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お師匠様は包丁を構えて、こちらを御覧になりました


「ほな、いくで?

 嬢ちゃん、覚悟はええか?」


「はい!よろしくお願いします!」


私は、目を見開いて、衝撃に備えます


だだだだだっ!


素晴らしい速さで、お師匠様のみじん切りが始まりました

うくくくく、久しぶりの衝撃に、滂沱の涙が流れます


頬から零れ落ちた涙は、ころころと、透明な玉になって

床に転がりました


あの後、みなさんシルワさんのお家に集まって

お夕飯ということになりました

今はその支度中なのです


久しぶりに、お師匠様の、玉ねぎのみじん切りが

あるということで、この際ですから、涙の玉を

集めておこうということになったのでした


「…なんや、自動で、玉になってくれるようになったんか

 便利になったなあ」


お師匠様は床に転がった玉を見ておっしゃいました


「そうなのです

 これなら、保存も効きますし

 乾いてなくなる心配もありません」


私は少々得意になって答えてしまいました


横にいたシルワさんも、目を丸くしていらっしゃいます


「これはこれは

 確かに、助かりますね…」


シルワさんは床にしゃがみこむと

ひとつ残らず涙の玉を、丁寧に拾い集めました


「大切なお薬、弟と二人、大事に使わせていただきます」


小瓶に入れた玉を、押し頂くように差し上げてみせました


「いや~、でも、聖女様がいつも一緒にいてくれるなら

 オークになる心配もなくて、助かるねえ」


ネムスさんは足元に転がってきた玉を一つ拾って

ぱくり、と食べてしまいました


すると、シルワさんは、ちょっと怖い顔をして

ネムスさんに、めっ、と叱りました


「このお薬には、一粒一粒に

 聖女様のお命が溶けているのですよ

 ゆめゆめ無駄遣いなどしてはなりません」


「ちょっと思ったんだけどさあ

 今の玉の状態ならともかく

 前は、普通に、涙、流してたじゃない?

 だとすると、薬にもならずに流れ落ちた分の

 中に入ってた寿命って、どうなったんだ?」


「もしかして、聖女様、泣けば泣くほど

 命、削ってた、とかじゃないっすよね?」


ミールムさんの指摘に、フィオーリさんは

不安そうにおっしゃいました


「涙に含まれた寿命のお話しですか?

 それならば、どこかで消費、されなければ

 乾燥し、循環して、本人のところに

 戻りますよ」


それに答えてくださったのは泉の精霊でした

みなさん、精霊のお言葉に、ふ~ん、と

同時に頷きました


シルワさんは、消費、と小さく繰り返してから

はっとしたお顔をなさいました


「ということは!

 こんな玉にしてしまっては

 聖女様のお命は、削られる一方、とうことですか?」


シルワさんは小瓶に集めた玉を見つめて

絶望的なため息を漏らしました


そのまま、よろよろと、座り込んでしまいます


「やはり、このような罪深い所業、なすべきでは…」


「いいえ!」


私は急いでシルワさんの前にしゃがむと

その手を取りました


「そのようなこと、おっしゃらないでください

 涙に含まれる命など、本当に僅かなものです

 そんなことよりも、私は、シルワさんとネムスさんが

 こうして一緒にいてくださる方が、ずっとずっと

 大切です」


私の手を握り返したシルワさんは

うりゅ、と涙ぐみました


「まあ、一粒で、瞬き一回分の時間、だっけ?

 そのくらいなら、そんなに気にしなくても

 いいんじゃないの?」


慰めるようにおっしゃったミールムさんを

シルワさんは、珍しく、きっ、と睨みました


「いいえ!

 わたしたちのようにほぼ無限の寿命を持つ種族なら

 ともかく、聖女様は、とてもとても寿命の短い一族

 なのですよ」


「まあ、そればっかりは、どないしようもないねえ」


お師匠様はちょっとため息を吐いておっしゃいました


「いいえ

 どないしようもない、で済ませてよいことでは

 ありません」


シルワさんは、きっぱりおっしゃると

すっと立ち上がりました


「わたしたち、兄弟二人して、聖女様のお命をいただいて

 生き長らえている

 こんな事態は、早々に終わらせなければなりません」


「…それって?」


「病を癒す方法を、見つけるのです」


「あの、オーク化する病、っちゅうやつか」


お師匠様はため息を吐かれました


「けど、あっちこっち、いろいろ調べて回ったけど

 これ、っちゅう決め手はまだ見つからんのやねえ」


「まだ、見つかっていない、だけです

 いずれ、必ず、見つかる、いえ、見つけてみせます」


シルワさんは決意を表すようにひとつ頷いてみせました

それから、ネムスさんの方を見て、念を押すように

尋ねました


「いいですね?ネムス」


ネムスさんは、いきなりでびっくりしたのか

はい、と、ほい、の間くらいでお返事をなさいました

それから、ちょっと、にこっとして、付け加えました


「なんだか、兄様、昔よりちょっと、元気になったね」


シルワさんは、鼻息をひとつ、ふん、と鳴らしました


「昔のわたしが、辛気臭すぎただけです

 本当に、昔のわたしときたら、後ろ向きで

 何かあれば、べそべそ泣くだけの

 情けないエルフでしたけれども

 聖女様にお会いして、このままではいけないと

 生まれ変わることを決意したのです」


胸元に拳を握り、やや斜め上を見上げるシルワさんに

みなさん、ほ~う、と歓声を上げて拍手を送ります

ネムスさんも、一緒に拍手をしていらっしゃいました


拍手が一段落した絶妙なタイミングで、お師匠様は

おっしゃいました


「んで、やね、具体的に、やけど

 次、どうしようかね?」


「あの、それなのですけれど」


僭越ながら、私は、手を上げさせていただきました


「もしかしたら、オーク化の病には直接

 関わりはないかもしれないのですけれど

 一度、日の出村に行ってみたいのです」


は?、と、へえ、と、ふ~ん、とが、同時に聞こえました


「まあ、他にあてもないし…

 嬢ちゃんが、行きたい、言うんやったら

 わたしに異存はないけど」


お師匠様はすぐに同意してくださいます


「僕はもう、あそこに行くのはごめんだね」


けれど、ミールムさんは、ぷい、と

そっぽをむいてしまわれました


「ミールムさん、嬢ちゃんを見失のうて

 えらい、取り乱してはったからなあ」


お師匠様は気の毒そうに付け加えました


「取り乱し、って…

 だいたい、あそこって、なんか、不吉な感じ

 するんだよ」


「わたしは、行けるものなら、もう一度

 行ってみたい」


そうおっしゃったのは、ノワゼットさんでした


「僕も!

 聖女様との初めての旅が、日の出村だなんて

 ちょっと近過ぎるって気もするけど

 うん、でも、外歩くのも久しぶりだし

 ちょうどいいかな?」


「遊びに行くのではありませんよ?ネムス?」


にこにこと楽しそうなネムスさんは

シルワさんから軽くたしなめられてしまいました


「わがままを申しましてすみません

 でも、もしできることなら

 もう一度、ヒノデさんにも

 お会いしたいのです」


「ヒノデ、って、あの、精霊だよね

 僕の命を助けてくれた!」


ネムスさんは勢いよく私の両肩を掴もうとしました


けれど、その右手はお師匠様に、左手はミールムさんに

見事に捕まっていらっしゃいました


「まったく、油断も隙もない」


ミールムさんにじろっと睨まれて、ネムスさんは

あはは、と乾いた笑いを漏らしました


「しょうがないな

 こんな危ないやつ、マリエの傍に野放しに

 しておけないから

 ついて行ってあげるよ」


ミールムさんはため息と一緒におっしゃいました


「んじゃ、明日の朝から、みなさんで行くと

 しましょうか」


フィオーリさんがにこにこと纏めてくださいました




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