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ワンダフルな日々

作者: 後藤 章倫

 何も考えんと歩いていた。目的も何も無い。突っ掛けて、部屋から出たらおっとっと、商店街の中程ですねん。ああ、おっとっと。かび臭いアパートの部屋は、外から帰って来た時に、そのかび臭さを実感する。ニャァ、おっとっと。

「ああ、ぬるいラーメンが食いたいなぁ」

言うても、はい、無いんよね@ラーメン屋さん。ぬるいラーメンを出してくれる。

「冷やし中華ちゃうわい、猿」

そんならばと言われても

「冷やしラーメンちゃうわい、蛸」

分かって貰えないこの刹那。こうなるともう無性にぬるいラーメンが食いたくて喰いたくてたまらなくなり、右手と左手をガシッと絡め、各々の人差し指をピンと伸ばし浣腸のポーズをとり、その手を上下に動かしながら商店街を闊歩。ぬぉぉぉと高速で手を上下。したら口の中の違和感が甦りまくる。二年前くらいから常に血があるのだけど、そんなもんは知いいらんペッタンゴーリーラー。向かって右上にビー玉ほどのやつがぶら下がり始めたのは一月前。喋る度に、食べる度に、頭を振る度に、浣腸のポーズで手を上下に動かす度にビー玉ほどのやつがドロンドロンと右上あたりで動く動く。動くと痛い。喋る度に、食べる度に、頭を振る度に、浣腸のポーズで手を上下に動かす度に痛い。

 それがあーた、浣腸のポーズで手を上下に高速で動かしながら商店街を進み、魚屋の前に差し掛かったところで、プチッと軽く痛みを伴った音がして、そのやつは重力により口の中に転がった。

「よっしゃ!」

掌へ吐き出すと、そーれーは♪ちいーさな♪釣り針だぁーあったぁ♪@およげ!○○やきくん!ではなくて右上の奥歯だった@永久歯。

「ああスッキリした。よっしゃ!やったるぜ」

その奥歯を魔球を投げる感じにて投げさくると、魚屋の店頭でガラス製冷蔵ケース内の籠に盛られている金目鯛の目に向かって飛んでいき、その目へ見事に突き刺さった。凄っ。笑っ。

「金目鯛が奥歯目鯛になったやんけ」

なんだかそこで、もしかして、メイビー、ワンチャンなんてワードが頭に現れた。

「あるかいな?イケるんかも」

そう思うと笑けてきた。

「俺、歯、三回目生えるんちゃう?ケケケケ」

歯なんか全部捥げてしまえと常々思っていた。歯が捥げてしまえば歯が痛くなる事はないし、歯医者に行く必要もない。歯茎鍛えてものを嚙めばいい。でもよん三回目生えてきたらオモロ、めっさ大事にしたろ。ウキキキキ。とかやっていると違和感感感。上の、抜けたとこの歯茎が盛り上がっとるやんけ。

「きたやん。歯生えるやん。超永久歯やん。やったやーん」

と、喜びまくって横回転。クルクル回っていると文字が見えた。

〔ぬるいラーメン蟻末世〕

ニャニ?ぬるいラーメンやと?あり、まっ、せ、やと?回転をやめると商店街がグニョングニョンとゆっくり回りだす。そして地面に倒れ込む俺。カッコイイ!いやカッチョ悪い。でも不思議、こんなとこにラーメン屋なんかあったかしらん?ここ前、なんやたっけ?あ、そうや、アクセサリー屋だった。あの変な兄ちゃんがやってた店〔マイ・ラネーゾ〕。変な名前の店やなと、フランス語かいなと思っとったけど、参らねぇぞ!って事やったんやないのん?参りましたのん?そう思いながら、冷やし中華始めましたみたいなノリで書いてある〔ぬるいラーメン蟻末世〕と出ているラーメン屋の暖簾をくぐった。

「らっしゃい」

その中途半端な声のトーンに聞き覚えがある。カウンターの中に居たのは、マイ・ラネーゾの兄ちゃんだった。店内に客は俺一人。

「マジであんの?」

「なにが?」

「なにがて、ぬるいラーメン」

「あるわい」

「てかラーメン作れんのん?てか参ったのん?」

「参ったわけやないけんど、止めたった」

「ぬるいラーメン食いたいのんよ」

「そんなら注文はぬるいラーメンやな?超ぬる、ぬる、あんまぬるない、ってあるけど」

「なんやそれ?」

「超ぬるは最早冷たいに近いやつで、あんまぬるないはそこそこ熱い感じ」

「そんならぬるで」

「ぬるサンキューマイ・ラネーゾ!」

厨房へ振り返りそう叫んだマイ・ラネーゾの兄ちゃんは、直ぐに厨房へと入って行き、こちらに向かって絶叫した。

「サンキューぬるマイ・ラネーゾ!」

ラーメン屋になったものの、マイ・ラネーゾの兄ちゃんは完全にアクセサリー屋を引きずっていた。それは店内の装飾品にも表れていた。ラーメン屋の壁なんてものは、自慢のメニューと共に価格などが張り出されていたり、そのアー写というかビジュアルが食欲をそそる写真として飾られているものである筈だけども、この〔ぬるいラーメン蟻末世〕の店内はマイ・ラネーゾ時代の物で溢れていた。壁一面マイ・ラネーゾで売っていた兄ちゃん手作りのアクセサリーがジャラジャラと飾られていたし、狭い店なのに隅にはガラスケースがあり、やはりアクセサリーが並べられている。壁のアクセサリーもガラスケースの上も厨房からの油でねっとりとしていた。

「ぬるサンキューマイ・ラネーゾ!!!」

厨房から兄ちゃんが絶叫した。器の縁を金属製の蛇みたいなものがぐるりと一周しているどんぶりを手にマイ・ラネーゾの兄ちゃんが厨房から出てきて、カウンターの上にそれをのせた。

「ぬるいラーメンおまち、マイ・ラネーゾ」

訳の分からない兄ちゃんは笑顔だった。壁のアクセサリーから汚れた油が一滴垂れたような気がした。どんぶりの縁を一周している金属製の蛇みたいなもののせいでラーメンと共にかなりの重量だったし、金属が所々錆びていて食欲を減退させた。しかしこれはぬるそうなり。ふぅふぅなどというしょうもない所作をすることもなく一気にイケる。割り箸をカチ割り麺に突き刺してそのまま口の中へ。

「ぬるぅ、で、うまっ」

すかさずどんぶりを手にスープを啜ってみる。魚介と動物性たんぱく質に野菜の旨みが加わったぬる旨スープだったのだけど、どんぶりの縁を一周している金属製の蛇みたいなのが邪魔でスープがテーブルの上に垂れた。

「どう?ドゥ?」

カウンターのすぐ向かいで笑みを浮かべた兄ちゃんが言った。

「んめえわ。なんやこれ?天才やん」

「やっぱこっちやよなぁ」

「こっちてどっち?」

「ラーメン屋」

「ラーメン屋?」

兄ちゃんは、何か憑いていたいたものがコロッと落ちたような表情で話し始めた。

「アクセサリーが好っきやねん。なんか知らんけど子供の頃からそういうのが好きで、もうこれで食っていくーってなって」

兄ちゃんはここで壁のアクセサリーを見て一瞬言葉を止めた。その間も俺は、んぐんぐんぐとラーメンがどんどんと口に入っていた。ラーメンを食べる箸を止めることは出来なかった。

「で、学生ん時に始めたのんよ。したらこれがそこそこ売れて、自分で作ったもんが売れるって、そらぁウッキョーってなって」

「んぐぐぐぐぐぐぐぐ、うまうま」

「借金して始めたマイ・ラネーゾ。よかった時もあったけど駄目んなった」

「ラーメン、バリ旨いやんけ。これイケるやろ」

「ラーメンは、なんつーか自分が食いたいから作ってただけで」

兄ちゃんは店の隅のガラスケースを愛おしそうに眺めた。

「たまたま友達や親なんかが俺のラーメン食うと、みんな口をそろえて言うんよ。ラーメン屋やればいいやんけって」

「んぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ」

「そんで最後に言うのんよ。熱々やったらもっと旨いのんにって」

俺は最後の一滴までスープを飲み干して慌てて言った。

「いやいや駄目駄目。熱々なんか駄目。ぬるいのんがメサ旨」

「やりたい事と才能のある事は違うんよな。マイ・ラネーゾたたんで生活の為にラーメン屋はじめて、でもどうよ?ドゥよ?あん?ラーメンて熱々必須?ラーメンイズ熱々なん?はぁ?ワン!」

なんだか兄ちゃんの様子がおかしい。

「ワン!ワンワン!ワンワンワン!ワンワンワンワン!ワン!」

負けてたまるか。

「ぬる旨いワン!旨いワン!ぬるワンワン!」

「客来ないやんけ、なんでや?ワンワン!」

「開拓者はいつもそうだワンワン!ぬるいラーメンワンダフル!」

「ワン!ワンワン!ワンワンワンワンワン!わーん」

兄ちゃんは遂に泣き始めたワン。暫く泣かしとこ。兄ちゃんは、わーんわーん泣いた。兄ちゃんのわーんが段々とフェイドアウトしてきたので話を切り出してみた。

「このラーメン、出汁の魚介に金目鯛使こーてるやろ?」

兄ちゃんは涙目の顔で頷いた。

「あっこの魚屋におもろい金目鯛売っとるぞ。いい出汁でそうな」

そう言い残してからカウンターへ御代を置いて[ぬるいラーメン蟻末世〕を出た。


                〈了〉



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