第281話 足立と下村と火野3、勇猛果敢
翌日、午前8時。3人はダンジョン前に集合した。
火野は足立と下村と同様、自宅からヘルメットをかぶりリュックを背負ってダンジョンに向かったのだが、当然奇異の目で見られた。火野は気に留めることなく、そういった目は無視している。
3人はまず、武器の受け渡し所から各自の武器とモンスターの死骸用のビニールシート製の袋を受け取った。その後、今日いく予定の第1階層の最新部分地図を人数分購入した。
そのあと、まだ身に着けていなかった手袋と上着を身に着けて3人は改札に向かった。
「各自忘れ物はないな?」
「大丈夫だ」「ない。と、思う」
「それじゃあ、中に入ろう」
3人は自動改札にダンジョン免許証をかざし、ピラミッドのゆらぎの中に入っていった。
「あーー」
ダンジョンの最初の空洞に入ってすぐ、火野が変な声を出し始めた。
「どうした、火野?」
「空洞の中で声が響くかなって思ってちょっとやってみたの」
「俺にはそんな発想はなかった」「俺もだ」
「女子の発想は奇抜だな」「まったく」
「山にいけばヤッホーと一緒で、これくらい普通でしょ?」
「そう言われれば、そうかも?」
「じゃあ、いくか。
今日の行き先は本道から枝道に入っていく。
火野は、まずは地図を見ながら、俺たちがどこを歩いているか確認しながらついてきてくれ」
「了解!」
足立と下村はそれぞれ腰にメイスをぶら下げているが、火野はピストルクロスボウを右手に持っている。クロスボウボルトは本体に4本取り付けられる。残り16本は他の荷物と一緒に背中のリュックに入れている。ピストルクロスボウの弦を引いていないし、もちろんボルトはつがえていない。
「冒険者たちはかなりの数ダンジョンに入っているはずなのに、全然混みあっていないんだね」
「第1階層もそうとう広いからな」
「人が近くにいる時に遠距離武器は使っちゃいけないって習ってると思うけど、他の冒険者が近くにいるような状況じゃモンスターは出てこないから、事故はまず起きない」
「そう言われればそうよね。
教本もまだまだ実情に合わせてこれから少しずつ変わっていくんじゃない?」
「だろうな」
そこからさらに20分ほど枝道を進んでいたところ、前後に冒険者の姿が見えなくなった。
「火野、そろそろクロスボウの準備しておいた方がいいぞ」
「了解」
足立と下村は、片手に持った地図をベルトの物入れにしまい、腰に下げていたメイスを右手に構え、リュックの後ろに取り付けていた盾を外して左手に装備した。火野も地図をしまい、ピストルクロスボウのコッキングレバーを引いてボルトをつがえた。火野の持つピストルクロスボウは滑車の付いたコンパウンドタイプで、女性でも容易にコッキングできるが、壊れやすいという欠点がある。それでも女性には人気の武器だ。
3人は洞窟を慎重に進んでいったところで、前方から何かが近づいてきた。小さな赤い目が何個か光っているところからすると大蜘蛛だ。大蜘蛛の接近速度はそれほどでもかったが、ヘッドライトに照らされたとたん、3人に向けて速度を上げて向かってきた。
距離は20メートルほど。火野は『落ち着いて』と、自分に言い聞かせ、ピストルクロスボウの安全装置を外し、一歩脇によってピストルクロスボウの狙いを定めた。
大蜘蛛との距離は10メートル。そこで火野が、盾とメイスを構え一歩前に出ていた足立と下村に向けて、
「撃つよ!」と、教本通り声をかけてピストルクロスボウの引き金を引いた。
放たれたボルトは大蜘蛛の8個の目の真ん中あたりにグサリと突き刺さった。大蜘蛛はそれだけで動きを止め足を折りたたんで転がった。
大蜘蛛の足の先が痙攣するようにわずかに動いているので死んではいないようだ。
「一撃かよ、火野、すごいじゃないか」
「慌てずに、撃てた。はー、良かった」
「足先が動いてるけど、もうすぐ死ぬな」
「大きいな」
「足も動かなくなった。
矢を引き抜いたら、ビニール袋に入れよう」
大蜘蛛に近づいた足立がメイスで軽く大蜘蛛を小突いたが大蜘蛛は反応しなかった。
足立は額に深々と突き刺さったボルトを何とか引き抜いて火野に渡し、下村が広げたビニール袋の中に大蜘蛛を抱えて押し込んだ。
下村はリュックの中身を足立のリュックに移して、大蜘蛛の入ったビニール袋を自分のリュックの中に入れた。
そのリュックを背負った下村が、
「15キロはあるな。虫系の相場はキロ6千円くらいだったから、9万か。3人で割って一人3万。とりあえず、今日の元は取ったな」
「少し休憩して、もう少し先にいってみよう」
3人はその場に腰を下ろし、スポーツドリンクを飲んで休憩した。
「遠距離攻撃、いいな」
「そうだな。
火野、今日一日様子をみてからということだったが、俺たちの方から頼むよ。俺たちの仲間になってくれ」
「えっ! いいの?」
「もちろんだ」
「二人ともありがとう。わたし頑張るからね」
「うん。そうなってくると俺たちもチーム名を考えないとな」
「そうだなー。3人だから、何とかトリオかな」
「トリオじゃ今どき流行らないんじゃないか?」
「となると、グリーンリーフのような感じかな」
「ねえ、英語より日本語の方がカッコよくない?」
「たとえば?」
「そう言えば、以前web小説で読んだんだけど、3人チームで三人団って言うのがあったぞ」
「それは、いくらなんでもふざけ過ぎだろ!」
「これから人が増えて4人になった時便利じゃないか?」
「そもそも、最初から人数をチーム名にしなければいいだけじゃないか」
「確かに」
「そうねー、それじゃあ一心同体ってどうかな?」
「ちょっとそれはアレじゃないか?」
「アレってわかんないけど、それじゃあ、勇猛果敢はどう?」
「とりあえず、暫定的だがそれにするか。だけど、チーム名を聞かれて勇猛果敢ってちょっと恥ずかしくないか?」
「そんなこと気にしちゃだめよ。わたしなんか今日この格好で家からダンジョンまでやってきて、いろんな人に見られたけど全然気にならなかった」
「俺も下村もいつもこの格好でダンジョン前まで歩いてきてるしな。
じゃあ勇猛果敢に決定だ」
……。
「出発する前に、位置を確認しておこう。
俺はここにいると思っているんだけど」
足立が手にした地図を下村と火野に見せた。
「大丈夫、合ってる」
「うん。わたしもそこだから」
休憩を終えた3人は、さらに奥に向かって洞窟を進んでいった。
前方からやってきた冒険者チームに軽く会釈して、通り過ぎていく。
「そこの枝道に入ってみよう」
「了解」
3人が、各々手にした地図に枝道に入っていったことが分かるように矢印を記入して枝道に入っていった。
そこから、20分ほど進んでいたら、前方に並んだ二つの光が二つ見えた。モンスターの目だ。2匹いる。
3人がそれぞれ武器を構える。距離は30メートルほど。
「おそらく大ネズミだ」
2匹の大ネズミが3人に走り寄ってくる。
前を進む大ネズミとの距離が15メートルとなった時、火野がピストルクロスボウの引き金を引いた。
ボルトは前を走る大ネズミの右前足に命中し、大ネズミの勢いは落ちたがそれでも3人に向かってきている。
後ろを走る大ネズミが前を走っていた大ネズミを追い越して足立の盾に飛び上がって突っ込んできた。
大ネズミの突進に対して盾を叩きつけるようにして受けた足立は、盾から滑り落ちた大ネズミの脳天にメイスを振り下ろした。
ドスッ!
鈍い音を立ててメイスが大ネズミの脳天にめり込んだ。
2匹目の大ネズミは、そのまま下村の盾に突っ込んできたが、盾に触る前に、下村がメイスを突き出した。大ネズミはその一撃で鼻先を潰されたがそれでも下村に再度向かっていった。
その間に火野はコッキングして、2本目のボルトをつがえている。
横に一歩ズレて射線を確保した火野は、大ネズミに向けて引き金を引いた。
火野の放ったボルトは大ネズミの胸に突き刺さり、大ネズミは一瞬動きを止めた。その隙をついて、下村が大ネズミの頭蓋をメイスで砕いた。
「ふー。一度に2匹か」
「3人で良かったな」
「そうだな。
火野、ナイス」
「えへへ。褒められたよ」
「この2匹を詰めたら、これ以上は持てないから、まだ、昼前だが今日はこれくらいにしておこう」
「そうだな」
まず、足立と下村で、足立と火野のリュックに入っていた2枚のビニール袋に大ネズミを一匹ずつ詰めた。
「どっちも10キロくらいだな」
足立が火野に向かって、
「俺と下村の荷物を火野のリュックに移させてくれ」
「うん」
空になった足立のリュックの中に大ネズミの入った二つのビニール袋を入れて、それを足立が担ぎ上げた。
「20キロくらいだと思うけど、思ったほど重くないな」と、足立。
「俺のは15キロあるかないかだから、そのうち代わってやるよ」
「いや、うそじゃなくてそれほど重くない。体力が付いたのかな?」
「そうかもな」
「二人ともごめんね」
「なんで火野が謝る?」
「だって、二人に重い物持たせてるから」
「気にするなよ。俺たちはチームだぜ」
「うん。そうだね。ありがと」




