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はっと気づくと、泉のすぐ近くにいました
隣にはシルワさんもいて、辺りをきょろきょろと
見回していました
おぉーい、と呼ぶ声がして、見ると
少し離れたところから、フィオーリさんが
こちらへ走ってくるところでした
けれど、ネムスさんの姿は、どこにもありません
あんなに楽しそうにきらきらの中で笑っていたのに
どっちをむいても、あの笑顔は見当たりませんでした
それで、気づきました
私たちは、また、時間を超えてしまったに違いありません
あのきらきらも、いつの間にか
見えなくなっていました
隣のシルワさんを見上げると
シルワさんは、何も言わなくても分かったように
ひとつ頷いてくれました
こちらへ辿り着いたフィオーリさんは
しばらくぜいぜいと膝に手をついて息を整えてから
おっしゃいました
「おいらたち、戻ってきたんでしょうか?」
「…どうやら、そのようです」
シルワさんは頷きました
おぉーい、という声がもう一度聞こえて
そちらに目をむけると、駆けてくるノワゼットさんが
見えました
「森を移動している最中に
浄化の光が降ってきたかと思ったら
気が付いたら、ここにいた」
こっちへ来たノワゼットさんは、そんなふうに
話してくださいました
どうやら、私たちは全員、一緒に
戻ってきたようでした
そこへ、三たび、おぉーい、という声がしました
手を振りながらこちらへやってこようとしているのは
ミールムさんとお師匠様のお二人でした
「いったい、どこ行ってたの!マリエ!」
ものすごいスピードでここまで飛んできた
ミールムさんは、いきなり雷を落としました
「もう、ずっと、心配してたんだよ!」
「日の出村ではぐれてから、ですよね?
あれからどのくらい経っているのですか?」
「は?何、言ってるの?
もう、三日も経ってるだろ
その間、いったい、どこにいたの?」
「なぁんだ、たったの三日だったのですね
よかった」
「なぁにが、よかった、だ!
どれだけ心配したと思ってるの?」
うっかりそんなことを言ってしまったものですから
さらに特大の雷を落とされてしまいました
「まあ、この僕の実体が消滅してないってことは
君は無事だってことだけは、分かってたけど
物理的にそう離れられないはずなのに
探しても探しても、見つからないし
どこかにわざと隠れてるの?とか
まさか、たちの悪い悪ふざけなんか
君はするはずないし
だったらこれは、精霊界か?
また厄介な精霊に捕まったのかも?
なら、またアイフィロスに
あのアニマの木を復活させてもらうしかないか?
けど、あの野郎のことだから
またあの木を伐ってしまうかもしれないし
そうしたら、戻ってくるのにまた一苦労だし
その間に、君と行違ったら困るし
なんかもう、考えているうちに
わけ分かんなくなってきて…
って、あれ?
フィオーリ?
シルワ?ノワゼット?」
ミールムさんは私を叱りながらも、周りにいた方々に
気づきました
そのあたりで、ようやくお師匠様も追いついてきました
「嬢ちゃん、あんた、いったい、何があったんや?
古井戸に落ちたかと思うたら、そのままおらんように
なってもうて
さんざん、あの村探したけど、見つからんし
って、なんや、他の人らもおるやんか?」
「は~い、お久しぶり、っす」
「ご心配をおかけして、申し訳ありません」
「べつに、心配してほしいなんて、頼んでないけど」
目を丸くするお二人に、戻ってこられた方々は
みなさん、口々に、おっしゃいました
私はみなさんがおっしゃるのを待ってから
お師匠様とミールムさんに丁寧に頭を下げました
「…ご心配をおかけして申し訳ありません
私たち、百年前に行っていたのです」
「ひゃくねんまえ???」
ミールムさんとお師匠様は同時に叫びました
「ええ、こちらを出発したのは
皆さん、ばらばらだったようですが
あちらで、偶然、行き会いまして…」
シルワさんがにこにこと説明を付け足してくださいました
「なんでまた、そんなところへ?」
「時間を超えるなんて、不可能だろ?」
ミールムさんとお師匠様は
お二人同時におっしゃったので
ちょっと、よく聞き取れませんでした
すると、代わりにシルワさんが
答えてくださいました
「どうしてこんなことになったのかは
大精霊様の思し召し、としか
言いようがないのですけれども
そもそも、時間を超えること自体
大精霊様のお力でもない限り
あり得ないことですから
やっぱり、これをなさったのは
大精霊様なのだと思われます」
「は?
なんだって、いきなりそんなことを?
迷惑なやつだな、大精霊」
ミールムさんは、こともあろうに大精霊様を捕まえて
そんなとんでもないことをおっしゃいます
私はびっくりして、厄除けのお呪いを唱えながら
ミールムさんを少したしなめました
「まあ、まあ、なんということをおっしゃるのでしょう
どうか、お許しください大精霊様
大精霊様は、この世界のどこかにいて
いつも、私たちを見守ってくださっているのです
そのような発言をお耳に入れては
悲しみのあまり、お倒れになるかもしれません」
「この程度のことで倒れるくらいなら
いっそ、寝かしときゃいいんだよ
そんな迷惑なやつ!」
「ちょ、ちょ、ちょ、いけません
ミールムさん!」
私は慌ててミールムさんがこれ以上おっしゃらないように
そのお口を手でふさぎました
けれど、少々、力が入り過ぎてしまったようで
ミールムさんは目を白黒なさいました
「けど、グランさんとミールムさんは
日の出村で聖女様を探してたんっすよね?
それが、なんで、今、ここに?」
ミールムさんが静かになった隙に
フィオーリさんはお尋ねになりました
「それなんや!」
お師匠様は目をむいて話し始めました
「わたしら、アイフィロスさんに
呼び戻されたんや
日の出村で、嬢ちゃん探しとったんやけど
すぐに戻れ、って、妙な虫が飛んできて…」
「アイフィロスが?
いったい、なんと?」
今度はシルワさんが尋ねました
お師匠様は、唾をごくりと呑んでから答えました
「それが、やな
あんたの弟さんの棺が、突然、消えてしもうた、て
そんでもって、弟さんが、目、覚ました、て
えらいこっちゃ、やで!」
まあ、とシルワさんはちょっと目を丸くしてから
そうですか、と微笑んで頷きました
シルワさんがあまり驚かなかったのに
お師匠様は、少し拍子抜けしてから
余計に心配になったみたいでした
「…って、ええんか?
そんな落ち着いてる場合か?」
「…ええ
まあ、そこまで慌てなくても、大丈夫でしょう
それでは、精霊様にご挨拶をしてから
ネムスのところへ行くとしましょうか」
シルワさんは泉にむかうと、小さく呪文を唱えました
すると、泉のなかから、精霊が姿を表しました
「おかえりなさい、マリエ、シルワ
それから、みなさん方も
長い旅でしたね」
この泉の精霊は、私のこともちゃんと知っていました
「ただいまです、精霊様」
なんだか嬉しくなって、ご挨拶をしてしまいました
「そんな悠長な挨拶、してる場合か?」
お師匠様はまだ心配そうにしていらっしゃいました
「それでは、早速、アイフィロスのところへ
まいりましょうか」
シルワさんは、にっこりしておっしゃいました




