作り方を
お尋ねになることでしょう
ミールムさんは、もしかして、また迷子になった私を
心配していらっしゃるのでしょうか
シルワさんは…
そんなことを考えていたら、おばあさんに、マリエ、と
優しく、名前を呼ばれました
すみません
せっかく用意してくださったお茶が
冷めてしまうところでした
今はいない方のことを考えるよりも
お茶を、楽しみましょう
そうして、素敵な素敵なお茶会は始まりました




