第499話 ゼンジロウⅠ世、国賓訪日1
日本にはるばる旅立つゼンジロウ1号と護衛のアスカ1号を宮殿に送り届けた翌日。
朝食を食べていたら、エヴァが、
「今ごろゼンジロウ1号さんは宮殿から馬車に乗って日本町に向かってるんでしょうね」
「たった3日間の辛抱だし」
「その3日間の辛抱ができなかったのが岩永さんだったような」と、華ちゃん。
これは厳しい。おっしゃる通り。ここで反論しても仕方がないので、ダメージをやわらげる方向で対応することにした。
「それはそうなんだけど、たまたま、マハリトの方で明後日用事が入ってしまったので、結果オーライだったんだよ」
「どんな仕事なんですか?」
「マハリトが落ち着くまで、週に1回程度顔を出すことにしたんだ。それがちょうど明後日になったってこと。戦後の国の立て直しでかなり厳しい状況だったんだけど、優秀な人材もいたようで目途は立ったようだ。そうは言っても軍隊も壊滅状態で立て直すにも一朝一夕では無理なんで、それの対応とかあるんだよ」
「ハリト国王は真面目なんですね」
「華ちゃんは俺のことを誤解していないかな? これで俺は週に3日も働くことになってしまったんだ。少しは尊敬してくれてもいいと思うけどな」
「お父さん、わたしはお父さんのことを尊敬しています!」と、キリア。
「「わたしも!」」「わらわもじゃ。華ちゃんは、ゼンちゃんに対して厳しすぎるのじゃ。まあ、気持ちは分かるのじゃがな」
華ちゃんの気持ちが分かるのか。さすがアキナちゃんだ。一緒に住んでいる者の気持ちもある程度わかると言っていたものな。
で、華ちゃんの顔を見ると、少し赤らんでいた。何だ?
「……」
「そういえば、お父さん。ゼンジロウ1号さんが戻ってきた翌日から日本町の工事が始まります」
「そういえばそうだったな。そっちはエヴァに任せておいて大丈夫だな」
「はい。
最初は測量です。お爺さんの町に簡易宿舎を建ててそれ以降の工事を大々的に進めていくそうです」
「エヴァ一人で手に負えなくなってきたら、人を雇っていけばいいからな」
「はい。
でも、まだ大丈夫です」
「無理はするなよ」
「お父さん、ありがとう」
うちにはテレビはないのだが、ゼンジロウ1号の来日はN〇Kで生中継されたらしい。明日は民放、そして最終日の明後日はまたN〇Kで放送されるということだった。
うちの連中は、ネット配信でゼンジロウ1号の訪日の様子を見るそうだ。
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第28ピラミッド=ダンジョンの近くに建設された新しい道路がある。その道路の先は山の斜面に鉛直に立つコンクリートの壁で唐突に終わっていた。
その壁の手前で通常よりよほど広く確保された路側帯に、リムジンを含めた外務省の黒塗りの自動車、ダンジョン協会の車両や県警の車両の他、報道機関の車両そして、N〇Kの大型放送車が停められていた。
N〇Kの中継は8時45分から始まった。
「特別番組『オストラン国王来日。第1部』です。この番組は9時15分までお送りし、第2部としては教育放送で正午より30分間その他の番組の予定を変更してお送りいたします。
本日9時過ぎ、オストラン国王ゼンジロウ国王陛下が国賓として来日されることは皆さまご存じと思います。
この番組では、ゼンジロウ国王陛下の日本への到着のご様子を皆さまにお伝えします。
今日はスタジオにダンジョン評論家でweb小説家の山口遊子さんにお越しいただいています。
山口さんいかがです?」
「山口です。よろしく。
いろいろお話したいことはありますが、まずはオストラン国王を待とうじゃありませんか」
「そうですね。
中継の山田さん、そちらの様子はいかがですか?」
『はい。
御覧の通り、道路の突き当りには巨大なコンクリートの壁がそびえています。
外務省の発表によりますと、このコンクリートの壁に沿ってダンジョンへのゆらぎができ、そのゆらぎからオストラン国王ゼンジロウⅠ世を乗せた馬車が現れるということです』
コンクリートに続く道路の左右には県警機動隊員たちが並んでいる。
「人為的にゆらぎができるということでしょうか?」
『はい。発表では、オストラン王国の技術なのだそうですが、外務省でも詳細は分からないとのことでした』
「解説をお願いしている山口さん。そのあたりいかがですか?」
「ダンジョンとの長い付き合いの中、生れた技術なのでしょう」
コンクリート壁の前には進入禁止の立て札が立てられ赤白の柵が設けられていた。午前8時50分。それまで待機していた作業員たちが係員の指示で進入禁止の柵に向かって走っていった。
『いま、通行止めの柵がダンジョン協会の作業員のみなさんによって撤去されました。
予定では、9時ちょうどに道の先のコンクリートのわずか手前にダンジョンへのゆらぎが現れることになっています。
そして、9時3分前後に、オストラン国王ゼンジロウⅠ世を乗せた馬車がゆらぎから現れることになっています』
午前9時ちょうど。
『3、2、1、あっ! いまゆらぎがコンクリートの表面に現れました。このゆらぎはオストランの技術によるものだそうです。詳細は不明ですがピラミッド前のダンジョンのものと比べかなり大きなものです』
コンクリートの表面に揺らぎが見え始めた。レポーターの言うようにピラミッド前のダンジョンのゆらぎと比べればよほど大きく、そこに続いている幅広の2車線道路などより幅があり、高速道路のトンネルの高さよりも高さがある。
ここでいったん映像はスタジオに切り替わった。
「オストランへの視察団の報告からオストランと日本との時差については全くないと分かっていましたが、ただいま計測した結果、100分の1秒まで精確でした。
山口さん、このことをどう思われます?」
「この時間の精確さが、何を表しているのか? ゆらぎを作る技術も含め仮説はありますがまだ発表できる段階ではないのでここでは控えさせていただきます」
「発表される時をお待ちしています。
それでは中継の山田さん、そろそろですね」
『ゆらぎの中は、100メートルほど距離のあるダンジョン空間になっているそうです。
オストラン側にもゆらぎがあり、オストラン側のゆらぎを通った馬車がダンジョン内を100メートル移動して、それからこちら側のゆらぎから現れるとのことです。
あっ! いま馬が、先頭の馬車がゆらぎから現れました。2台目の馬車もゆらぎから現れたようです。前の馬車は2頭立てですが、後ろの馬車は4頭立てで、大型馬車です。
2台の馬車はそのまま進んでいき、いま停止しました。前方の2頭立ての馬車の中から、鎧を着た兵士? 騎士? が4名降り立ちました。そのまま後方の馬車に駆け寄り、馬車の扉を開けました。いよいよゼンジロウⅠ世陛下が日本の地をお踏みになります。
後方の大型馬車からは女性が2名、男性が3名。その中で現代風の濃いグレイのスーツ姿の人物がゼンジロウⅠ世陛下だと思われます』
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この日は週末だったが、勇猛果敢の3人はダンジョンに潜らず各自オストラン国王の来日の様子を自宅のテレビで見ていた。
『……。いよいよゼンジロウⅠ世陛下が日本の地をお踏みになります。
後方の大型馬車からは女性が2名、男性が3名。その中で現代風の濃いグレイのスーツ姿の人物がゼンジロウⅠ世陛下だと思われます』
「あっ! やっぱりZさんだった!」
その時、3人が3人とも別々の屋根の下で同じ声を上げた。
そして、3人はいつものドト〇ルに集合することになった。
飲み物と食べ物をトレイに乗せた3人は、いつものように店の奥の席に陣取って、飲み物を飲みながら、
「予想通りだったと言っていいのか分からないけど、顔も体つきもやっぱりZさんだったね」
「わざわざ日本の山陰地方にオストランからやってきたけど、本当のZさんだったら転移ができるんだから、この街とか東京に来た方が早かったんじゃないか?」
「あのゆらぎってオストランの技術だって言ってたじゃない?」
「うん、言ってた」
「ということは、山陰の人には悪いけど、Zさんが指示してわざわざあんな僻地にゆらぎを作ったってことよね?」
「そういうことだよな」
「あのゆらぎをあそこに作ったのには、Zさん的にちゃんとした意味があるのよ」
「どんな?」
「そうねー。あのゆらぎのある町に何か関係があるのかも?」
「どんな関係?」
「わかんない。
もしかしたら、Zさんの故郷かも?」
「故郷に錦を飾ったってことか」
「「ありえる」」




