第354話 オリヴィア、全国大会
とうとうオリヴィアのピアノコンクールの全国大会の日がやってきた。場所は横浜のXXホール。華ちゃんと一度下見に来ているので好きな時に行き来できる。
出発前、玄関ホールにみんな集まった。
「「オリヴィア、がんばってね」」
「うん」
「オリヴィアちゃん、いつも通り弾けばいいのよ。
前回イオナちゃんの表彰式の時ビデオカメラ渡すの忘れたから、今日は持っていってください」
「はい」
学校が終わって急いで駆けつけてきたはるかさんから、ビデオカメラを渡され、その場で使い方を簡単に教えてもらった。スイッチを入れて、画面を見ながら録画ボタンを押すだけだったので、俺でも扱えそうだった。
最後にニマニマ笑いのアキナちゃん。
「オリヴィア、大丈夫じゃ。わらわがついておる」
みんなが見送る中、屋敷の玄関ホールから、オリヴィアと専属ピアノ教師の華ちゃんを連れてXXホールに跳んだ。
今日のオリヴィアの衣装は例の肩の出たセミロングドレス。色は真っ赤だ。それに黒いエナメルのピアノシューズ。演奏曲はショパンの夜想曲第2番。オリヴィアの演奏予定は午後2時だった。
演奏者は演奏の15分前には舞台のそでで待機しなければならないので、俺たちは1時間前にホールに到着していた。しばらく3人で他の人の演奏を椅子に並んで聞いて、それからコートを預かりオリヴィアを送り出した。
「オリヴィア、落ち着いて。大丈夫だから」
「はい」
「オリヴィア、肩の力を抜いて、リラックスしてな」
「はい、お父さん」
「じゃあ、いってこい」
「はい!」
オリヴィアが席を立ってから4人ほど演奏があり、オリヴィアの名まえが呼ばれた。
俺は、はるかさんから預かったビデオカメラを構えて撮影を開始した。
「一般部門、岩永オリヴィアさん。演奏曲目はショパン、夜想曲第2番」
舞台の袖からオリヴィアが現れて、一礼して席に着いた。
しまったー! ズームどうするんだ?
と思ったら、オートモードで勝手にオリヴィアが大写しになった。優れもんじゃないか?
……。
これでオリヴィアの演奏を音楽ホールの観客席で聞くのは3度目だが、今回もまた、オリヴィアの演奏後会場が水を打ったように静かになった。オリヴィアはそんな中、立ち上がり一礼してステージを後にした。
ビデオカメラの録画ボタンをもう一度押して録画を止め、スイッチを切っておいた。ふう。緊張してしまった。
赤いドレスの美少女は演奏しても歩いてもステージで一際映えると俺は思った。おそらく審査員も含めてこの会場に来ている多くの人も同じように思ったのではないだろうか。
『華ちゃん、オリヴィアの演奏どうだった?』
『わたしの耳だと、感情表現もふくめ完璧でした』
『そうなんだ。フー、フー』
『どうしました?』
『深呼吸してるんだ』
『え?』
『オリヴィアの演奏が終わってから急に、なんだか自分が審査されているような気持ちになって』
『岩永さん、本当にお父さんに成っちゃったんですね』
『お父さんだもの』
そんな話を華ちゃんと小声でしていたらオリヴィアが観客席に戻ってきたので、俺たちは席を立った。
観客席を出て、ホールの中で、
「オリヴィア、ご苦労さん。月並みだけどスゴクよかった」
「お父さん、ありがとう」
「ほんとうによかったってわたしも思う」
「ハナお姉さん、ありがとう」
「さーて、昼食はまだだからどこに行こうか?」
「この前いった中華にしませんか?」
「うん、そうしよう」
預かっていたコートをオリヴィアに渡して俺たちは中華街に跳んだ。
前回と同じ店に入って、3人で案内された4人席について、ランチセットを注文した。今回俺と華ちゃんは酢豚ランチセットにしてオリヴィアはエビチリランチセットにした。
酢豚セットの中身は、エビチリセットのエビチリが酢豚に代わっただけで、酢豚、炒飯、フカヒレスープ、小籠包、シュウマイ、ザーサイそれに杏仁豆腐。
食事しながら、
「二人が黙っているということは音ズレなんかはないんだろうけど、あのピアノもそろそろ調律したてに替えておこうか?」
「わたしの耳では音ズレはまだないようです」
「わたしの耳でも音ズレはありません」
「じゃあ、そう思った時は早めに言ってくれ。すぐに調律したてのピアノに取り換えるから」
当たり前なのか分からないが、俺が思うにこの二人は絶対音感持ちだ。子どものうちに訓練することでそういった能力が身に付くと聞いたことがある。華ちゃんは絶対音感を訓練で身に付けた可能性が高いが、オリヴィアの場合は想像しにくい。オリヴィアは生まれながらの天才なのだろう。
今回のコンクールはかなり部門が細分化されていて、小学生部門、中学生部門、高校生部門などもあった。華ちゃんもピアノで上を目指すことを止めていなかったら、年代が進むにつれて、その部門でいい成績を収めたのだろうと容易に想像できる。
ランチセットで腹いっぱいになり勘定を済ませて、お土産をまた買っておいた。
ブタまんも月餅も前回買ったときコピーしているのでいくらでも屋敷で食べることができるのだが、ちゃんと人数分買っておいた。
明日は王さまの出勤日で都に行くので、オストラン神殿用に月餅を別に20個ほど買っておいた。もちろん20個では足らないので、コピーして100個くらいにするつもりだ。
「ただいま」
屋敷の玄関ホールに帰ったところで、みんながぞろぞろとやってきた。
お土産をリサに渡して、
「いい線いくんじゃないか」とだけみんなに言っておいた。
リサは、
「居間の方にお菓子とお茶を用意して持っていきますね」
「うん」
オリヴィアと華ちゃんは2階に上がって、子どもたちはリサの手伝いで台所に。
俺はビデオカメラをはるかさんに返した。もちろん中のデータ込みでコピーしている。
「みんなが揃ったら、モニターに繋げて見てみましょう。
接続コードを取ってきますね」
はるかさんが、居間を出ていき俺だけコタツの中に。
すぐにはるかさんが、コードを持って帰ってきて、テレビの裏側にコードを繋げて、ビデオカメラを接続した。
テレビを点けて、俺の撮影したファイルを選んだところで、停止して、みんなが揃うのを待った。
着替え終わった華ちゃんとオリヴィアが居間に現れ、お茶の用意をしていたリサと子どもたちがワゴンを押して居間に入ってきたので、みんなが揃った。
お茶と月餅が配られ、みんながコタツに入ったところで、
「今回は、はるかさんのビデオカメラでオリヴィアの雄姿をちゃんと撮影してきたから、今からみんなで見よう。
じゃあ、はるかさん、お願いします」
「はい。
それでは、始まり始まりー」
「うわっ! 恥ずかしー」
「「オリヴィアが出てキター!」」
「オリヴィア、カッコいいのじゃ。わらわもオリヴィアの着ている服を着てみたいのじゃ」
「しー! 曲が始まるよ」「すまんのじゃ」
……。
「実によかったのじゃ」
「この部屋でよく聞いた曲だけど、こうして聞くと雰囲気違ったね」
「不思議だよね」
……
撮影中気にならなかったのに、再生していると、どこのおっさんか分からないが、ブツブツと呟いている声が入っている。うるさいなー、と思っていたら、どうも俺の独り言だったようだ。みんなは最初から俺の声と分かっていたんだろうが、スルーしてくれたようだ。みんな優しいなー。
「オリヴィアの演奏は実に素晴らしいものじゃったが、ゼンちゃんの声がうるさかったのは玉に瑕じゃったな」
すんません。
コンクールの審査結果は1週間後、web上で発表される。連絡先はマンションの電話に変更しているので、いい成績だったら直接電話がかかってくるかもしれない。
ショパン、夜想曲第2番(演奏フジ子・ヘミング)
https://www.youtube.com/watch?v=CJV4l0cnNO4




