第75話 しばしの別れ。神殿の女子高生二人
約束はしなかったが、子どもたちをいずれ日本に連れていってやろうと心に決めた。単純に驚かせてやりたいという気持ちだけでなく、国にほとんど貢献などしてはいない俺だが『どうだ俺の国ってすごいだろう』という、優越感に浸りたいという思いがあったのだと思う。そういう気持ちって誰でもあるよな。
食事を終えた俺は先に居間に戻り、ピョンちゃんの様子を見たのだが、何事もなく普通に止まり木に止まっていた。
楽園産の食べ物しか食べないようだと、ちょっと面倒なので、楽園リンゴがコピーできるかやってみた。スーパーで買った高級ジュースのコピーが簡単にできたから楽園リンゴも簡単だろうと思ってコピーしてみたんだが、思った以上に気力を使ったようで、スタミナポーションを一瓶空けることになった。
この感覚は少し前に感じたのだが、いつだったかなー?
思い出した! これは、ミスリルのヘルメットをコピーした時と同じだ。あの時はどっと疲れが出たが、今回は疲れ方はそれほどではなかった。ただ、気力以外に何かが吸い取られたような感覚はあの時と一緒だ。
俺は錬金術師なので魔法のことはさっぱりだが、ダンジョンの中で大きくなった実には何か特別なものが入っている可能性がある。それがもし魔力だったら、俺の中に眠っている魔力が楽園リンゴを錬成するため吸いだされたのではないか? と、なんとなく思ってしまった。
そのうち華ちゃんがやって来たので、魔力について聞いてみることにした。
「華ちゃん、ちょっと教えてもらいことがあるんだけど」
「何です?」
「華ちゃんが魔法を使う時、魔力というかそういった不思議な何かを意識してるかい?」
「魔術を発動すると自分の中にある何かが少し減った感じがします。
それが、岩永さんの言う魔力かもしれません」
「なるほど。
実は、さっき楽園リンゴがコピーできないものかと試したんだよ。
それで、コピーはできたんだが、俺の体の中から何かが吸いだされた感じがあったんだ。
それって、やっぱり魔力だよな」
「ダンジョンの中で大きくなった果物ですから、果物の中に魔力が溜まっていたのかもしれませんね」
「そうか。ありうるな。
ピョンちゃん自身も魔力に浸かっていたわけだから、今みたいに魔力が周りにないと、楽園リンゴだけが供給源になるわけで、その分たくさん食べたかったんだろうな」
「ということは、やはりここで飼うのはピョンちゃんに良くないってことですよね」
「楽園リンゴはコピーできたから、エサはいくらでもとは言えないが、作ることは可能だけどな」
「残念だけど、ピョンちゃんは楽園に返しましょう」
「華ちゃんがいいならそうしよう。
じゃあ、防具を着てここに集合な」
「はい」
10分ほどでお互い支度ができたので、ピョンちゃんともども楽園の中心に転移した。
そこで、ピョンちゃんを放そうとしたのだが、ピョンちゃんは華ちゃんから離れない。
予想はできたが、困った。
「華ちゃん、どうする?」
「うーん。
ピョンちゃん、ここにいてね。うちでは飼えないの。機会があればここにきてあげるからね」
華ちゃんの気持ちは俺には分かるが、ピョンちゃんには伝わらないだろう。
そう思って見ていたら、ピョンちゃんが一度頭を下げて、そこから羽ばたいて、最初に止まっていた灌木の枝まで飛んでいきそこに止まった。ジーっと華ちゃんの方を見ているのが何か悲しい。『犬は3日飼えば3年恩を忘れぬ』というが、1日飼っただけだけのオウムのピョンちゃんは10年恩を忘れないような気がする。
「今日は、ダンジョンアタックはやめて、屋敷に帰ろう」
「はい。
それじゃあ、ピョンちゃん、さようなら」
ピョンちゃんがじっと見ている中、俺と華ちゃんは屋敷に戻った。
華ちゃんは自室に戻り、俺も自室に戻った。楽園の中ならピョンちゃんに天敵はいないだろうから、いつでも会いにいける。そのうち楽園に別荘を建てればピョンちゃんを飼うことも可能だ。
俺の方は服を着替えたら、寿司屋にいって持ち帰りで寿司を買わないといけない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そのころ、山田圭子と田原一葉は護衛の『赤き旋風』4名を伴って、バレン南ダンジョンの出入り口からダンジョンの最初の部屋に入ったところだった。
「わたしだから入り口が簡単に見つかったけど、普通なら簡単に見つからないわよ」と、レンジャーの田原一葉が自慢げに勇者の山田圭子に話しかけた。
『赤き旋風』の4名は黙っていたが、4人は神殿兵がダンジョンの出入り口の左右に立っていたため4人とも簡単にダンジョンの出入り口を見つけているし、ダンジョンに入った時すぐに盗賊Lv2を持つビージー・シャドーは出入り口の正面の壁に異常があることに気づいていた。
ビージーは魔術師エウレカ・コーラルに小声でそのことを伝えている。盗賊スキルは、探検スキルに似ているが、より適応範囲が狭い分精度や正確さは高い。そのかわり方向、位置の把握などの探索関係能力は探検スキル固有のものである。
その田原一葉は最初の部屋を一瞥して、
「ここには何もないようね。出入り口が一カ所あるだけでこの部屋が終わってたらお話にならないけれど、
そこの壁のくぼみが怪しいわ」
そう言って田原一葉が、以前善次郎がスケルトンキー見つけた壁のくぼみを指さした。
山田圭子が壁のくぼみを見たがもちろん何もない。
「一葉、何もないわよ」
「え、そうなの?」
そこで、『赤き旋風』の魔術師エウレカ・コーラルが、
「ダンジョンの中なので『ライト』を唱えた方がいいと思いますが、わたしが唱えましょうか?」と、提案した。
「いま『ライト』を唱えようとしていたところ」いちおうリーダーの山田圭子がそう言って『ライト』を唱えた。
頭の上に明るい光がともり部屋の中はいっきに明るくなった、と同時に、さきほど入ってきた出入り口の反対側の壁から扉が現れた。
「わたしはどうもここがおかしいと思ってたのよね」と、田原一葉。
山田圭子は無造作に現れた扉に手をかけようとしたところで、
「ちょっと待ってください。罠があるかもしれません」
『赤き旋風』のリーダー、隻眼のシャーナが山田圭子を止めた。
「一葉、罠がありそう?」
「うーん。罠はないみたいだけど」
「わたしがディテクトトラップを掛けましょうか?」と、エウレカ・コーラル。
「じゃあ、やってみて」
「ディテクトトラップ!
罠はありません」
「やっぱり、わたしの言ったとおりでしょう」
山田圭子が扉を開けると、その先はまっすぐな通路で、左右の壁に数個の扉が見えた。
「まっすぐいくか、最初の扉を開けてみるか。
一つずつ、確認していった方がいいわよね。
一葉、どう思う?」
「後ろから襲われたら困るから、一つずつ潰していこうよ」
「そうだね」
「扉に罠はありそう?」
「ないと思う」
「それじゃあ、開けるよ」。そう言って、無造作に山田圭子が前に出ようとしたところで、後ろから、
「止まれ! 通路の罠の確認がまだだ」と、シャーナが注意した。
山田圭子は立ち止まり「一葉」と、声をかけた。
「今調べるところよ」一葉がそう言って、通路を確認したところ、罠はないようだった。
「罠なんかないわよ」
「わかった、それじゃあ、扉を開けてみる」
山田圭子が通路を進み扉に手をかけて、ゆっくりと開いた。
「中に箱が1つある。宝箱かな?」。山田圭子はそう言って、不用意に箱に近づいていった。
シャーナは止めようとしたが、既に山田圭子は箱に近づいた後だった。
「蓋が開いて、中身は空だ」
運よく部屋の中に罠はなかったようだ。
こんなダンジョンの入り口近くの罠などで勇者を失ってしまえば『赤き旋風』の名に大きな傷がつく。山田圭子が何事もなかったことにシャーナはホッとしたと同時にこの仕事を引き受けたことを後悔し始めていた。
そういった感じで勇者一行は、ギクシャクしながらもバレン南ダンジョン第1層の探索を進めていった。そして、善次郎たちと同じように300階段の部屋にたどり着いた。ただ、善次郎たちがモンスターを斃していたため、彼女たちはそれまで一度もモンスターに遭遇していない。




