第384話 初詣。仕事始め1
俺たちは、俺の知っている中でこれから初詣に行く神社に一番近い場所に転移で現れた。
そこからしばらく歩いて大きな石の鳥居をくぐり抜けるとそこからは参道になっていて結構な人が神社方向に向かって歩いていた。
「さすがにここらで一番大きな神社だな」
「混んでますねー」
「迷子にならないようにしないとな。
親父が一番心配だから、親父は俺の後をちゃんとついてきてくれよ」
「さすがに儂は迷子にならんぞ」
「その気持ちでちゃんとついてきてくれ。
キリア、悪いけど親父がはぐれないように後ろから見ててくれ」
「はい、お父さん」
神社に近づくにつれて、参道が混みあってきた。
「日本の神さまは繁盛しておるのじゃな」
「こういった行事の時だけな」
「なるほどな」
初詣にきて手を合わせる以上、お賽銭をあげないわけにはいかないのでアイテムボックスから500円玉を人数分取り出そうとしたら、3枚しかなかった。仕方ないので、貨幣の私鋳をしてしまった。紙幣は罪になるが、貨幣は、……。通常は貨幣価値より鋳造コストの方が高いのでそんなことをする者はどこにもいないだろうが、罪は罪だろう。ただ、見つかることはないので罰はない。ハズだ。
自分に適当な言い訳をして、簡単にお賽銭の説明をしてみんなに500円玉を1枚ずつ渡しておいた。
参道はかなり混んではいたが、それでも少しずつ列は前に進んで、最初の鳥居から20分ほどで楼門を抜けて神社の境内に入った。境内は参道以上に人で混みあっていて、そこから10分ほどかかってやっと賽銭箱の前に立つことができた。
鈴の紐は3カ所垂れていたが、あいにく近くに無かったので、省略。
二人分の横幅を確保していたので、まずは俺と華ちゃんが並んで二礼二拍手一礼してから500円玉を賽銭箱に入れた。10人でお賽銭を入れても500円玉3枚分のご利益しかないのだろうが、俺たちにはアキナさまという立派な神さまが付いているので大丈夫だ。
そのアキナ神さまが、拝んだ上に500円玉を賽銭箱に入れたわけだから、悪いことは起こらないだろう。
全員参拝を終えて、俺たちはきた道を引き返していった。おみくじやら破魔矢、絵馬など神社の売店で赤い巫女服を着た女の子が売っていたが、混んでいたのでスルーした。
「岩永さんはなんて神さまに願ったんですか?」
「もちろん、うちのみんなの家内安全、無病息災と商売繁盛だな。ポーションがあるから無病息災は飛ばしてもよかった」
「そ、そうですか」
「……」
「あれ? わたしには聞いてくれないんですか」
「じゃあ、華ちゃんは?」
「わたしは秘密です」
なんなんだよ。
初詣も無事終えることができ、参道を引き返して最初の鳥居にたどり着いたときにはちょうど1時間経っていた。
「こんなものだよな」
「うちの神社は正月じゃろうと静かなもんじゃが、都会の神社はものすごえんじゃな」
「うちの神社はアレはアレでよくやってるんじゃないか?」
「若えもんがおらんようになって祭りもできんやんなったし、宮司もおらんようになったしな。
神社の掃除だけは氏子でやっちょーけどえつまでもつかは分からん」
「ダンジョンが始まればダンジョン景気で、神社も持ち直すんじゃないか?」
「そうならええけどな」
俺も生まれた町を捨てて都会に出てきた口なのでエラそうなことは言えないからな。住んでいる親父たちからすると、過疎化は切実なんだろう。お世話になった故郷の町おこしという意味で、裏山のダンジョンの入り口近くにニューワールド、オストラン直通の出口を作ってやるか。
俺たちはそのまま歩いてJRの駅を越え、その先のビルの中に入っているレストランで昼食を取った。
おせち料理を2回続けたので、定番のカレーを注文した。1名を除きビーフカレーだったが、その1名はカツカレーを頼んだ。もちろん全員完食している。
昼食を食べ終え、屋敷に帰ってから、俺は親父を実家に送り返した。
「善次郎、だんだんな」
「ああ」
週末になり、俺は久しぶりにオストラン神殿に跳び、そこでローゼットさんを連れて宮殿に出勤した。俺にとっての仕事初めだ。ブラウさんは俺が神殿に到着する1時間ほど前に王宮に向かったとのことだった。
俺が執務室に現れて、侍女が用意してくれたお茶を飲んでいたら、ブラウさんがやってきた。
「陛下、ご苦労さまです。
視察団の視察先の要望リストをお持ちしました」
リストを見ると、分野については教育、農業、土木関係、冶金、機械、電気、法律などで、
具体的な視察希望リストを見ると、学校、農林水産業、道路建設工事、上下水道設備、各種工場、港湾、鉱山、自衛隊など理由と一緒に並べられていた。
問題なし。
「次は、日本区画です。
都の東運河の先に500メートル四方の区画を確保しました」
東運河というのは、オストランに通じる街道が横切っている運河のことだろうから、なかなかいい立地じゃないだろうか。しかも500メートル四方だ。25ヘクタールとなると東京ドーム何個分か分からないが100メートル四方のビルが25個も建つわけだから相当なものだろう。
「それだけあれば、かなりのものですね。4月あたりにダンジョンの出入り口としてピラミッドをそこに作って、日本との行き来ができるようにしましょう」
「夢のようですね」
「オストランの現代化を実現させていきましょう」
「はい」
貰った書類については念のためコピーを取って、コピーはブラウさんに渡しておいた。
「いちおうそれは、写しということで持っていてください」
「かしこまりました」
ブラウさんは俺からリストを受け取り、矯めつ眇めつ眺めながら引き上げていった。
この日はハンコ仕事はなかったようで、忘れないうちにと、エヴァとキリアにクリスマスプレゼントでもらったシステム手帳に華ちゃんからもらった万年筆で、視察団のため、
「日本語スキルブック」と、書いておいた。
メモを書き終えた俺は、ローゼットさんに『スキルブックを作ってくる』と言って、コアルームに跳び日本語用スキルブックを9個用意させた。
スキルブックがコピーできれば面倒はないのだが、コピーできるとそれはそれで大問題のような気もするのでそれでよかったかもしれない。
2分ほどで執務室に戻り、スキルブックを机の上のレタートレイに入れてローゼットさんにブラウさんの部屋に運ぶよう頼んでおいた。俺が跳んでいった方がもちろん早いが、驚かすことになるのでローゼットさんを使った。
あとは、イオナからクリスマスプレゼントでもらった俺の雄姿を描いた油絵を飾るだけだ。
俺の背中の高級そうな板張りの壁に木ねじを金づちで打ち込んで、それから大きなドライバーでねじ込んでいたのだが、ちょっと木ねじの位置が高かったのと板が硬かったせいでなかなか木ねじが壁の中に入っていかない。何度かドライバーが木ねじの頭から外れて壁に傷をつけてしまった。ドンマイ。
そのうちローゼットさんが帰ってきて、
「陛下、何をされていらっしゃるのですか?」
「壁に額縁を飾ろうと思って木ねじを……」
「そういったことは、王宮を管理している部署の者にいいつけて行なっていただいた方がよろしいかと思います」
「じゃあ外そうか?」
「もうそのままでよろしいかと」
ローゼットさんから許可が出たので、アイテムボックスから絵の入った額縁を取り出し、壁から飛び出た木ねじの頭に額の金具を引っ掛けておいた。
「これは、成王の試合での陛下のお姿!」
「娘のイオナが描いてくれたんだ」
「これほどの絵を描ける画家が王女さまに。
そういえば、バレンに天才少女画家が現れたという話を耳にしたことがありますが、王女さま?」
「ふふん。そうなんだよ。イオナは先日日本で開かれた美術コンクールでここでいう宰相に当たる総理大臣賞と教育関係の大臣の賞をとったんだよ。フフフ」
「確かに素人の私でも陛下のその絵は素晴らしいと思いますから、見る人が見ればそういった評価になるのでしょう」
「うん、そう思う」
「陛下、この絵は陛下の執務室ではなく、玉座の間に飾った方がよくありませんか?」
「そうか、それもいいかもしれないな」
「それでしたら、わたしのほうで手配しておきます」
ローゼットさんはそう言って部屋を出ていった。
よーし、絵のことも片付いたし、これで今日の仕事は終了だ。昼食までコミックを読んでおけばいいな。
午後から人がきてイオナの絵を飾れるよう玉座の間の後ろの壁にフックを取り付けて絵を飾ってくれることになったと帰ってきたローゼットさんから報告を受けた。
そのあと昼食をローゼットさんと一緒に食べた俺は、食後のお茶を飲んで『それじゃあ、次の週末』と言って屋敷に戻った。
屋敷に戻った俺は、そろそろコミックの新しいのを仕入れないといけないな。とか考えながらコタツに入っていた。
何か忘れているような?
気になるのだが、思い出せない。
こういう時こそシステム手帳だと思い出し、システム手帳を広げたらただひとこと『スキルブックを作ってくる』しか書き込まれていなかった。
いっかーーん!
なんだっけなー? 今日宮殿であったことを順に思い出していけばそのうち『忘れていた何か』を思い出すだろうと思って、今日の午前中のことを思い出そうとしたのだが、朝ローゼットさんを連れて執務室に入り、出されたお茶を飲んだところで記憶がぷっつり途切れていた。
いっかーーん!
そうだ! 新年になったから、みんなに高級なヒールポーションを飲まさないと。
だけど、ヒールポーションは宮殿関係ではないよな。
これも忘れてはいけないことなので、ちゃんとシステム手帳に書いておこう。
『ヒールポーション』
これでいい。
はて? 俺は今まで何をしていたんだろう?
なんだっけなー。
システム手帳を見れば思い出すはず。
システム手帳を見ると、書き込まれていたのは、
『スキルブックを作ってくる』
『ヒールポーション』
の、二つだけ。
『スキルブックを作ってくる』の意味は分かるが、二つ目の『ヒールポーション』って何だ?
とうとう俺のところにもきてしまったのか? 若年性が! 冷や汗と一緒に背筋に冷たいものが。
『親父、ボケの世界に一足早く先立つ不孝をお許しください!』
俺は心の中で親父に詫びた。
……。




