第330話 公務1
オストラン神殿で俺の王位への即位の祝宴が開かれた。列席したのは神殿の人たちと、うちの連中だけの内輪の祝宴だった。それでも60人ほど祝宴に参加していた。
簡単なあいさつの後、どんどん料理が運び込まれてきた。いちおうはコース料理のようなていだったのだが、列席していた神官や巫女たちは適当に給仕の侍女たちに料理を頼んでいた。内輪だしそんなものなのだろう。
しばらく、料理とお酒を楽しんでいたら、俺たちが並んでいる席から少し離れたところに座っていた一人の巫女さんをブラウさんが声をかけて手招きしてた。
「ビクトリア」
「はい」
ブラウさんのところにやってきた巫女さんをブラウさんが連れて俺のところにやってきた。
「陛下」
声を掛けられたので座ったままではまずいと思い立ち上がろうとしたら、
「陛下は座ったままで。
それで、宮殿での陛下のお世話をこの者に申し付けようと思います。
名まえは、ヴィクトリア・ローゼット。巫女ではありますが、わたしの名代として王宮に出向させていた者ですので、陛下の王宮での執務に役立つものと思います。
よろしいでしょうか?」
「もちろんです。助かります」
「陛下、よろしくお願いします」
「ローゼットさん。こちらこそ、よろしくお願いします」
顔合わせが終わったところで、ブラウさんとローゼットさんは席に戻っていった。
うちの連中を王宮に連れていくわけにもいかないし、一人で王宮にいても何をやっていいのか分からないので、ありがたい。明日に向かってかなり安堵することができた。
「岩永さん。ローゼットさん、美人な方でしたね」
「そ、そうだった?」
「はい。
20代でブラウさんの名代として王宮で仕事をしていた方ですから優秀な方なんでしょうね」
「ハナちゃんは気にしすぎなのじゃ。ゼンちゃんには超絶美人のわらわがついておるゆえ、よその女子にうつつを抜かすことなどないのじゃ」
「アキナちゃんが何を言いたいのか分かりません」
「ウヒョヒョ。ハナちゃんが怒ったのじゃ。かわいいのじゃ。ハハハハ」
ややこしいのが出てきたので、俺は下を向いて料理を口に運んだ。
明るい雰囲気のなか、俺たちも腹いっぱいになるまで食事を楽しめた。
祝宴は2時間ほどでお開きとなったので俺たちは礼を言って屋敷に戻った。
翌朝。朝食後、少し休憩してアスカ1号を屋敷に残し、俺はアスカ2号を連れてオストラン神殿の大ホールに跳び、そこで待っていてくれたブラウさんとローゼットさんを連れて王宮に跳んだ。
俺としては昨日の今日で王宮に用事など何もなかったのだが、ブラウさんが言うには王宮内に俺がいることが大切なのだそうだ。それと、午後から各国の大使が俺に謁見するため玉座の間にやってくるそうなので、その対応だけはこなさないといけない。これこそ公務だな。
跳んだ場所は宮殿の正面玄関ホールで、ブラウさんは「陛下に決裁していただく書類を仕上げます」ということで、そこで別れた。
ローゼットさんはアスカ2号のことをブラウさんから聞いているかもしれなかったが、アスカ2号は超高性能ゴーレムで人間ではないことを教えておいた。ローゼットさんは、どう見ても人間にしか見えないアスカ2号がゴーレムだと聞いて相当驚いてくれた。なんだか、してやったりという気になってしまった。
ローゼットさんに正面玄関ホールから宮殿の奥の方に案内された。
そこは中庭に面した南向きの1階の一画で、執務室と居間と寝室と食堂、それに風呂と洗面所が俺専用に用意されたプライベートスイートということだった。
スイートの各部屋にはどこの誰だか知らない人の肖像画や静物画、それに風景画などが飾ってあった。そういった絵をあえて取り外すことはないが、そのうちイオナ画伯の絵をそこら中に飾ってやろう。
書斎の中の棚には分厚い本が並んでいた。俺でも読める本だとは思うが、読む気はあまりしない。棚にはまだ空きがあったので、ローゼットさんの目は気にせず、アイテムボックスに入れていたコミックを並べてやった。
革装丁の大きな本が並べられた本棚の中で異彩を放つコミックの背表紙の違和感は半端なかったが、なんだか落ち着いた。
俺が席に着いたところで、ローゼットさんは執務机の左横に控えて、アスカ2号は右横に控えている。アスカ2号には、周囲を常に警戒し、もしも俺に対する襲撃者などが現れたら極力建物を破壊しないようにして排除するよう指示している。
俺が悦に入ってコミックの背表紙を眺めていたら、ローゼットさんが興味を持ったようで、
「陛下、陛下が並べられた本は一体何の本なのでしょうか?」
「これはコミックという種類の本だけど、芝居の場面場面を絵にしたものにセリフや説明を書き込んだ物語と思ってくれればいい。
残念ながら、文字はニホン語といってこの国の文字じゃないからローゼットさんには読めないと思うけど、絵だけを見ても何となく雰囲気だけは分かると思うよ。
自由に読んでくれていいから」
「はい。ありがとうございます。
時間がある時、拝見させていただきます」
本棚に並べたコミックは、大男が巨大な剣を振り回す物語の上、中世風の世界設定のコミックだ。ちょっとグロいところはあるが絵を順に眺めていくだけでも、ある程度は楽しめるだろう。
しばらくそうやって椅子に座っていたら、執務室の扉がノックされた。
「どうぞ」と、ローゼットさん。
「失礼します」
扉を開けてオストラン神殿の神官服を着たおじさんが黒塗りの四角いレタートレイに紙束を乗っけて入ってきた。
「陛下、宰相閣下からお預かりした書類でございます」
「ご苦労さまです」と言って、ローゼットさんがレタートレイを受け取り、そのレタートレイを俺の執務机の上に置いた。
「これは、どうすればいいのかな?」
「書類をお読みいただき、問題ないようなら決裁印をお願いします。問題等ございましたら、机の上の、そちらの白いトレイ、決裁印を押された書類はこのトレイに入れておいてください。
陛下の決裁印は、わき机の一番上の引き出しに入っています」
この国はサインではなくてハンコ文化だったのか。サインなんかより、ハンコの方が楽だものありがたい。しかし、ローゼットさんがいてくれなかったら俺、何もできなかったぞ。アキナちゃんがよく口にする、ありがたや、ありがたや。ってやつだな。
わき机の一番上の引き出しから、ハンコとハンコ台を取り出した。初めて見る王さまのハンコはそれほど大きなものではなかった。
「陛下が決裁印を押された書類には、後ほど係の者が王国印を押し、正式な命令書になります」
だそうだ。
レタートレイから書類を全部取り出して、横に置き、上から1枚目の書類を手元に置いて、中身を読んでみた。
なになに?
一番上の書類は、ブラウさんの宰相に親任する任命書か。
ポンッ! これで一丁アガリ。黒塗りのレタートレイにポイッ。
逮捕した大臣たちで荘園を持っていた者からの荘園の没収命令。これが5枚ほど続いた。
まっ、仕方ないな。
ポンッ! ポンッ! ポンッ! ポンッ! ポンッ! これで二丁アガリ。
逮捕した大臣たちの庶民への降格命令書か。
ポンッ! ポンッ! ポンッ! ポンッ! ポンッ!
これは10枚ほど続いた。
つぎ。
都の橋の修繕か。しないわけにはいかないよな。
ポンッ!
その後も、似たような書類が続いた。
ポンッ! ポンッ! ポンッ! ポンッ!
最後に残った書類は、この国の収入と支出がまとめられていた。
収入は各種の税と直轄事業の利益。
支出は、政府部門の支出、貴族に支払われる年金、直轄事業の損失。
これで、トントンだった。ありがたいことに、国の借金はゼロではなかったが、俺から見てもそれほど大きな金額ではない。
借金を増やさない前提で新たな事業を起こすためには、現在行なわれている事業が片付いてからになるわけだが、国内の主要街道整備が来年度中には終了するようだ。その街道整備事業で国庫が空になったようだが、資産が残ったわけなので、有意義な仕事をしたということだろう。
宰相以下の大臣があらかたいなくなったが、それなりに有能だったのかもしれない。残った官僚たちが有能なら問題ないか。
30分ほどでハンコ押し作業を終えた俺は、執務室でコミックを読んでいるわけにもいかなかったので、宮殿内を探検して回ることにした。
「ローゼットさん、宮殿の中に何があるのか全然わからないので、案内してもらえませんか?」
「はい」




