第37話 三千院華(さんぜんいんはな)
昼食を食べ終わり、後片付けが終わったら恒例の円盤大会だ。
今日の出し物は、なんちゃら室内管弦楽団によるヴィヴァルディの『四季』と、有名なヴァイオリニストと管弦楽団によるメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲 ホ短調。そして、なんちゃら交響楽団によるスメタナの『モルダウ』。最後はラヴェル の ボレロだ。演奏はベルリンなんちゃら、指揮はカロヤン。いやカラ○ンだった。
こういったものは若いうちに聞いておくと情操教育にいいと聞く。
「今日は音楽だ。目を瞑って聞いていてもいいぞ」
それなりにいい音楽を流していたら、眠たくなってきた。見れば子どもたちも眠っている。胎教ではないが眠っていてもいい音楽は情操教育にいいはずだ。そう思っておこう。
リサだけは音楽に合わせて体を揺らしていた。音楽がよほど好きなのだろう。いいレストランも知っていたし、音楽も嗜んでいるような雰囲気がある。詮索したところで無意味だが、昔はどこかいいとこのお嬢さまだったのかもしれない。
曲が終われば円盤を取り換えなければならないので、面倒になった俺は、リサに円盤の出し入れの方法を教えて本格的に居眠りすることにした。
◇◇◇◇◇◇◇
三千院華は、市街を馬車で通り抜ける時聞いたクラシック音楽のことが気になって仕方なかった。
翌日の訓練帰り、馬車は同じ道を通っているはずなので、注意しながら昨日音楽が耳に入った屋敷を探していたのだが、その日は残念ながら、クラシック音楽はどこからも聞こえてこなかった。
そして、次の日の訓練帰り。
馬車が屋敷街を通っているとまたクラシック音楽が聞こえてきた。その音楽が徐々に大きくなっていく。きっとあの屋敷だ。あの曲はボレロにまちがいない。この世界に地球人が住んでしかも文明生活を送っている!
――今なら馬車から飛び降りてあの屋敷に逃げ込める。こんな世界で文明生活を送っている相手ならきっとタダ者ではない。迷惑をかけることになるだろうが同胞を見捨てることはない。と信じたい。相手がもし欧米人だとしても英語なら意思の疎通は可能だろう。万が一、神殿兵たちに連れ戻されたとしても自分は賢者だしひどい目には合わないはずだ。
そういった計算をした三千院華は意を決して、知っているだけの強化魔法を自分自身にかけて、扉を開けて動いている馬車から飛び降りた。
いきなり馬車の扉が開いて、三千院華が馬車から飛び出していったところを目にした山田圭子と田原一葉はかなり驚いた。馬車の前後を進んでいた神殿兵から7名が三千院華を追っていった。その間馬車は停止して、三千院華が連れ戻されるのを待った。
「あの人、一体どうしたのかしら?」
「あんまりおもしろくないから逃げ出したんじゃない」
「こんな世界の中、女子高生一人で生きていけると思ってるのかしら?」
「もう少し頭がいいかと思ったけど、ストレスでいかれたのかもね」
「わたしらとチームで戦ってるときおかしくなられたら大ごとだったけど、かえって良かったかもね。お互いに」
「そうよね」
「一葉、馬車の扉閉めとくよ」
「圭子、ありがと」
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三千院華はここだと思った屋敷に逃げ込もうと走ったが、その屋敷の門は閉まっていた。門扉の高さはそれほど高くはないのでよじ登って越えられそうだった。
肉体強化魔法のおかげで苦労することなく門扉を越えた三千院華は手入れされた前庭を玄関に向けて走っていった。なぜか庭には排ガスの臭いが漂っていたが、その臭いで三千院華は逆に勇気付けられた。
三千院華はたどり着いた玄関先で玄関の扉を叩きながら、大きな声で助けを求めた。
「すみません! この扉を開けてください。私は地球人です。助けてくださーい!」
返事がなかったので、再度三千院華は扉を叩きながら声を上げた。
「すみません! ここを開けてください。私は地球人です。助けてくださーい! ヘルプ ミー!」
◇◇◇◇◇◇◇
俺がクラシックを寝ぼけながら聴いていたら『わたしは地球人です。助けてくださーい!』などという幻聴が聞こえてきた。
「あれ?」
玄関の扉を叩く音と一緒に、
『すみません! ここを開けてください。私は地球人です。助けてくださーい!』
今度ははっきりと若い女の声で助けを求める声が聞こえてきた。厄介ごとは御免だがさすがに無視はできまい。
子どもたちも目を覚まし、リサは立ち上がって俺を見た。
「俺がでよう」
念のため如意棒をアイテムボックスから取り出して玄関にいった俺はわずかに扉を開けたところ、わずかに開いた扉を押し開けて女の子が中に入ってきた。
あれ、この女の子、勇者一行の中の一人だ。
「すみません。私、神殿から逃げ出したんです。ご迷惑でしょうが助けてください」
「あんた、俺と一緒に神殿に召喚された女子高生の一人だよね」と、俺は女の子に向かって日本語で尋ねた。
それで初めて女子高生は俺のことを認識したようだ。
「あなたは、あの時、神殿兵にどこかに連れていかれた変なおじさん。
『変な』って言ってしまってごめんなさい」
「悪気はないのは分かってるから別にいいよ。
助けてやるのはいいが、急いでいるようなところを見ると追われているのか?」
「はい。神殿兵がここにやってくると思います」
「確かに迷惑ではあるが、あの連中には思うところもある。追い払ってやるから安心していろ」
ここで俺はこの世界の言葉に切り替えて、
「リサ、この娘を居間に連れていってお茶でも出してやってくれ」
「かしこまりました」
「子どもたちは危ないから二階にいってろ」
「「はい」」




