第495話 ハリト国王5
防衛省での会議の翌日。
この日はマハリト城への出勤日だ。俺のシステム手帳の中は謎のメモと出勤日だらけなのだ。
9時前に玉座の間に現れたらすぐにスカラム宰相によって会議室に連れ込まれてしまった。
会議室の中にはとカフラン軍務卿の他におばさんが一人椅子に座っていて俺が部屋に入ったところで二人が起立した。俺が一番奥の椅子に座ったら、みんな揃って席に着いた。こういうのは何気に気持ちいいぞ。
俺の知らないおばさんが、再度立ち上がって俺に向かい、
「陛下、財務卿を勤めるディズレーです。よろしくお願いします」と頭を下げられたので、俺も軽く頭を下げておいた。
「わたくしから、わが国の財務状況についてご説明します。
300万枚を超える金貨を陛下より賜ったことで、わが国の借金は残すところ金貨10万枚を切りました。
今回の出兵での兵士の損害は今のところまだはっきりとはわかりませんが、遺族への弔慰金、負傷者への見舞金などで、金貨100万枚の出費が必要となります。それに加えて捕虜の買戻し金が必要になりますが、士官については士官の実家が支払いますので兵卒の買戻し金額になります。一人頭の金額はそれほどでもありませんが、人数が不明ですのでミルワが捕虜の引き渡し条件をわが国に示さなければ金額は概算もできません。これはあくまで予想ですが、ミルワ軍は今回陛下のドラゴンをこのマハリトでも目にしたわけですから、かなり安く値段を設定するものと思っています。
戦後の出費についてはいったん王都内の商家などから借り入れることになります」
金貨100万枚程度は簡単に工面できるが、あまりやり過ぎるのもな。
「わが国の収入ですが、通常年間金貨150万枚。支出が昨年まで金貨200万枚でした。1年で金貨50万枚が不足していましたが。これは前王の奢侈によるものです。これからの1年については収入金貨140万枚、支出は弔慰金などの特別支出を除いて130万枚。これは軍の整備は含まれていません」
ハリトはかなり厳しいなー。イワナガ・コーポレーションがどれだけ優良企業か分かる。オストラン王国も黒字だしこれからどんどん黒字幅は大きくなるはずだ。
「前王が運びきれず城に残した絵画や彫刻、その他の物品については順次処分を考えていますがよろしいでしょうか?」
「どんどん売り払ってください」
オストランには国の体裁というものがあったが、ハリトはもう破産していたようなものなのでなりふり構っていられない。この借金経営を何とかしようと思って前王はミルワに対して無茶な戦を仕掛けたのかもしれない。
「はい。
前王を捕縛した場合、所持している物品も処分いたしますが、よろしいですか? その中には前王妃、妾妃、子どもたちも含まれます」
「処分とは?」
「奴隷に落とし売却します」
子どもか。助けてやりたい気持ちがないではないが、郷に入っては郷に従え。財務卿の言葉に宰相も軍務卿も何も言わないということは、この3人にとっては決定事項なのだろう。
「陛下、ご心配には及びません、奴隷の買い手はほとんど彼らの身内でしょうから」
そうか。国内の有力者の家から王妃や妾妃が前王のもとに嫁いでいたわけか。それなら高く売れそうだ。
「物品の売却はセリになりますので正確な金額は分かりませんが、今回の戦での弔慰金などの借入先は前王妃や妾妃の実家を予定していますので、借入金の金貨100万枚はくだらないものと思います」
このおばさん大したものだな。ただ、これまで前王の出費を許していたところは減点かもしれない。
「さすがはディズレー財務卿。今まで前王の言葉通り動いていた前の財務卿を更迭して今回抜擢しただけのことはある」
ナイスタイミングでスカラム宰相のアシストが入り、ディズレー財務卿の減点は帳消しになった。
ディズレー財務卿の報告の後、カフラン軍務卿が軍の状況について説明を始めた。
「敗戦の陸軍兵士たちも都に戻りつつあります。これまで判明したわが軍の損害ですが、ミルワでの戦闘により中軍3万の内最低でも1万死亡。左軍、右軍合わせて1万。援軍として送った兵、約2万の内、8千が死亡。負傷者数、逃亡者数については今のところ不明です。死亡者はこれから増えると思います。
海戦によりわが方の300人船10艘、200人船15艘、100人船40艘のうち、300人船10艘、200人船12艘、100人船25艘を失い、人員も6000人余が行方不明です」
陸も海も全くの壊滅だな。
「海軍の行方不明者については、生存の可能性はあります。海軍の回復には10年はかかると思われます」
「海軍がちゃんとしていないと海賊の被害も出る可能性が高くなるでしょうから、わたしの方で商船などの護衛用にゴーレムを用意しましょう」
「ゴーレム?」
「シャチって名まえの大型の海生動物がいるんですが、それに似せたゴーレムがあるんですよ。そいつに船を守らせれば海賊などは近づけないでしょう。使い方はこの会議が終わったら教えますよ」
「よろしくお願いします。
負傷者については、少しずつ王都に帰還してきています。彼らには陛下より賜ったポーションを服用させており、多くの兵の傷がすでに癒えております」
それは良かった。
「ポーションの在庫の方はどうです?」
「だいぶ少なくなってきています」
「そんなに腐るものじゃないから、1万本くらい玉座の間に置いておこうか」
いつもの50本入り段ボール箱で200箱。その場で作って、玉座の前に転送して積んでおいた。
「いまポーション1万本、箱に入れて玉座の前に積んでおいたので後で片付けてください」
「「ありがとうございます」」
最後にスカラム宰相から、前王の捜索についての説明があった。
「前王の潜伏先は突き止めており現在監視中です。護衛の傭兵が20人ほどで守っているということですので、十分な兵の手当てができ次第突入して捕縛いたします」
「分かりました」
「陛下。今日はこんなところです。ありがとうございました」
「了解。
それじゃあ、カフラン軍務卿。港に案内してもらえますか、ゴーレムの使い方を教えましょう」
「はい。
馬車を城の前に回しますので、陛下はここでしばらくお待ちください」
カフラン軍務卿はそのまま部屋を出ていった。バタバタ廊下を走る音がした。
10分ほど待っていたらカフラン軍務卿が息を切らせて帰ってきた。部下はいないのか? と思ったが何も言わず、呼吸を整えながら先を歩くカフラン軍務卿の後について城の車寄せで用意されていた馬車にカフラン軍務卿と乗り込んだ。そこまでスカラム宰相とディズレー財務卿がついてきたのだが、そこで二人は城の中に帰っていった。
俺とカフラン軍務卿を乗せた馬車の後にもう一台馬車が続いていた。護衛が乗っているということだ。都の中が危険だと思ったことはないが、それなりの格好は必要だものな。
馬車は城から20分ほどで港に着いた。
港の船着き場から海に突き出た桟橋の先まで二人で歩いていき、メタルゴーレムオルカのフィギュアを1つカフラン軍務卿に手渡した。
「カフランさん、そのフィギュアを海に向かって投げ込んでください。それでフィギュアは本来の大きさに戻ります。元の大きさに戻ったゴーレムのことをメタルゴーレムオルカと呼んでいます。オルカというのはさっき言ったシャチの別の言い方です」
カフラン軍務卿が俺の言った通りフィギュアを海に投げた。フィギュアが水面に当たった瞬間青い光の中でフィギュアがメタルゴーレムオルカにもどり、大きな水しぶきを上げて海の中に落っこち、しばらくして海面から首を出した。
「メタルゴーレムオルカに向かって、どこそこの船を守れと口で指示すればその通りその船を守ります。
通常メタルゴーレムオルカは海の中にいるので、なるべく大きな声で海面に顔を出すように言ってください。船の護衛が終われば任務終了なので、そこで新しい命令を出せばその命令に従います。
海の深いところに潜ってしまうと人の声くらいだと声が聞こえないと思うから、いつも背びれだけは海面から上に出しておくよう言っておいた方がいいな」
「はい」
「それで、このメタルゴーレムオルカはフィギュアからこの形に戻した人の命令を聞くようになっています。
誰が命令権を持っていようが、わたしの命令が優先されますが、そこは今回どうでもいいでしょう。
ここに仕事もないのにメタルゴーレムオルカを置いておくと邪魔でしょうから、いったんわたしがしまっておきます」
俺はそう言って顔を水面からのぞかせていたメタルゴーレムオルカをそのままの形でアイテムボックスに回収しておいた。
「城に戻ったらフィギュアを101匹渡しておくので有効活用してください」
「ありがとうございます」
「101匹でよその国の海軍を襲えばそれなりに効果はあると思いますが、くれぐれもこっちから攻めていかないように」
「心得ています」
馬車に戻って、また20分ほどかけて城に帰り101匹分のフィギュアゴーレムオルカを段ボール箱に詰めて玉座の上に置いておいた。帰って来た時にはヒールポーションの箱は片付けられたようで玉座の間にはなかった。




