第438話 エレギル6、長い夜1。
俺はその場でアイテムボックスから防具を取り出して身に着け始めた。港の方からはまた喚声が聞こえ始めていた。その喚声は少しずつ町の方に移動している。ということは町側が押されているということか。
戦いに積極的に介入することは避けたいが、エレギルの家族が心配だ。
「岩永さん、まさか戦いの場に?」
「使われている武器は弓矢に剣や槍だから俺の脅威にはならないと思う。それにここはダンジョンの中だからメタルモンスターを使うこともできる」
「それなら、最初からメタルモンスターで戦いに介入したほうが良くないですか?」
「メタルモンスターを使うとしても相手は人間だから、近くで細かな指示が必要と思うんだ」
「岩永さんがいくなら、わたしもいきます」
「華ちゃんはいいよ。もしものことがあれば大変だし」
「わたしならある程度の距離まで近づけば、グラヴィティーで双方を抑え込むことができます」
たしかに。
メタルゴーレム1型101体を前面に押し立てて有無を言わさず押し通ろうと思ったが、華ちゃんが魔法を使った方が安全だ。矢くらいなら、華ちゃんに向かって飛んでくる数など全て俺が叩き落せるし、その気になればそのまま収納もできる。もちろん華ちゃんがグラビテーを発動できる位置まで正々堂々と近づいていくわけではないので、俺や華ちゃんの姿をグラビテー発動前に見つけられる可能性も甚だ低い。
「分かった。そうしたら、防具を着けたほうがいい」
華ちゃんは自分のアイテムボックスから防具を取り出して身に着け始めたので、先に防具を着け終わった俺は華ちゃんが防具を身に着けるのを当り障りのない範囲で手伝った。
華ちゃんの準備ができたところで、
「エレギル。しばらく下のキャビンの居間で待機していてくれ。
そんなに時間はかからないで迎えに来るから」
「はい」
先ほどまでの俺たちの会話の内容はエレギルには理解できなかったかもしれないが、これから俺たちが戦いをおさめるために何か行動を起こすくらいは理解しただろう。
「それじゃあ華ちゃん。行こう」
ブリッジの中から俺が認識できる範囲で、遮蔽物の陰になり港方向から死角になったうえ最も接近した場所に向かって俺は華ちゃんを連れて転移した。すぐに二人でその場にしゃがみ、遮蔽物になった小屋の脇から顔をのぞかせて、前方の様子を確認した。
戦いは再開していたが、海側が明らかに押しており、各所で町側の部隊が取り囲まれそうになっている。
「華ちゃん、ここからいけるか?」
「あと50メートルほど近づけることができれば確実ですが、ここからでもグラヴィティーで半分以上は拘束できます。先にここから半分動けなくして、それから急いで近づいて残りを動けなくしてしまいましょう」
「じゃあ、やってくれ」
「グラヴィティー!」
華ちゃんのグラビテーによって攻撃側、防御側、双方の兵隊?たちが地面に押さえつけられた。そんなに強いグラビテーではないようで、地面の上であがいているのだが、立ち上がれそうな感じでは全くない。
俺たちは身をかがめたまま、兵隊たちに接近していく。グラビテーの効果範囲外だった兵隊たちは異変に一瞬動きを止めたが、俺たちに気づくことなくすぐに戦いを再開した。
そして、2度目のグラビテーが華ちゃんから発動され、立って動いている者はいなくなった。
「華ちゃん、ご苦労さん。これってどれくらいもつのかな?」
「弱めにかけましたが、その分長めになっているので20分はこのままです」
「20分もあれば十分だ。ロイヤルアルバトロス号に戻ってエレギルを連れてこよう」
「はい」
どちらかの勢力が後からここにやってきたら、地面の上でうごめいている片側の勢力は皆殺しに遭うかもしれないので、コアルームの隣りの通路の警備用に作った強化メタルゴーレムを10体、フィギュアから戻してやった。
「警備用メタルゴーレム、ここに近づいてくる武器を持った者を排除しろ。間違っても殺さないように」
俺は華ちゃんを連れてロイヤルアルバトロス号の居間に跳び、そこでエレギルの手を取ってさっきまで立っていた場所に転移した。転移についてエレギルは何も言わなかった。ここで時間をとっても仕方ないことを分かっているのだろう。
「エレギル。おまえの家まで案内してくれ」
うなずいたエレギルが黙って駆けだした。
俺と華ちゃんはエレギルの後を追って町の中に入っていった。道には兵隊たちの死体のほか突き殺されたり切り殺された一般人の死体も転がっていた。俺は用心のため如意棒をアイテムボックスから取り出して右手に持った。
この町にも昨夜大雨が降ってある程度湿っていたのかもしれないが、町中では屋根が焼け落ちた家が何軒もあった。中まで火が燃え広がっていた家もそれなりにあり、今も煙や水蒸気が家の中から立ち上っている。エレギルのすぐ後について港から一つ向こうの広めの通りに入っていくと、ケガをした人や焼け出された人が道の上に座り込んだりしていた。みんな俺たちのことをおびえたような目で見ていた。俺が手にした如意棒をしまってからは俺たちを見ておびえるような目を向ける者は少なくなった。
エレギルが足を止めて見つめる視線の先の家はこれまで見た中で一番被害が大きいものだった。もちろん屋根は焼き落ちて、通りに面した側の壁も半分焼け落ちていた。中はまだくすぶっているようで煙とも湯気ともつかないものが立ち上っていた。
「エレギル#%?#@……(エレギルじゃないか、お父さんお母さんが昨日から心配してたよ)」
道端でしゃがんでいた女性がエレギルに話しかけた。
「%*@{#(おばさん)
&%>≪¥=!&%……(うちの父さんと母さん見ませんでしたか?)」
「&%#<UB+(わたしも見ていないんだよ)」
「#K@(そんな)」
エレギルはフラフラと自宅と思われる建物の中に入っていこうとした。
「エレギル。俺が中を調べてくるから外で待っててくれ。
華ちゃん、エレギルを頼む」
「はい」
おそらくここの連中から見ればそうとう異様な風体の俺と華ちゃんだ。話の内容は分からないにしても、今のエレギルと俺たちの会話の様子からエレギルの知り合いとおばちゃんも察したようだ。
焼け落ちた建物の中に入った俺はアイテムボックスの中からライトを取り出して点灯した。そこは店舗だったようで、半分焦げてしまった衣服や半分燃えてなくなってしまった布の塊のようなものが沢山転がっていた。
まだくすぶって煙が出ているところにアイテムボックスからバケツ一杯分くらいの水をかけながら奥に進んでいった。
店舗の先に進むと焼け残ったテーブルと椅子が何脚か。それに引き出しの沢山ついたタンスのようなものが何個か並んでいた。ここはおそらく作業場だな。
その奥に進むと台所と居間と食堂が一緒になったような部屋だった。そこから折れて隣りの部屋に入ると、そこは寝室だったようで半分焦げたベッドの横の床の上に天井から落ちたと思われる梁を上に乗せ男女が折り重なるように倒れていた。
着ている衣服は半分焦げており、露出した肌も赤黒くなり体液がにじみ出ていた。女性の死体には背中に槍か何かの刺し傷があった。
家が火事になったんだからすぐに逃げだせば助かったろうにと思うが、海賊に襲われてケガをした妻の看護でもしていたのかもしれない。
これはエレギルには見せられないな。俺としてもアイテムボックスにしまいたくはない。
エレギルはまだ14、5歳か。
俺はふと思いついて、梁を収納した後、折り重なった二人の遺体を仰向けに並べて寝かせてやった。その後、エリクシールの瓶をアイテムボックスから取り出して、遺体の上にエリクシールを数滴ずつ垂らしてやった。エリクシールの光が二人の体を覆いその光が消えた時、二人の体だけは元通りに戻っていた。見開かれたまぶたを閉じてやり、それから引き返して焼け落ちてしまったエレギルの家を出た。
「エレギル、ご両親らしい二人が奥にいた」
「それで?」
「残念だが」
「△&#。△&#……(そんな。そんな、……)」
エレギルは建物の中に飛び込んでいった。
「岩永さん!」
「いちおう亡骸はきれいにしてきたからある程度ショックは和らげると思う。ある程度だけだけどな」
エレギルは、まだくすぶっているわが家の中に入って5分ほどして帰ってきた。
「父と母でした」




