第381話 大晦日、ニューワールド公表。
年の瀬も押し迫って大晦日になった。
この日、午前9時。
政府からダンジョンに関する重大発表があると事前にメディアやネットを通じて流れていたため、多くの国民はテレビやパソコン、スマホの画面を眺めていた。
この日勇猛果敢の3人は、ダンジョンに潜ることなくド〇ールに集まり、2度目の朝食をとりながら政府発表をスマホで見ていた。当初は、外務省の記者会見室から外務大臣による発表が予定されていたが、官邸から官房長官が発表することになった。
スマホの画面の中で、官邸の記者会見室から官房長官が話し始めた。
『……。そういった状況であります。
宇宙からのファーストコンタクトではありませんが、人類はダンジョンを通じ初めて他の人類と接触したわけであります。
すでに、外務省では先方、ニューワールドの一国であるオストラン王国政府と接触を果たしており、近日中にオストラン王国からの視察団を受け入れる予定です。先方の視察が終わり次第わが国からも先方に視察団を送る予定です。
そして、オストラン王国との接触の過程で魔法の存在も確認しております。
ご質問ありますか?
そちらの方、どうぞ』
例の名物女性記者は他の記者からの強い要望で官邸の記者会見室に出入りしていない。
質問に立ったのは、某新聞の記者だった。
『魔法というのは?』
『いわゆる魔法です。何もないところに火を点けたり、明かりをともしたり』
『攻撃魔法とかあるんでしょうか?』
『そこは確認されていません』
魔法の存在については半ば当然という雰囲気が国内にはあったのだが、派手な魔法がないのではあまりニュースバリューはない。
『よろしいですか』
『どうぞ』
『先方は、たしかに人類なんでしょうか?』
『もちろんです。
また、外務省が接触したことからもお分かりと思いますが、言語による意思疎通を行なっています』
『よろしいですか?』
『はい、どうぞ』
『ダンジョンの中で、別世界へ通じる出口を発見したということですが、その世界は小説やアニメなどに登場するいわゆる異世界ということでしょうか?』
『ニューワールドの動植物は地球のものと大差ないようですので、別世界というよりいわゆる異世界とお考えになって間違いありません』
『はい!』
『どうぞ』
『そのニューワールドにつながる通路はどのあたりになるんでしょうか?』
『現在、わが国とオストラン王国双方で封鎖しており、一般への公開の予定はありませんのでお答えできません。将来的には公開できるかもしれません。とだけ』
『ニューワールドの視察団が日本にやってくるということですが、異世界との往来で検疫などはどうなるのでしょうか?』
『すでにわが国とニューワールドとはダンジョンを介していますが陸続きです。視察団の方々には簡単な健康検査を受けていただくかもしれませんが、おそらく問題はないでしょう』
『視察団の来日予定は?』
『年明け、1月下旬を予定しています』
『えっ! そんなに急なんですか?』
『水面下で準備を整えていましたから。外務省とダンジョンを管轄する防衛省の努力ということでしょう』
『オストラン王国はどれくらいの大きさの国なんですか?』
『人口で言えば3000万ほどと聞いています。国土的にはフランスとかスペインほどではないでしょうか』
……。
「一心同体のZさんがいろいろ魔法はあるって言ってたけど、政府は攻撃魔法があるとはっきり言わなかったな」
「だって、攻撃魔法って銃と同じじゃない。この日本でそんな物騒なものを持った人が現れたら大変なことになるわよ。まかり間違えれば冒険者が差別されるかもしれないし」
「怖い人間と思われるだろうし、反社の連中が魔法を使えるようになると大変なことになるしな」
「それより、ニューワールド、異世界に行ってみたいよな」
「俺たちが大学に行くころには行き来できるようになってるんじゃないか?」
「わたしもきっとそうなると思う。そうじゃなければ、発表する必要なかったはずだもの」
「そうだよな。国民に発表したってことはそういうことだよな」
「なあ、一心同体のことなんだけど、ニューワールドに関係あると思わないか?」
「あー。あり得るな」
「創作の世界だけれど、異世界に召喚されるとスキルとかもらえるじゃないか。それであんなにすごいんじゃないか?」
「もしもそうだったら、グリーンリーフの3人もおかしくない? いくら身体能力があったとしても他の2チームに比べれば若すぎるし。
それなのに、2チームに比べれば実績が段違い」
「うーん。グリーンリーフが異世界帰りか。こっちもあり得るな」
「そういえば、一心同体の4人の中で中学生に見えた2人はどう見ても日本人に見えなかったろ? グリーンリーフの3人よりも若く見える外国人少女がダンジョン免許を取って超一流ってことは何かないとおかしいものな。もしかしたら、あの2人はニューワールド人かもしれないぞ。あの2人は異世界召喚の逆で異世界からこっちの世界にやってきてスキルを得たとか」
「確かめようがないから、どうしようもないけれど、謎は尽きないわね」
官房長官によるニューワールドと魔法の存在に関する発表を受けて、大手新聞社は号外を出した。見出しには『ニューワールド』『異世界と国交』の文字が躍った。しかし、魔法については今さら感が強くわずかに触れるだけだった。ニューワールドは確かに新天地ではあるが、先住民がいるわけだし、文化程度は近世程度。先方の購買力などたかが知れている。地下資源でも調達できればいいが、近代程度の技術では十分な資源の供給など不可能だし、農林水産資源も同様だ。
それでも、新世界。多くの者は新世界に期待したのも事実で、一目見たい、行ってみたいと思ったことも事実だ。
大晦日の夕刊専門紙はこれまで紅白歌合戦など年末番組の詳細情報などが売りだったが、この日はさすがにニューワールドが第1面を飾った。
そして、いまや押しも押されもしないダンジョン評論家としてブイブイ言わせているweb小説家山口某のコメントも、オレンジ色の夕刊紙の一面に掲載された。
もちろんNHKは紅白歌合戦を予定通り放送したが、視聴率は振るわず、歴代ワースト記録を更新した。
民放キー局も大晦日の番組を変更することはできずそのまま放送した。東京の地方放送局だけは予定を変更してニューワールド特集を放送し、記録的な視聴率を獲得した。
ダンジョン評論家兼web小説家の山口某はこの番組にも出演し自説を開陳していた。
『これから、わが国とオストラン王国の交流は盛んになっていくのでしょうが、先方からの留学生なども受け入れるかも知れませんね』
『言葉の問題があるのでは?』
『異世界と言えば言語スキルが定番です。もちろん視察団としてわが国を訪れる異世界の方々は日本語がペラペラですよ』
『それはさすがにあり得ないんじゃないですか?』
『この国にダンジョンが生まれると2年前に誰が予想しました?』
『それは』
『今までの常識では予想すらできないことが次々と起こっている。それが現実なんです!』
山口某が何を言っているのか司会者にはほとんど理解できなかったのだが、こうまで力強く言い切られてしまうと頷かざるを得ない。
『そうですね』
『さらに言えば、異世界召喚でわが国からニューワールドに転移してスキルを獲得して舞い戻ってきた勇者がそれこそ何人もいるかも知れません。
わたしが疑っているのはグリーンリーフの3人なんですけどね。彼らこそニューワールドから帰還した勇者パーティーに違いない!』
さすがの司会者もこうも話が飛躍してしまうと山口某についていけなくなってきた。しかも、実名まで出してしまった。
『それではコマーシャル』
放送はされなかったが、山口某は続けて、
「そして、すでにわが国にニューワールド人がやってきて帰化までしているかもしれませんよ」
CMが終わった時には山口某の座っていた席は空席になって、その代りつぶらな瞳のクマのぬいぐるみが置かれていた。
『山口さんは急用のため、お帰りになりました』という司会者の声に小さく『もう少ししゃべらせろ! 何をする! ……』という音声が被っていた。
その後、この放送局に対して抗議の電話が殺到したという。




