第319話 都へ2
夕食を食べ終え、華ちゃんたち用に風呂の準備をしたら、外はかなり暗くなっていた。
「アキナちゃん、そろそろいくか。タートル号の中は暖房するからそれほど寒くはないが、温まるまで寒いから、上に何か着てきた方がいいな」
「了解なのじゃ」
アキナちゃんが2階に上がってすぐに暖かそうな、もこもこのジャンパーを羽織って下りてきた。
「アキナちゃん、街の北まで転移してそこからタートル号に乗って北に向かうから俺の手を取ってくれ」
アキナちゃんが手を取ったところで、見送りに集まっていた屋敷のみんなに、
「じゃあ行ってくる。明日の朝、明るくなる前に戻ってくるから」
「「いってらっしゃい。気を付けて」」
みんなが見送る中、アキナちゃんを連れて北の街道のバレンダンジョンに続く分かれ道まで転移した。街道にも、バレンダンジョンへの道にも人も馬車もいなかった。
「外に出たら、ちょっと寒いのじゃ」
アキナちゃんは羽織っていたジャンバーのファスナーを首までちゃんと上げてしっかり着込んだ。
「いまタートル号を出すから」
タートル号を街道上に出して、急いでアキナちゃんと乗り込み、エンジンをかけてヒーターを動かした。つぎに積算距離計の下についている走行距離計をリセットしておいた。これで、何キロ走ったか一目でわかる。
「ほー。暖かい風が出てくるのじゃ。華ちゃんのドラーヤーと同じなのじゃ」
「それじゃあ、シュッパーツ!」
ヘッドライトの中で街道の路面が白く見える。速度を上げていってもあまり振動しないので、かなりしっかりした道だ。無茶はする気はないが、直線路なら100キロ近く出せそうだ。
時刻はまだ午後7時過ぎ。どこかでしばらく休憩するにせよ明日の朝6時までは運転できるから、都に着いてしまうかもしれない。
「速いのー」
「1時間に何キロ馬車が進むか知らないけど、今のタートル号は1時間に80キロ進む速さで走ってる。途中1時間休憩しても明日の朝までには都につくんじゃないか」
「馬車で2週間が1日なのか。恐ろしいほどじゃの。いつぞやタクシーに乗ったがこれほど速くはなかったぞ」
「この前の大空洞くらいの凸凹の地面じゃこんなに速く走れないけど、この街道は道がいいからな。それにタクシーに乗った時は道が混んでたが、今は道の上にはタートル号だけだから」
そんなことをアキナちゃんと話していたら町並みが見えてきた。街道は町の中を突き切っているので速度を40キロくらいまで落として町を通過した。大きな町ではなかったせいか町中でも通りに人は見えなかった。
その町を過ぎてからも10分おきくらいに町並みが現れ、そして過ぎていった。
街道の両側は林だったり畑だったり川だったり。たまにライトに照らされて輝く動物の目が流れていく。
アキナちゃんは暖かくなった車の中で、ジャンパーのファスナーを下ろしてご機嫌だったが、9時を過ぎたあたりで、口数が減って、そのうち眠ってしまった。
タートル号は思った以上に燃料消費が激しいようで、2時間ほど走っただけだったが、燃料計の針は真ん中よりちょっと上あたりまで下がってきていた。この調子だとあと3時間で燃料タンクは空だ。とはいえ、燃料タンクは運転している今でも意識できているので、運転しながらでも錬金工房で軽油を作ってアイテムボックスから送ることができる。
10時になったところで走行距離計を見たら220キロだった。
そこで、いったんタートル号を止めた俺は、眠気も疲れも感じてはいなかったが、念のためスタミナポーションを飲んでおいた。
その後、半分寝ぼけたアキナちゃんをタートル号の外に連れ出し、屋敷に連れて帰ることにした。外の寒さで目を覚ますかと思ったが、アキナちゃんは寝ぼけたままだった。
子ども部屋の前に転移で現れたら、アキナちゃんは何も言わず、自分で扉を開けて中に入っていった。
部屋の扉が開いたせいか、中からまだ起きていたらしいエヴァが出てきたので、
「アキナちゃんを連れ帰ったから、よろしくな」
「はい、お父さん。お父さんはこれからまたタートル号を運転するんですか?」
「うん」
「だいじょうぶですか?」
「スタミナポーションを飲んでいるから平気だ。それじゃあな」
屋敷に帰る前にタートル号は収納していたので、また街道の上に出して乗り込み、北を目指して速度を上げた。
午前2時。走行距離計は480キロだった。都まであと220キロなら、夜明けは7時少し前だろうから余裕だ。
600キロ過ぎたあたりから街道は西に少しずつ曲って、そのうち真西に向いた。
そして、午前5時。丘の頂上あたりから見下ろした先に大きく広がる街並みが見えた。その先には真っ暗な海も見えた。
そこから10分くらいかけて丘を下り、しばらくいったところでタートル号を止めた。周囲は真っ暗だったが、転移の能力のようなものでここに転移で戻ってこられると確信してからタートル号をアイテムボックスに収納し、屋敷に戻った。
屋敷の居間に直接現れた俺は、音をあまり立てないようにして、上着を着たままコタツに足を突っ込んで、座布団を半分に折って枕にして横になった。
「街道が整備されていたから思った以上に早く着いたな。
朝食までここで休んでいよう」
しばらくそうやって横になっていたら、リサが現れた。
「おはようございます」
「おはよう」
「都へは、今夜もお出かけですか?」
「いや、1時間ほど前に都のすぐ手前に到着した。これでいつでもそこに跳んでいける」
「馬車で2週間の都まで一夜ですか!」
「思った以上に街道の路面が良かったことと、真夜中走ったことで、人は町中でたまに見かけるぐらいだったし、馬車は1台もいなかったからな。
アキナちゃんと神殿の連中を都に連れていくのは早くても2週間後だろうから、それまでにみんなで一度見物にいってもいいけどな」
「楽しみにしています。
それじゃあ、わたしは朝食の支度を始めます」
そう言って、リサは居間から出ていった。
それからしばらくして、朝の歯磨きと顔洗いを終えた子どもたちが居間に顔を出して朝のあいさつをして、朝食の支度の手伝いに居間を出ていった。子どもたちの中にはアキナちゃんはいなかった。ぐっすり寝ているのだろう。
誤字報告で「暖かい風が出てくるのじゃ。華ちゃんのドラーヤーと同じなのじゃ」を消して「エンジンのみの自動車は、基本、冷却水の温度上昇が無いと、ヒーターは効きません。」とかあったんですが、タートル号は使用後すぐに収納しているのでその温度は下がってはいません。




