第518話 魔神のハンマー3、避難1
世界中がパニックや暴動で騒然とし、国としての機能を失っていった。その傾向は先進国といわれていた国で顕著だった。
そういった中、防衛省内で緊急対策会議が開かれ善次郎が招かれた。Zダンジョンの大空洞開放の依頼であるとD関連局の野辺次長から内々に知らされている。善次郎は一人だと何か抜けてしまいそうなので、防衛省側の承諾を得て華ちゃんを会議に連れていった。
緊急対策会議ということで華ちゃんを伴って防衛省に跳んでいったら、いつもとは違う会議室に案内された。
部屋の中にはD関連局の川村局長と野辺次長がいた。あとは川村局長より年上が一人と年下が4人だった。
テーブルの上に名札とか置いていなかったのでいつもの二人以外は誰が誰か分からなかった。川村局長より年上は防衛省のお偉方だろうと見当は付いたが残りの4人は何者だろうかと勝手に考えていたら、川村局長が司会役らしく紹介してくれた。
川村局長より年上のおっさんが防衛大臣で若く見えた4人はそれぞれ防衛副大臣と防衛政務官2人、そして気象庁の技官だった。
川村局長は俺のことを、
「国内32のダンジョンの実質的所有者でオストラン王国国王の岩永善次郎さん」と紹介してくれた。俺がダンジョンマスターであることは公表していないはずだが、ダンジョン開放の件で呼ばれている以上俺のことをみんな知っているのは当然なのだろう。
華ちゃんのことは、
「オストラン王国王室相談役、三千院華さん」と紹介があった。嘘ではないからこれからそういうことにしよう。
俺と華ちゃんの紹介のたびに、防衛大臣以下4人と気象庁の技官が頭を下げる。
その気象庁の技官が、川村さんの司会で彗星の衝突による日本への影響について最初に説明を始めた。
「彗星の衝突により発生する地震では国内の耐震建造物はおそらく耐えるだろうと気象庁では予測しています。しかしインパクトに誘発されて日本周辺各地でマグニチュード8前後の地震が発生し、津波も発生するものと予想しています。またインパクトによって大気圏外まで打ち上げられた巨大岩石がインパクト後数カ月に渡り火球となって地表に降り注ぐことが予想されています。それにより直接被害を免れた森林などに火災が発生し、多くの建造物が破壊されると予想されます。ここまでがインパクトによる1次的被害です。
気象庁の管轄ではありませんが、世界各地にある原発のうち1次的被害を受け電源を喪失した場合、メルトダウンします。また、管理者が不在となった原発もいずれメルトダウンするものと思われます」
「次に2次的被害についてご説明します。彗星の落下予想個所が大西洋の真ん中であり、水蒸気が雲になって厚く地球を覆うことは確実です。この雲には森林部の焼失による二酸化炭素も大量に含まれています。
地球を覆うこの雲は70年は晴れない予想です。この雲により地表に降り注ぐ太陽光が遮られるため当初急激な寒冷化が進み、わが国でも平均気温が30度ほど低下し多くの地域が氷で閉ざされます。また、初期の森林火災と、光合成の不活発化により大気中の酸素濃度も急速に低下し、現在21パーセントある酸素濃度が16パーセント近くまで低下します」
「その後水蒸気や二酸化炭素による温室ガス効果で地球全域の気温が上昇していきます。気温上昇はインパクトから50年後にピークを迎え、赤道地帯の摂氏70度をピークに緯度35度以内において気温は摂氏60度を超えると予想しています。摂氏60度はタンパク質が凝固する温度ですので、緯度35度以内の地表の生物は絶滅しています。
この気温上昇により南極の氷も急速に融解し、雲が晴れ気温が現在と同程度まで低下すると考えられる100年後には南極の氷の70パーセントが水となって海に流れ込みます。その結果、海水位は40メートルほど上昇し低地部は水没しています。
酸素濃度が現在の水準まで回復するには少なくとも400年はかかると思われます」
この予想はおそらく正確なものなのだろう。このまま発表すればパニックだろうが、大空洞に避難できるとわかれば、パニックは回避できるかもしれない。
パニックもなく無事避難できたとしても、これでは雲が晴れても地表への帰還は望めそうもない。ということは避難とは名ばかりの完全な移住だ。
とにかく早くから動いてある程度避難先の目途を立てておいてよかった。
「岩永さん。そういった状況ですので、日本国民を岩永さんの大空洞に避難させてください。お願いします」と防衛大臣と川村局長を含めた防衛省の全員が俺に向かって頭を下げた。
「分かりました。
彗星衝突のニュースが出た時からわたしのほうで準備はしてましたので、大空洞の方は大丈夫です。
日本の人たちを受け入れるため、こんな感じに街を作ってみました。水、食料、そのた消耗品も提供できると思います。いちおう1億6千万人を想定しています」
そこで俺はドローンで撮影した1億6千万都市の空中写真を錬金工房の中で人数分に増やして出席者に配った。
「後は人が生活してみておいおいやっていくつもりです」
「すでにここまで。ダンジョンマスターとは」
「できることは早めにやっておいた方が安心ですから。
もっとも、これは簡易版で作っただけの避難所なので先ほどのお話からすると、本格的なものが必要そうなので、避難が終わって落ち着いてから少しずつ日本を創っていきましょう」
その後俺は、避難の要であるゲートの設置について話した。
「大空洞へ直接つながるゆらぎを各県に二つずつ程度作りましょう。ゆらぎを設置する場所の地図か何かを至急作ってください。小笠原諸島とかの離島も忘れずに」
「大至急作成しお渡しします」
しっかし、大空洞を開放するのは巨大彗星が地球に衝突する時だろう。とか以前冗談で言っていたがまさか本当になるとはな。
大空洞に続くゆらぎさえ作ってしまえば、避難については防衛省に任せておけばいいのだが、何とかして彗星を破壊できないものだろうか? もしくは俺のアイテムボックスに取り込むとか?
俺のアイテムボックスの中には長さ10キロの6角柱が入っているから、もしかしたら直径10キロの彗星が丸ごと入るかもしれない。とはいえ、柱というか棒と球では違うし、重さが5千億トンとなるとちょっと無理のような気もする。
それでも言うだけは言ってみるか。
「あのう、彗星ですが、わたしのアイテムボックスに収納できるかもしれません」
「「はっ?」」
華ちゃん以外全員が半分口を開けて俺の顔を見た。
「やってみないと分からないんですが、彗星をこの目で見てちゃんと認識できればアイテムボックスの中に収納できるかもしれません。今までそこまで大きなものを収納したことがないので無理かもしれませんが、一応長さ10キロの柱は簡単に収納できたので、可能性はあると思います」
「10キロの柱も気になりますが、それは置いて、
彗星をちゃんと認識するとは?」
「この目ではっきり見るのが一番なんですが、精度の良いカメラでリアルタイムで全体像がつかめるなら認識できると思います」
「ということは精度のいいカメラを積んだ人工衛星?」
「局長、NASAに依頼してジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡で彗星を撮影してはどうでしょう。リアルタイムで画像を送ってもらえばいいだけですから」
「ダメもとだし、その線で行くか」
その会議中にも野辺次長がスマホで外部に連絡し、外務省を通じ合衆国政府に対してその依頼がなされたが、間を置かず合衆国から回答があった。
『NASAのコントロールセンターが暴動の被害に遭い、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の運用体制も崩壊しているため力になれない。この回線の維持も困難なため数日後には不通になると予想される』
「こうなったらJAXAだな」
防衛省からJAXAに問い合わせを行なったところ、JAXAが運用している各種の観測衛星では防衛省の監視衛星を含めパサント彗星の光学的観測は不可能との回答があった。また1カ月以内に打ち上げ可能なロケットはないとのことだった。
「万事休すか」
会議の終了時、防衛省からゆらぎを作る国内100カ所近くの位置が記された地図を渡された。
「ゆらぎそのものはすぐ作りますが、不活性化して見えなくもしておきます。避難の誘導準備もあるでしょうから、準備ができたら連絡ください。連絡を受け次第活性化させます」
「よろしくお願いします」「「お願いします」」
会議を終えた俺は、華ちゃんを屋敷に連れ帰り、それから俺一人コアルームに跳んで大空洞につながるゆらぎを地図で指定された場所に作るよう頼んでおいた。
「できたゆらぎは不活性化しておいてくれ」
「はい。……。
できました」
もちろんインパクト後の予想は適当です。




