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数段上がると、木の上に辿り着きました
樹冠が広く拡がって、ちょっとした広場くらいあります
枝と枝の間に板が渡してあるので、落ちる心配もありません
頭の上には、さらに高く続く枝
それがいい具合に屋根になっています
それにしても、大きな大きな木です
私たちの上ってきたのはちょうど広場の中央辺り
そこから十歩ほど行ったところに、小さな小屋がありました
「えらい目におうたなあ…」
お師匠様たちも、ぞろぞろと上ってこられました
それに、シルワさんはいちいち謝っておられました
「エルフさんの悪戯好きにも困ったもんやね?」
「道に迷わせるのは、まあ、習性と申しましょうか…
しかし、エルフの沽券にかけて申しますと
ここまでやるのは、こやつだけです」
「なんだ、自分だって、喜んでたくせに
ちょうどいい口実になった、だろ?」
いったいどこからやってきたのか
ぐふぐふ、という奇妙な笑い声がして
もさもさした毛玉の塊が現れました
毛玉には小枝や葉っぱもたくさん絡まっています
シルワさんは、ぐっと押し黙ってからけほけほとむせました
そのシルワさんのところへ毛玉は近づいていきました
「よう、久しぶりだな、きょうだい!」
「わたしのきょうだいは、ネムスだけですが」
シルワさんが生真面目に返します
どうやらこの方がシルワさんのお友だちのようです
それに、毛玉、改めお友だちは驚いたようにのけ反りました
「なんてこと言うんだ
昔は、寝ても覚めても、風呂に入るのも
ずっとずっと一緒だったじゃないか」
「妙な言い方はよしてください
それは放っておくとあなたが入浴しないからでしょう?
何も言わなければ、何日も入らないまま知らん顔して
いつか病気になっても知りませんよ?」
って、今は入ってるんでしょうね?
そう付け足すと
シルワさんはくんくんと空気の匂いを嗅ぎました
それから、ちょっと顔をしかめました
「なになに、ほんのひと月くらいさ」
お友だちは悪びれずにおっしゃいます
シルワさんはさっきよりもっと思い切り顔をしかめました
「背中、洗ってあげますから
後で、沐浴場へ行きますよ?」
「は~い、お兄様」
お返事だけはいいお友だちにシルワさんは嫌な顔をします
けれどすぐに、ちょっと力が抜けたように笑いました
「久しぶり、アイフィロス」
「おう、シルワ、久しぶりだな」
お二人は視線を交わし合うと、互いの肩をたたきました
とても仲のよさそうなご様子でした
「そちらの皆さんにもご挨拶させてもらえるかな?」
アイフィロスさんは私たちのほうを見ておっしゃいました
「どうも、グランといいます
ドワーフです」
お師匠様が真っ先におっしゃいました
「フィオーリっす
ホビットっす」
フィオーリさんが続きます
出遅れた私は、急いで次に言いました
「マリエと申します
人間、です」
「オレは、アイフィロス
シルワの古い友だち
君たちすごいね
まるで種族の見本市みたいなパーティだ」
アイフィロスさんは楽しそうにおっしゃいました
「そっちのフェアリーさんは?」
「…ミールム…」
ミールムさんは名前だけぼそっと名乗ります
もっとも、フェアリーなのは見ただけで分かります
「ようこそ、オレの木の家へ」
アイフィロスさんは丁寧にお辞儀をすると
ぱんぱん、と手を叩きました
すると、足元から葉っぱのたくさんついた枝が
にゅうと伸びてきました
立っている私たちを上手に乗せて、そのまま椅子になります
横から大きな枝がにゅうと伸びてきて
こっちは、いい感じのテーブルになりました
上には、木の実の殻で作った茶碗が並んでいます
「どうぞ、召し上がれ
木の家特製、木の葉茶だよ」
茶碗のなかには緑色をしたお茶が入っていました
ちょうどたくさん汗をかいて喉も渇いていました
有難く、いただきます
お茶は冷たくて、すっきりとした飲み心地でした
初夏の風がさやさやと木の葉を揺らして渡っていきます
木漏れ日がきらきらちらちらと光っています
それは、とても素敵なお茶会でした
「お気に召したなら、おかわりをどうぞ?」
アイフィロスさんはまた手をぱんぱんと叩きました
するとテーブルの枝にお茶の入った茶碗がまた現れました
「エルフさんって、なんでも魔法なんっすねえ
いやあ、不思議っす」
フィオーリさんが楽しそうにおっしゃいます
「不思議でもなんでもないよ?
こう、原理さえ分かっていればね?」
アイフィロスさんはそうおっしゃいますけれど
そもそも、その原理が、分かっておりませんのです
曖昧な笑顔になるとアイフィロスさんはくすっと笑いました
「ところで
そろそろ本題に入るかな」
アイフィロスさんはシルワさんを見ておっしゃいました
「お仲間に故郷を見せるために帰ってきた
というわけじゃないんだろう?」
ええ、とシルワさんは目を伏せました
途端に、和やかなお茶会に、緊張した空気が生まれました
「あなたにお願いしたいことがあって…」
「…それって…」
アイフィロスさんは全部言わずに辛そうに眉をひそめました
「と、その前に」
いきなりにこっとしてシルワさんは目をあげました
「沐浴ですよ?アイフィロス」
アイフィロスさんが、げげっ、とのけ反ります
シルワさんはちょっと意地悪な笑顔になりました
「深刻そうな顔をして誤魔化そうったってそうはいきません
続きは沐浴をしてから、ですよ?」
シルワさんはアイフィロスさんの腕をがしっと組みました
そのまま指を鳴らすと、ひゅうと風が吹いてきます
「みなさん、それではまた、後ほど」
肩越しに振り返ってそう言うと
シルワさんはアイフィロスさんごと風に乗りました
あ~れ~~~
アイフィロスさんの断末魔のような声は
風と共に去っていきました




