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物語の悪魔

作者: ジョーン

 そのおじさんは、世界のすべてを知っていると言った。

パパと同じくらいの年齢だろうか。下手に話しかけるとどうせパパと同じように怒鳴ってくるのだろう。

そう思って近づかないようにしていた。私が公園で遊ぶ年齢でなくなっても、そのおじさんはいつだってその公園にいた。


「やあハルキ」

「やあおじさん」


 世界のすべてを知っているおじさん。今日も世界の話をしてくれる。

「俺の頭の中には世界のすべてが入っているんだ」

そんなはず無いと思うが、おじさんの話には妙に迫力があり、リアリティがあり、説得力があった。

色々なニュースを、多くのフィクションで例えてくれたので、とてもよくわかった。


「おじさんはなんでも知ってるんだね」

「いや、俺はフィクションの話しか知らないんだ。結局何も知らないことと一緒だよ」


 鳩がこちらに寄ってくる。おじさんがエサをあげたりしてるんだろうか。

 この話は、かよわくて情けない、愛すべき公園のおじさんのお話である。


・・・


 F国というのは、ファンタジーを主な産業にしていた。

ファンタジー成分を輸入して、上質なファンタジーを輸出することで国家が成り立っていたんだ。

それは、世界大戦で人々の心が荒廃してしまった時でさえそうだった。F国の首脳陣は、現在の世界に必要なファンタジーが何か、最も人々を幸せにするファンタジーが何か。

そういったものを考えて積極的に輸出した。


もちろん、ファンタジーにも様々なものがある。エログロ、残虐なものが必要だとされたときには

それも大量に輸出したものだった。F国のファンタジーは世界中で求められ、消費されていた。


 あるときはA国が首相の汚職で政権交代をしそうだという時に、国民の意見を変えるプロパガンダになりうるファンタジーがないかと相談された。F国首脳は大きな取引先に対して期待以上の働きをした。

A国の政情不安は経済の問題が主だったので、全く関係のない宇宙SFファンタジーを輸出した。

A国の国民は、経済に不安があっても、テクノロジーの進歩が自分たちを救ってくれるのだと考えることができるようになり、政治は安定し、クーデターは回避された。


 おじさんは、F国で入管の仕事をしていたんだそうだ。

「俺が仕事を始めた最初のころは、簡単なものだったよ。輸入される物語なんて、単純なもんだ。ヒーローがいて、ヴィランがいる。ヒーローが愛され、ヴィランが倒される。あとはバリエーションさ。輸入される情報をパパっと分類してF国内の重要案件の書棚に格納する。俺の仕事は単純だったが、やりがいのある仕事だった。クソみたいなお話なんて誰も読みたがらないだろ?だから、俺はその代わりに読んで、分類して、F国の偉いさんたちがエッセンスを分解して輸出する手伝いをするんだ」

F国の入管業務をやりながら、おじさんは結婚して子供もできた。


 F国の主要産業がファンタジーである以上、あらゆるファンタジーがF国で生産された。

ハイファンタジー、ローファンタジー、過去ファンタジー、未来ファンタジー。

児童文学としてのファンタジー、オカルトファンタジー、バトルファンタジー、ゲームファンタジー、ラブファンタジー。時にはそれらをまぜこぜにしたようなものも生み出された。


 F国そのものの歴史は浅い。活版印刷が始まったころに北国の寒い寒いエリアで成立した。

黎明期には一人の天才によって国が運営されたのだが、やがてそれは国家の主要産業として手厚く保護されることになった。


・・・


「ある時から、妙な輸入品が増えやがったんだ。ヒーローなのに影がある、ヴィランなのに正義感から悪をやる。そういうのをどう分類しますか?って、俺はそのときの上司に聞いたのさ。そしたら・・・『ああ、そういうのは両方に入れたら良いんだよ』だと言うのさ。わかるかい?輸入品は1つでも、実際に入荷するのは2つ。輸入品の価値は半分になっちまった。それをもとに輸出品を作るから、実際に価値を高めてもせいぜい1つ分の価値までしか上がらない」


おじさんが言うには、過剰供給ということになるらしい。

F国の輸出品の数量は2倍に膨れ上がるが、実際の貿易黒字は以前ほどでない。

つまり、その時点でF国で製造されるものは「効率の悪いファンタジー」ということになっていった。

外では政治家が演説をしていた。

「再び、世界を魅了するストーリーを作り上げなければこの国に未来はありません。私の作品は30年前に世界中で読まれました、その時の経済効果は当時の国家予算の3分の2にわたります。グレートF国アゲイン!」


・・・


 F国の人々は、がんばってたくさんのファンタジーを輸出したけど、ダメだった。貿易赤字はますます膨らみ、F国の通貨の価値はどんどん落ちる。かろうじてF国内に建てられたテーマパークは生き残っているが、新しい価値が産まれなければ外貨を獲得したって二束三文で消費されてゆくままだ。


「俺はこのままじゃヤバイと思ってね、ちょっと操作したのさ。輸入品が粗悪だから、輸出品の価値が下がる。そういうことなら、輸入品を厳選すればいいじゃないか!と思ったんだな」

「へえ、お役人ってそういうことするのかい?」

「そりゃあ、バレたら犯罪者さ。しかし俺は国を思うあまりそうするしか道はないと考えてた。今まで悪役だったやつはずっと悪役、いままで応援されていたものはずっと応援される。分類方法を変えたんだな。単純に分解するから輸入品が倍になる。ってことは、倍にならないように係数をかけて重みをつけたらいいんだよ」

「重み?」

「そう。あくまで例えばだけど、前作で主役だったやつが今作で悪役になったとするだろ?そしたら、そのキャラクターの要素に主役要素係数0.3をかけ、悪役係数0.7をかける。ヒーローかヴィランで係数を変えてゆく。そうすることで複雑さが数値として表現することができるんだな。世の中にはさまざまなお話がある。歴史係数、SF係数、軍事係数、ハッピーエンド係数、失恋係数、俺の輸入分類はとてもとても複雑になっていったが、輸出される物語の価格は上がったと思う。これをレポートにまとめて国に認めさせれば、俺はこの国を支えるヒーローになれると思ったのさ」


「へえ、すごいね!そしたらF国の貿易は回復したんだ?」


「最初のうちは、そうだった。F国は再び多くの異なるジャンルやテーマ性を持つファンタジー作品を生み出して、需要に合わせた輸出を効果的に行った。ヒーローとヴィランの境界が曖昧な作品や、個々のキャラクターに対して異なる係数を適用することで、独自の魅力を持つ物語が生まれたんだ。それは他国が真似してもそんなに簡単にできるようなものではなかった。ファンタジーは大量生産の軌道に乗って、世界中で消費された。だけどね、ちょっと複雑になりすぎたんだね、今度はだんだん売れなくなってしまった。安くても売れない。手に取ってもらえないのさ」


「複雑になったらいけないの?」


「複雑になること自体は良いことだよ、複雑な物語ということは、重厚な物語なんだ。何度読んでも楽しい、年齢とともに受け取り方も変わってくる、何度だって消費できる」


「つまり?」


「いつからか。新しい作品が売れなくなっていった。色々な人たちが俺の作った分類で色々なものを分類することになって・・・以前にあったあの作品のパクリだよね、というレッテルを貼りやすくなっちゃったんだね。そしたら次に、物語類型のレーダーチャートを作ることで、『売れる要素をかけあわせたら名作ができる』と誰もが思うようになっちまったんだ、再びF国の産業は厳しい局面に直面した。俺はF国のために新しい分類を生み出したのだが、その類型を作ることによって、F国から犯罪者として糾弾されることになった。裁判にかけられ、罪をつぐなうように求められた」


「そんなに罪なことかなあ?」


「政府は俺を許せなかったんだろね、何を作っても売れなくなってしまった。ファンタジーは斜陽産業なのさ、それなのに、誰かのせいで国が衰退したと思いたかったんだろう。俺は裁判で、もっとクリエイティブな人材を育てるべきだ。と言った。おかしいだろ?今はおかしいとわかる。自分が犯罪者として裁かれているのに、自分の罪でなく政府のやりかたがおかしいんだ!と叫んだんだ」


「ふうん」


「当然だれも弁護してくれはしない。俺は犯罪者だ。F国の政府は俺の行動を許せなかったんだ。物語を複雑にして、輸出製品をとても難しいものにして、完成品としてのハードルも上げてしまった」


「完成品としてのハードル?」おじさんはそれには答えず続けた。


「結局、30年前に売れた、例の政治家が作った『名作』を、世界中の人が後生大事に読み返すようになっちまった。家族の崩壊と再生を描いた超大作で、俺も大好きだったけど、そんなに何度も読むような話じゃないと思ってた。だけど俺の作った分類に当てはめても最高に面白い。今読んでも面白い。主人公と別れた恋人があのあと幸せになったかどうか、今でも飲み屋で話題になる」


「・・・」


「結局、そこからは俺はF国のファンタジー産業の復興にはかかわっていない。F国は今は衰退してしまったし、今ではファンタジーなんて、F国の人間でなくても作れるとわかってしまったからね、国外追放されて今ここでお前と話してる」


 おじさんはしばらく黙ったままだったが、僕が話のオチを待っている様子を見てとると、口をひらいた。


「ハルキ、ここまでで、ファンタジーは本当はくだらないということがわかったかい?」


突然何を言い出したのかわからなかった、おじさんが怒らないように、おじさんが求める答えを言ってあげたかったが、僕には何を言いたいかわからなかったし、ファンタジーがくだらないとは思えなかった。

なので僕は黙って前を向いていた。


「俺の話はすべて真実だけど、すべてファンタジーなんだよ」


「それは嘘ってことかい?」


「嘘じゃない、ファンタジーさ」おじさんは微笑みながら言った。


よくわからなかったが、そう話すおじさんの目はあんまり笑っていなかった気もする。


おしまい

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