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ふわり
温かな光が灯ったとき、夢を見ているのかと思いました
それくらいその光は、幻想的で、温かく、優しい光でした
光の中心にシルワさんのお姿が見えました
それは、大精霊様がご降臨なさったのかと思うくらい
神々しいお姿でした
「…遅くなり、申し訳ありません、聖女様」
シルワさんはそうおっしゃると
ネムスさんの傍らに膝をつきました
「ネムス?
ネムス
もう、大丈夫ですよ」
「…兄、様?」
うっすらと目を開けたネムスさんは
シルワさんの姿を見て、少し不思議そうにしました
そのネムスさんに、シルワさんは、優しく優しく
微笑みました
「熱を取ってあげましょう
そうしたら、少しゆっくりお眠りなさい」
「…はい、兄様…」
素直に目を閉じたネムスさんの額の上で
シルワさんは軽く手のひらを振りました
すると、苦し気にひそめられていたネムスさんの眉が
すっと解けて、あとは、すぅすぅ、と心地よい寝息を
立てて、眠ってしまいました
お薬を作るために、ずっと寝不足だったのです
今は、少しゆっくり眠らせて差し上げようと思いました
シルワさんは眠ったネムスさんの髪に
手を伸ばして、優しく、撫でました
それは、まさしく弟を可愛がる優しいお兄様そのものでした
さっきの光は見間違いではなく、本当に
シルワさんは、全身が淡く光っていました
それは、薄暗い小屋のなかを、淡く照らしていました
「聖女様、弟の世話をしてくださり
有難うございます」
ネムスさんが眠りに落ちると、シルワさんは
こちらを振り向いておっしゃいました
「しかし、驚きました
まさか、ネムスは、わたしよりずっと前に
聖女様に出会っていたなんて」
う、ん?
あ、そうか
そういうことになるのですね?
私はその事実に今頃気付きました
シルワさんは、かすかに微笑みを浮かべて
こちらを御覧になりました
「この後、弟とふたりで旅を始めたとき
弟は、旅をするなら、聖女様を探したい、と
言ったのです
わたしとしては、もう、どこにでもいいから
とにかく逃げよう、ということだけで
いっぱいいっぱいでしたから
嫌も応もなく、弟の提案に従いました
けれど、そうか
あのとき、ネムスは、あなたを探そうとしていた
のですね?」
なんとまあ、そんなことがあったのですか
そこへ、かたんと戸の開く音がして
両腕に果物や木の実をいっぱい抱えた
フィオーリさんが、入ってこられました
「え?あれ?
シルワさん?」
フィオーリさんもシルワさんの姿を見つけると
嬉しそうになさいました
「潔斎は?
もう終わったんっすか?」
それに、シルワさんは、僅かに肩を竦めてみせました
「いいえ
実はまだ、もう少し、残っているのです」
すると、フィオーリさんは、両手の荷物をバタバタと
取り落として、急いで両手で自分の口を塞ぎました
「っし、しまったぁ
おいら、シルワさんに、話しかけちまった!」
その様子を見たシルワさんは、ふふ、と小さく笑いました
「大丈夫ですよ
今ここにいるこれは、わたしの精神体
本体は、ちゃあんと、滝に打たれていますから」
フィオーリさんは目をむきました
「った、滝に打たれながら、中身だけ
ここに戻ってきた、ってことっすか?
って、いや、それ、もしかして、滝に打たれてる方は
気、失ってるんじゃないっすか?」
やばいやばいやばい、危ないっすよ、それ、と
フィオーリさんはうろうろなさいました
「お、溺れたら、大変っす
すぐに、助けに行かないと
って、滝の場所は、おいらも知らないし…」
「ふふ、大丈夫ですよ」
シルワさんは、おろおろするフィオーリさんに
にっこりと微笑みかけました
「久しぶりではありましたけれど
潔斎は子どもの頃から、何度もしていますから
危ないことなどありません」
「そーゆー、油断、が、一番、いけないんっすよ?」
フィオーリさんは子どもを諭すように
区切っておっしゃいました
すると、シルワさんは、笑顔を引っ込めて
すみません、と神妙な顔になって、頭を下げました
「けれど、聖女様の、あんな悲痛な願いを
聞いてしまっては、駆け付けない方が難しい
というものです」
「…悲痛な、願い?」
「ネムスを助けてほしい、と」
もしかして、あの、さっき心のなかで繰り返していた
あれ、でしょうか?
それを聞いたから、駆け付けてくださったのでしょうか
「聖女様にとっては、まったくの他人でしかない弟のために
聖女様は、心の底から、願ってくださいました
あの声を聞いて知らん顔のできる人は
この世界には存在しないと思います」
とはいえ、とシルワさんは、フィオーリさんに
もう一度、頭を下げてみせました
「わたしのことを、心配してくださって、有難う
そんな仲間の温かい心があればこそ
この脆弱なわたしにも、何か、お役に立てる
こともあろうか、というものです」
「ぃゃ、まあ、そんな、御大層なことは
してません、けどね?」
フィオーリさんはまんざらでもないご様子で
そうお答えになりました
「潔斎の終わりも、もうすぐです
泉の浄化が叶えば、きっと、この苦しみも
森から去って行くでしょう」
シルワさんは予言をするようにおっしゃいました
けれども
疫病が森から去ったら
森のみなさんの治療にあたっていたこの時代のシルワさんは
お家に帰ってきます
そして、そこで、オークになりかけている
ネムスさんを、見つけてしまうのです
ネムスさんが罪を犯したから、オークになったのだ
そう思ったシルワさんは、ネムスさんを連れて
逃亡の旅に出ます
長い長い、苦難の旅に
同族に見つかれば、ネムスさんはただちに光に
晒されてしまう
それに、いつネムスさんは、オークになってしまうかも
分からない
その恐怖をずっと抱えて
聖女様、というシルワさんの穏やかな声に
はっと我に返りました
シルワさんは、こちらを見て、微笑んでいらっしゃいました
「聖女様、あなたは、わたしだけでなく
ネムスのことも、守ってくださっていたのですね」
「…私、何もしておりません…」
何も、できておりません
けれど、シルワさんは、いいえ、と、優しく
でも、きっぱりと、首を振りました
「聖女様とのこの出会いがあったからこそ
ネムスも生き抜く力を得たのです
あの旅は、確かに苦難の旅でしたけれど
わたしたち兄弟にとっては、それは
ふたりの時間や絆のようなものを
取り戻す大切な機会でもありました
それをわたしたちに下さったのは
他ならない聖女様です」
う
そんなになんでも褒めてお礼を言ってくださる
シルワさんは、とてもお優しい方です
「わたしは、ネムスと旅をできてよかった、と
思っていました
とても大切な、かけがえのない、宝物のような
時間でした」
いつか、ネムスさんとシルワさんの間の
誤解のようなものが解けて
仲直りできたらいいのに、と
思っていました
だって、シルワさんもネムスさんも
どちらも、本当に、とても、いい方なのですから
「有難うございます
聖女様」
シルワさんは優雅にお辞儀をすると
そのまま、ゆっくりと姿が薄れていきました




