第340話 東京見学2
ということで、昼はとんかつということになった。歩いていってもよかったが、これまで2度ほど入ったとんかつ屋に跳んでいくことにした。
みんなの上着は俺が預かり、4人席に2人席をくっつけて5人で席に着いた。
注文が分からないだろう二人のために、ヒレカツとエビフライの入ったミックスフライ定食を注文してやった。まさかアレルギーはないと思うが、少々のことならポーションがあるので大丈夫だろう。
確かめたことはもちろんないが、二人とも箸は使えないと思うのでナイフとフォークも用意してくれるように言っておいた。華ちゃんも、ナイフとフォークを頼んだのだが、二人にとんかつ定食の食べ方を教えてくれるのだと思う。よく気が利く。
俺はオーソドックスなとんかつ定食。華ちゃんは二人と同じミックスフライ定食、アキナちゃんはとんかつ定食+エビフライ1本追加だった。
料理がやってくる前、ブラウさんが、
「陛下は、オストランを日本のような国にしたいとお望みなのですね」
「難しいでしょうが、オストランの文化を残して、この国の便利なところを取り入れていきたいと思っています」
「文化ですか?」
「文化こそ、その国だと思うんですよ。その国の文化を大切にしないなら、その国が国である必要などありませんから」
「日本がいいか悪いか分からないけれども、150年前、日本の人口は3000万人。150年ほどでここまで発展できたのは、日本独自の文化を残しながら、そのころこの世界で進んでいた諸外国から技術などを導入していった結果だと思うんですよ。
導入するために留学生も海外に送って、できることをやっていった結果でしょう」
そんな話をしていたら、料理が運ばれてきた。
「小皿の上の黒っぽいソースを少しだけ付けて食べるんです。黄色いのはカラシなのでお好みで。こんなふうに」
華ちゃんがナイフとフォークでエビフライを上手に切って、小皿のソースを付けて口に運んだ。
それを見た二人も同じようにエビフライを切ってソースを付けて口に運んだ。
「キツネ色の周りがサクサクして、中のプリプリした白い身からあっさりした旨味があふれ出る。そのあっさりした白身の味を黒いソースの甘辛さが引き立ててくれる。初めての食感、初めての味。これが日本の文化!」。ローゼットさん、食レポありがとうございます。
「おいしい」。こっちは、ブラウさん。おいしい、の最後の「い」が下に下がっていたところが実感がこもっていた。
そんなことはお構いなしにアキナちゃんは、どんどん食べ進めていく。
「お皿の上のキャベツの千切りには、テーブルの上のソースでもいいし、ドレッシングをかけてもおいしいですよ」
そう言って、華ちゃんは、自分のお皿の上のキャベツにソースの隣りに置いてあった和風ドレッシングをかけた。
アキナちゃんは、キャベツにソースを豪快にかけて、ムシャムシャ食べている。
「この白いものが、この国の主食のお米です。粉にしてパンとかにすることなく、炊くだけで食べることができます。小麦などよりよほど栄養があるそうです」
華ちゃんが、わが国の主食について宣伝してくれた。
アキナちゃんは、箸の先端を器用にパチパチと合わせた後、ご飯を摘まみ上げて口に運んだ。
見とれてばかりもいけないので、俺もとんかつを口に運び、その後ご飯を口に入れ、むしゃむしゃ食べてみそ汁を一口飲んだ。
ごはんには味噌汁だよな。
スプーンでは味噌汁を飲みにくいようだが、ブラウさんもローゼットさんも何とかスプーンで飲んでいた。
アキナちゃんは、右手で箸を突っ込んだお椀を左手で持って口元に運んで、ズズズーとみそ汁を飲んでいる。
みんな完食したところで、
「ふー、わらわはお腹一杯じゃ。
もう、デザートしか食べられないのじゃ」
デザートは店に無かったので、アキナちゃんは名残惜しそうに店を出た。
お腹がいっぱいになったところで、こんどは銀座のデパートに跳んで中を見て回ることにした。
「建物の大きさ、明るい店内、商品の多さ、商品の見事な陳列、羨ましい限りです」
「こういった商品を作っている工場見学でもできればもっと良かったんでしょうが、伝手がなかったもので」
デパートではエスカレーターも試してみた。コツというほどではないが少し慣れるだけで簡単に乗れるし、それなりに便利だ。
1時間ほど店内を『視察』して、屋敷に戻った。
屋敷の応接室で会議をしようと思ったのだが、エアコンを置いているわけではないのでちょっと寒いと思い、居間でコタツに入って会議をすることにした。
オリヴィアがピアノを弾いてコタツにはエヴァが入って何かの書き物をしていた。
「エヴァも話を聞いていた方がいいかもしれないから、そのままいてくれ」
オリヴィアは気にせず続けてくれていいから」
そう言っておいた。
「ここのカーペットの上は靴を脱いで上がってください」
俺と華ちゃんとアキナちゃんが靴を脱いでカーペットの上に上がったのを見て二人も靴を脱いでカーペットに上がった。コートは俺が預かった。
「それで、カーペットの上の四角い敷物の上に座って布団のかかった台の中に足を入れるんです」
座布団の上に座った二人は恐る恐るといった具合に足をコタツの中に入れた。
「うわー。中が温かい」
「これも、日本の文化の一つでコタツっていうものなんです。
日本の建物の中はエアコンという機械を電気というもので動かして室温を調節しているんですが、コタツの場合、狭いところだけ温めればいいから電気をあまり使わなくていいんです。
コタツに限らず、部屋の明かりも電気を使っています。
日本で便利と感じた機械はほとんどのものが電気を利用しています」
「なるほど。電気というものが大切ということですね」
「そういうことです。
電気を作るには発電機が必要で大掛かりなものは発電所という建物の中で大きな発電機で電気を作ります。電気を使うには、発電所で作られた電気を電線と言って電気を送るための線で機械など電気を利用するものまで運ぶ必要がありります。運ぶと言っても電気は電線の中を勝手に流れていくので、実際は電線を繋げるだけです。
ややこしい理論などもあるので、そういった物を扱うには専門家が必要になります」
少しコタツで温まったところで、
「まだ日本政府に対しては打診だけしかしていないんですが、正式にオストランから視察団を送ろうと考えています。
視察団は日本政府によって各地を視察させてもらえるはずですから、オストランの今後についていろいろ考えることができるでしょう。ブラウさんとローゼットさんは半日だけでも日本の姿を見ているので視察団の報告内容の理解が進むと思います。
次の段階として、視察団の報告に基づいて、オストランから日本に留学させたいと思うんですよ。問題は言葉の壁。今、うちで、日本語を勉強するために教科書のようなものを作っているんです。
それで、ブラウさんに頼みたいのは、視察団の人選です。視察団にはわたしの娘を一人追加で入れようと思っているので、よろしくお願いします。人数はわたしの娘を含めて10人くらいかな。
次は留学生の人選。実際のところ、視察団の報告から人数を決めることになると思いますが、ある程度目星をつけておいてください」
「了解いたしました」
俺たちがコタツで話をしていたら、リサがワゴンでお茶を運んできてくれた。
緑茶とお茶菓子にひょっとこ顔のどじょう掬いまんじゅうだった。
これも意表を突いている。親父が一度お土産に持ってきたものをコピーしたものだ。賞味期限が90日なので多めにコピーして台所の物入れに何箱か置いている。
「変わったお菓子ですね」
「これも日本の文化なんですが、将来的に日本からの観光客が訪れるようになればこういった名物のお菓子や食べ物があった方がいいですよね。
そういった物は、自然に生まれてくるんでしょうけどね。
そろそろ、二人を神殿にお返ししましょう」
俺は二人に手を取ってもらい神殿に跳んだ。そこで、朝方預かっていた巫女服の入った紙袋を二人に返しておいた。
「陛下、今日はありがとうございました」
「陛下、失礼します」
「それじゃあ、次は週末」
そういうことで二人と別れて屋敷に帰った。




