第83話 聴取2、魔法実演
「そういえば、お二人が革鎧の下に身に着けている服ですが、異世界にもそのような衣服があるんですね?」
俺たちは自衛隊の山本中隊長から事情聴取を受けていた。適当に誤魔化そうと思っていたのだが、俺たち二人、お揃いの真っ黒いワークマ〇スーツを革鎧の下に着込んでいた。
仕方ない。こうなっては嘘をつくより正直になろう。
「山本中隊長さん、われわれはどういった罪も犯してはいない一般国民であるということをまずひとこと」
「それは承知しています」
「われわれの秘密を守ると約束してくれますか?」
「犯罪とかそれに類するようなことでなければという条件でお約束します」
「それでは山本中隊長さんを信用してわれわれの秘密。特にわたしの秘密になりますが、それをお教えしましょう」
「うかがいましょう」
「わたしは、結論から言って、この日本と異世界を自由に行き来できます」
「なんと! それは異世界に拉致召喚される前からですか?」
「いえ、拉致された後、そういった能力を得ました。
その能力を使って、こちらでこういった衣服を揃えました」
「なるほど」
「それで、その気になればいつでもこの華ちゃんを連れて異世界に帰ることもできます」
「それではなぜ、われわれの下に?」
「あのまま逃げ出すことも可能でしたが、わたし自身、どうも三千院さんたちの誘拐犯か何かと警察に思われてマークされているようでしたのでこれ以上事を荒立たせたくなかったのも事実です。ご存じありませんか、3人の女子高生失踪事件」
「あっ! あの事件」
「その3人の女子高生の一人がわたしです。残りの二人は自分たちの意志でわたしたちを拉致した人たちのいる施設から逃げ出さないようです」と、華ちゃん。
「えーと、岩永さんが異世界と日本を行き来できるというなら、三千院さんはどうして日本に帰らず向こうで暮らしていたんですか?」
「家庭の事情ということでお願いします」と、華ちゃん。
「それ以上はプライバシーの問題のようですね。分かりました。
いいでしょう。お二人ともお帰り下さい。
いちおうこのことは上司には伝えますがそこはご了承ください。警察の方にはわたしの上司から連絡を入れると思います。
岩永さん、こちらから連絡できればありがたいのですが、異世界に携帯電話はありませんよね」
俺は黙ってうなずき、
「それなら、わたしのスマホに連絡ください。警察がおとなしくしてくれるようならたまにこちらにきますので、その時返信します」
「了解しました。スマホの番号などはこちらで調べることは可能ですから大丈夫です。
あと一つだけ。これは私の個人的興味なのですが、いま三千院さんの頭の上で輝いている光は魔法の光なんですか?」
「はい」と、華ちゃんが返事をし、
「ほかにも魔術をお見せしましょうか?」
「ぜひ」
「攻撃魔術がいいかな」
「いつぞや使ったファイヤーボールはどうだい。派手でいいじゃないか?」と、俺は華ちゃんにファイヤーボールを提案したのだが、
「今までテレビや映画で何度も爆発を見ていましたが、間近で実際の爆発を見たことがない関係で、うまくファイヤーボールをイメージできなくて。形だけのファイヤーボールは撃てるんですが速度も威力も中途半端なものなので、代わりにそこの壁に向かってファイアーアローを撃ってみます」
華ちゃんはそう言って右手を上げ、俺たちのいる場所から一番近い岩壁に向かってファイアーアローを放った。
白い炎の矢が一瞬で岩壁に当たった。ファイアーアローが命中した壁の表面は弾け飛んで、その弾け飛んだ表面の下から現れた岩は直径で10センチほど赤くなっていた。
「今のがファイアーアローです」
「わたしがラノベなどで抱いていたファイヤーアローのイメージとはかけ離れたスピードと威力ですね」
中隊長におだてられたからではないだろうが、華ちゃんは、
「攻撃魔法ではありませんが念のため」
そう言って、次に振り返って空洞に向け「ディテクトアノマリー」と、口に出して唱えた。
そしたら空洞の岩壁が1カ所赤く点滅を始めた。
「いま、空洞の壁が1カ所赤く点滅していますが、そこに何か異常があることを示しています。岩壁に現れる異常はおそらく罠ではなく何かが隠されていると思います。
山本中隊長さん、ついてきていただけますか?」
華ちゃんがその赤い点滅に近づき、念のためデテクトトラップを唱えて罠のないことを確認し、次にノックと唱えたら、壁の赤く点滅する部分が崩れ落ちて、中から空洞が現れた。空洞の中からは例のスキルブックが1つ現れた。
「岩壁が崩れて空洞が現れたことにも驚きましたが、なんですか、このツルツルの黒い板は?」
「その板は、スキルブックという名前です。残念ながらわたしたちもその使い方は分かっていません。鑑定と言っても名まえが分かるだけですが、鑑定してみましょう。
鑑定!」
「スキルブック:異世界言語。だそうです」
「これを使うことができれば、異世界の言葉を話せるようになる?」
「おそらくそうなのでしょう。わたしの場合は異世界に拉致されたせいか最初から異世界語が話せましたが、そうでない人はそのスキルブックを使えば向こうの言葉が話せるようになると思います」
「なんと」
「あくまで、スキルブックの使い方が分かればですが」
「研究試料として自衛隊で預かってもよろしいですか?」
「もちろんです。その使い方がわかったらお教えください」
「その時は連絡します」
「それじゃあ、そろそろ俺たちは失礼します」
そう言って転移で屋敷に戻ろうとしたところで、中隊長さんに部下の隊員が、
「中隊長、第2小隊第3分隊でモンスターとの交戦中負傷者が出た模様です。命に別状はないようですが第3分隊は負傷者を連れてこちらに撤退中です」
「わかった。そのままピラミッドの外に搬送しよう」
そういった会話があり、本部の隊員たちが慌ただしく動き始めた。
「岩永さん、ケガ人がいるなら、ヒールのイメージが固まると思うんです。イメージが固まりさえすれば、絶対とはいえませんが、おそらくヒールを発動できると思います」
「それならケガ人が運ばれてきたらヒールを試してみてくれ。
もしうまくいかなくてもヒールポーションを使えば何とでもなるだろうからいいんじゃないか。
山本さん」
「はい?」
「実は三千院さんがそのケガをした隊員に治癒魔法を試したいと言っているんですが」
「三千院さんはそういった魔法も使えたんですか?」
「今までケガをした人が身近にいなかったものですから、ヒールの魔術は使えなかったんですが、間近にケガ人を見ることでケガを元の状態に戻すというイメージが固まりヒールが発動できると思います。うまくいくかどうかの保証はありません」と、華ちゃんが答え、その後俺が、
「もしその魔法が上手くいかなくてもヒールポーションがあるから何とかなると思います」と、付け加えておいた。
「そういったポーションまで!」
「でも、三千院さんの魔法でよくなると思いますよ」
しばらくそのまま負傷者が運ばれてくるのを待っていたら、両肩を同僚隊員に預け片足を引きずった隊員が他の3名の隊員とともに本部前にやってきた。ふくらはぎ辺りを負傷しているようで、左のふくらはぎのズボンが裂かれ、その下のふくらはぎには応急テープが巻かれていた。テープから下、特に軍靴は血だらけだった。
「それじゃあやってみます」
華ちゃんがケガ人に近寄り「ヒール」とひとこと。
その後、ケガ人の患部が一瞬淡く光った。
それまで、顔をしかめていたケガ人は、半分呆けたような顔をして、
「痛み止めでもそれなりに痛かったけど、痛みが引いた。どうなってる?」とか呟いた。
山本中隊長はそれを見て、患部に巻いたテープを剥がすよう部下の隊員に命じた。
テープはナイフで慎重に切り取られ外された。
えぐり取られたのかケガ人のふくらはぎの一部がへこんでいたが、傷口はきれいに塞がっていた。しかもそのへこみがだんだん膨らんできて、30秒ほどですっかり元に戻ってしまった。
「奇跡だ!」だれかれとなくそういった言葉がつぶやかれた。
本部にいた隊員たちが山本中隊長も含めて華ちゃんに注目している。
その華ちゃんは「よかった」と、軽い感想を漏らした。
「救急車両を手配したが取り消しだ」と、山本中隊長。そして、華ちゃんに向かい、
「治癒魔法とはこれほどのものだったんですね。
岩永さん、先ほどおっしゃっていたヒールポーションですが、そのポーションも今の魔法並みの治癒力があるんですか?」
「おそらく」
「うーん。奇跡を立て続けで見せていただき言葉もありません」と、山本中隊長。
「ケガをした隊員の方も回復したようですから、わたしたちはこれで」
「はっ!」
山本中隊長さんが俺たちに向かって敬礼をしたら、他の隊員たちも俺たちに向かって敬礼をした。先ほどまでケガで横になっていた隊員も立ち上がり敬礼をした。
素人の俺が敬礼を返すわけにはいかないので、軽く頭を下げて、華ちゃんが俺の手を取ったところで、二人そろって屋敷の玄関ホールに転移した。
自衛隊の山本中隊長が言った通り警察が俺のことを追わないようになってくれればありがたいが、うまくいくかどうかは今のところ何とも言えないな。




