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アイフィロスさんにお会いしたら
日の出村の井戸について
いろいろとお聞きしようと思っていました
「日の出村の井戸は、アイフィロスさんのご両親が
お作りになったものですよね?」
村長さんから伺ったお話しを、私は
アイフィロスさんに伝えました
「ああ、そうだよ
エルフの森に憧れて行き倒れてた子どもを助けた、って
オレは聞いてたけどね
その子どもは井戸を祭って、大切にしていたから
水脈を伝わって、森の加護も届いていたって」
村長さんはエルフの森に憧れて旅をしていたんだと
おっしゃっていました
それは、そんなに若い時だったのかと思いました
もっとも、エルフ族と人間とでは、時間の流れ方が
全然違いますから、それも仕方ありません
お会いした村長さんは、それはそれは立派なお年寄り
でしたけれど、少年からお年寄りになる間に
あの村も人が増え、発展したのでしょう
アイフィロスさんは、続けて話してくださいました
「やがて、その村が大きくなって
あっちこっちから人が集まってきて
畑やら牧場なんかもできてきてさ
そのころに、ちょうど、エルフの間に
例の病の流行があったんだ
ネムスはまだ幼かったから
森には狩人がいなくて
薬が作れなくて困っていた
そのときに、家畜の肉を分けてもらって
助けてもらったんだ
そのあたりから、あの村との間に
交易みたいなものが、始まったんだよ」
そのお話しも村長さんからも伺っておりました
「森からは、ちょっとした魔法のかかった道具とか
持って行ったそうだ
そしたら、やたらと喜ばれて
いや、こっちこそ、命、救われてるんだから
本当はもっと、家宝級の物とか
持って行きたかったらしいんだけどさ
人間に、エルフの道具を渡すべきじゃない、って
ご大老の歴々がうるさいもんだから
けど、これに限っては、年寄りの言うことも
当たってたんだ」
アイフィロスさんは、ちょっとため息を吐かれました
「最初は、村人たち自身が、自分たちで道具を
使ってたらしいんだけどね
そのうちに、他所へ持って行って高値で売ることを
思い付いてしまって
そしたら、その富に有象無象がうようよと…
それで、結局は、自滅した
うちの親も、あの村のことは
ずいぶん、後悔してた」
「それで、呪われた村だ、と?」
「呪い、に近いよね
あの村に起きたことはさ
けど、じゃあ、呪ったのは、エルフか?
そんなつもりはなくても、エルフは
あの村を呪ってしまったのかもしれない」
アイフィロスさんは悲しそうにため息を吐きました
「所詮、種族が違えば、相いれることなんて無理なんだ
エルフは人間と慣れ合うもんじゃない、って
うちの親もつくづく思ったって言ってた
まあ、そんなこと言いながらも、まだ
商人なんてものを今も続けてるんだけどさ」
「アイフィロスのご両親は、人がとてもお好きなのですよ
種族に関係なく、ね」
シルワさんは、慰めるようにおっしゃいました
アイフィロスさんは、ふん、と鼻を鳴らしました
「まあ、それで、オレは、親を反面教師にして
家から出ない、ってわけ」
「それは、単にアイフィロスが出不精ってだけで
ご両親のことは、単なる言い訳に過ぎない、って
気もするけど」
ノワゼットさんは、つけつけとおっしゃいました
「けど、その井戸に、精霊がいた?
そんな話しは聞いたこと、なかったなあ」
アイフィロスさんはちょっと首を傾げました
「村長さんは、大切にお祭りなさってましたから
信仰心のあるところには、精霊が呼び寄せられる
ことも多くあると言いますよ」
シルワさんはちらりと泉の精霊のほうを御覧になりました
「大切に祭られた精霊は、その地にまた
祝福をもたらしてくださるものです」
「けど、ないがしろにされたときには
反対に、害をもたらすこともある、と
聞きましたが」
ノワゼットさんはシルワさんに尋ねるように
御覧になりました
「ええ、残念ながら、そういうこともあるそうですね…」
シルワさんも神妙な顔で頷きました
「あの疫病はヒノデさんのせいじゃありません
ヒノデさんは、疫病を鎮める方法も教えてくれたし
それに、ネムスさんのことも、助けてくれたんです」
なんだか、ヒノデさんのことが悪く言われているような
気がして、思わずそう言ってしまいました
「もちろんです
ヒノデさんは、わたしたちの恩人ですとも」
シルワさんは慌てて言ってくださいます
「ただ、もしその精霊にもう少し力があったら
そもそも、疫病の虫が、井戸の中で殖えることも
なかったかもしれない」
ノワゼットさんはどこか悔しそうでした
「信仰心はまた、精霊の糧になると言います
その糧を長く与えられずにいれば
精霊が力を失くしていても、仕方ありません」
シルワさんも残念そうにおっしゃいました
「一度、浄化はしたものの
結局、あの井戸は枯れてしまいました
それは、あの井戸の精霊が失われたことも
関係しているのかもしれません」
ヒノデさんは、最後の力を使って
私たちに浄化の方法を伝え
ネムスさんを救ってくださったのだと思いました
「…もう、遅いかもしれませんが…」
私は、あの井戸にあった祭壇を思い出していました
「日の出村の井戸の精霊様を
もう一度、きちんとお祭りしようと
思うのです」
「それは、よいことですね」
シルワさんはすぐに賛成してくださいました
「わたしも、その精霊様には、感謝の思いをお伝えしたい
と思っておりました」
「それじゃ、オレ、物置をひっくり返して
お供えによさそうなものを、見繕っておくよ」
アイフィロスさんはそう言ってくださいました
「わたしも
畑のものを持って行くとしよう」
ノワゼットさんも言ってくださいます
「なんやなんや、もしかして、あの祭壇を
きれいにしよ、言うんか?」
ひょっこりお話しに割り込んだのはお師匠様でした
「そういうことなら、わたしに任しときぃ」
「おいらも、お手伝いしますよ」
フィオーリさんも、にこにことおっしゃいました
「ヒノデさんとは、毎晩、一緒に水運んだ仲っすからね」
「どうでもええけど、あんた、どこへ行っても
新しい友だち、作ってくるな?」
お師匠様は、呆れたような、感心したような目を
フィオーリさんにむけていました
「僕は勘弁
力仕事は君たちに任せた」
ミールムさんはいつも通りな感じです
「なになに?
力仕事なら、お任せだよ?」
ミールムさんの上からにょきっと現れたのは
ネムスさんでした
「僕が兄様より役に立てるとしたら
狩りと力仕事だけだからね」
「シルワさんには、祭祀?ちゅうの?
やってもらわなあかんし
修理とか、そっちは、わたしらにお任せや」
「もちろん、力仕事なら、私も!」
勢い込んで名乗りを上げようとしたら
周りから一斉に、いやいやいや、と手を
振られました
「あんた、聖女様やんか
聖女様、いうたら、祭祀担当やろ」
「いやいや~
聖女様は、今回は、シルワさんの助手を
やっていただくということで」
「マリエが手伝ったら、無事なところまで
作り直す羽目になるだろ
いいから、大人しくしてろ」
そうはっきり言われてしまっては、仕方ありません
「明日は、その井戸に送って差し上げましょう」
泉の精霊がおっしゃいました
「井戸は枯れてしまったようですが
かつて水脈のあったところであれば
おそらく、送れるはず…です」
あれ?
今、ちょっと、語尾のところに、間、がありました?
ともあれ、明日の計画は、そういうことになりました




