第69話 楽園3、自衛隊4
魔方陣部屋から泉のほとりに転移した俺たちは、そこから泉を回り込んで向こう側にたどり着き、また大空洞の壁に沿って歩いていった。壁に沿った数メートルの幅には草は生えていたが木は生えていなかったので比較的歩きやすい。
そうやって大空洞を入り口まで歩いて半周したところ、大空洞に広がる地面は岩壁の見た目通り直径で300メートルのほぼ円形だった。
「周りは確認できたから、今度は、茂みというのか森というのか分からないけれど、中を調べてみるか」
「はい」
俺が先になって、茂みの中を空洞の中心に向かって歩いていく。草と言っても腰丈くらいあるし、中には多肉植物なども生えているのだが、葉の先が硬く尖ったものはなく、それほど歩きづらくなかった。華ちゃんは後ろから時々デテクトなんちゃらをかけて周囲を警戒している。
どこまでも花が咲き乱れ、おいしそうな実が草木に生っている。ときおり驚いた鳥が飛び立つのだが、襲ってくるわけでもなく、種類は分からないが普通の鳥にみえる。
そろそろ空洞の中心当りまでやってきたろうと思っていたら『ピヨン、ピヨン』と、高い鳴き声が目の前の灌木から聞こえてきた。
見ると嘴が特徴的に丸く曲がったオウムのような白い鳥が枝に止まっていた。
「鑑定!」華ちゃんがその白い鳥を鑑定してくれた。
「楽園オウムでした」
鑑定しなくても俺には分かっていたけどな。
俺たちがオウムの止まる灌木に近づいていってもオウムは逃げずに俺たちの方を向いて鳴いていた。
と、いきなりオウムが羽ばたいて俺の方に飛んできたと思ったら、そのまま通り過ぎて華ちゃんの方に。
振り向いたら、華ちゃんが右手を出していて、その手にオウムが止まっていた。
「目がくりくりして、かわいいー」
華ちゃんが嬉しそうな声を出したら、オウムも『ピヨン、ピヨン』と鳴いた。
恐る恐る華ちゃんが左手でオウムの背中側の首筋を撫でたら、オウムは目を閉じてじっとしている。
「岩永さん、オウムって何食べるか知ってますか?」
この問いは、普通に考えてオウムが飼いたいってことだよな。まあいいか。
「青虫とか、蛆虫とかそんなのじゃなかったか? 後はヒマワリの種とか。ヒマワリの種はハムスターだったか? 何であれ、ここで生きてるんだから、そこらの実なら何でも食べるんじゃないか?」
「ちょっと試してみましょう」
そう言って華ちゃんは右手にオウムを乗せたまま、近くの多肉植物に生っていた小さめの赤い実を左手で摘み取り、オウムの口先に持っていった。
オウムはその赤い実をついばんで半分くらいこぼしてしまったがそれでも半分くらい飲み込んだ。
「赤い実を食べました! フフフ」
華ちゃんは、かなりうれしそうにしている。
「そう言えば、ダンジョンの中でモンスターのフンを見たことないけど、あいつらどうなってるんだろうな?」
「これまでモンスターに遭遇したのは全部部屋の中でしたよね」
「そう言えば、そうだったな」
「わたしが思うのは、わたしたちが部屋の扉を開けるまではモンスターの時間が止まっていて、扉を開けた瞬間モンスターに時間が流れ始めるんじゃないかって。
もっと言えば、わたしたちが扉を開けた瞬間にモンスターが生まれるのかも」
「ゲームだと無駄にモンスターが徘徊してたらその分ハード的なリソースが必要になるから、画面に表示されていないところは基本的には時間が止まっているのと同じ状態だ。
そのインコも、俺たちが空洞への通路の扉を開けた瞬間に目覚めたのか生まれたのかもしれないな」
「そう思うと何か不思議ですね。このピョンちゃんも生まれたてなのかなー?」
知らぬ間にオウムに名まえが付いていた。これはいよいよ覚悟しなければいけないようだ。
まあ、オウムの一匹や一羽、良いんじゃないか。
「このまま進んで、泉まで出てみよう」
「はい」
振り向くと、華ちゃんはオウムにまたエサをやっていた。
それはそれで、良いんじゃないか。
オウムのピョンちゃんを右手に乗せた華ちゃんを従えて、ピョンちゃんの止まっていた灌木を越えその先まで進んだところで、草木が払われた空き地が現れた。
空き地の真ん中には石でできた台、いや台座があった。
「この、ペデスタル、意味ありげですね?」
そう言えば、俺の知ってるゲームでもこんな台座のことをペデスタルと言ってたな。とっさに出てこなかったがいま思い出した。入試に出るような単語とは思えないが、お金持ちそうな華ちゃんのことだから自宅の洋風庭園なんかにこんなのが飾ってあったのかもしれない。
俺のゲーム知識から言って、こういった謎の台の上には何か乗せるんだよな。
順当に考えれば花瓶か何かを置くのかもしれないが、このダンジョン内で花瓶など見てはいないし、いかにも割れそうなものをアイテムボックスの中に入れているなら何とでもなるがそれ以外で持ち歩くことはナンセンスだ。
可能性があるのは、スキルブックだな。この上にスキルブックを置くと、そのスキルを習得できる。十分あり得る。
今のところ、アイテムボックスの中に入っているスキルブックはこんなところだ。
打撃武器×2
盾術×2
体術×1
片手武器×2
両手武器×1
俺にとって役立ちそうなのは、打撃武器と両手武器のスキルだ。まずは打撃武器のスキルブックを台座の上に置いてみよう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
都内の研究所で解剖された狼型モンスターは、内臓は肺と心臓、それに胃と肝臓は狼と同様な器官だったが、それらを除いた器官は退化しており、排泄器官と生殖器官は見つからなかった。
このことより、モンスターの生態は一般の哺乳類とは全く異なり、水分や食物を摂ることなく生存でき、繁殖は生殖によらないことが分かった。要は、モンスターは動物ではないということである。また、モンスターはダンジョンから出た場合、生存できないのではないかと考えられ始めた。
そのことを確かめるため、モンスター捕獲用に無反動砲から撃ちだすことのできる捕獲網が用意された。
第3ピラミッドに進入中の自衛隊ではこの捕獲網によるモンスター捕獲作戦を展開し狼型モンスターを最初に捕獲したが、モンスターは一度網にかかってしまうとすぐにおとなしくなってしまった。
網の中で暴れられた場合、網が破られれば射殺の必要もあったほか、個体が損傷して死亡する可能性もあったので、捕獲を担当した自衛隊員たちは胸をなでおろしている。
捕獲された狼型モンスターは都内の研究所に送られ、所内の檻に移された。檻の中に入れられたモンスターは与えられた水を飲むことも、ドッグフード、生肉などを食べることなく、3日目に衰弱して死んでしまった。
狼型モンスターに限らず捕獲できた全てのモンスターがこれと同じように衰弱死したことから、モンスターが万一ダンジョンから外部に出てきたとしても短期間で死滅すると考えられた。逆に言えばモンスターにとってダンジョンは不可欠のものであることが分かった。なお、スライムと呼ばれた不定形のモンスターは捕獲網では捕獲できなかった。
そういった研究と並行して、自衛隊による探索は第3ダンジョンと呼ばれ始めた第3ピラミッドだけでなく、全国に分布するピラミッドを対象として行われていった。




