第268話 ダンジョンオープン。足立と下村1
足立と下村。『編』というほどではありませんが一般冒険者がどんな様子なのかを少し描いています。
3月末から第1から第3ピラミッド=ダンジョンの周辺で建設されていたダンジョン関連施設が順次竣工していった。武器販売所、武器の保管所と受け渡し所、救護室、救護隊員詰所。ダンジョンからの産品の査定をした上買い取る買い取り所、ダンジョン出入り口の改札、シャワールーム付きのロッカールームなどの諸施設である。
それらの施設は防衛省の外郭団体として設立された日本ダンジョン協会によって運営されることになっており、多くの元自衛官がダンジョン協会の職員として採用されていた。
ダンジョン協会の職員のうち護衛員は、要救護者の搬送などを行なう救護員とダンジョン内部を測量する測量員を護衛する役目を負っており、ダンジョン内で小銃の使用が認められている。
救護員は負傷者発生の連絡があれば護衛員を伴ってダンジョンに侵入し、要救護者を担送する。
測量員は2名一組でダンジョンの未探査領域を含め未測量領域の測量を行なう。このペアーに3名の護衛員が従い5名で1測量チームとなっている。現在測量チームは第1階層から第5階層に渡って測量を行なっている。
洞窟型のダンジョン内にはこれまで罠は発見されていなかったため、罠に対する備えもなく測量班は測量を行なっていたが、田原一葉などの証言などから、罠は路面に一定以上の圧がかかることで作動するのではないか、ということで、地雷を想定し、小型のトラクターの前面に2本のアームを伸ばし、アームとアームとの間にタイヤ型ローラーを複数取り付けた罠発見機が製作された。トラクターが前進すると、3メートルほど先のタイヤ型ローラーがダンジョンの路面に圧をかけ、罠を強制的に作動させる。
1日がかりで罠発見機を第15階層まで自走させ、グリーンリーフ立ち合いのもと試験を行なったところ、試験は良好だった。
冒険者向けに保険会社による冒険者保険なども予約販売されるようになった。
民間では、ダンジョン免許証、通称冒険者免許取得のため筆記試験対策だけでなく実技試験用のトレーニングも行なう冒険者免許証教習所もオープンしている。
ダンジョン産の動物系モンスターの買い取り価格は、1キロ当たり2万から3万円、昆虫系モンスターの場合1キロ当たり1万から2万円で買い取られ、その価格の1.5倍程度の価格で業者に卸され解体される。最終的な小売価格は、部位によって多少異なるが買い取り所での買い取り価格の3倍程度になるものと流通アナリストたちは予想していた。
もちろん海外からの引き合いも多く、ダンジョン産物の3割方は海外に輸出されるのではないかと言われている。
4月第2土曜日。
ダンジョンオープン初日の今日から当分の間、土日および祝祭日にはダンジョンへの入場者制限が設けられており、各ダンジョンで1000チームだけが入場できることになっている。平日以外に入場したい冒険者は2名以上6名以下のチームとしてあらかじめ入場希望日付と入場希望ダンジョン名を記入し、日本ダンジョン協会に専用アプリ、webまたは往復はがきで申し込む。応募は希望日の1週間前に締め切られ、応募が1000チームを超えた場合は抽選となる。なお、入場制限日以外なら1名での入場も可能だが、2名から6名のチームでの入場が推奨されている。
ロッカールームで防具に着替えた冒険者たちは、まず武器受渡し所に回り、武器販売所で購入したまま預けてあった武器を払いだしてもらう。各人の武器には各人のダンジョン免許証のIDが刻印されている。ダンジョン免許証はICカードなので、カードをリーダーに読み込ませると、武器が払いだされる仕組みだ。また、ダンジョン免許証には現金のチャージ機能がついており、ダンジョン関連施設での支払いは現金不可であり、全てこのカードで支払いすることになっている。
午前10時、東京、埼玉、千葉の第1から第3ピラミッドダンジョン前のゲートが開かれた。
冒険者たちがダンジョン免許証を自動改札機にかざして、ピラミッドの揺らぎを通りダンジョンの中に入っていった。自動改札機を通過時、入場料としてダンジョン免許証から千円が差し引かれる。
まだ試験的な意味合いもあるため、日本ダンジョン協会では冒険者に対しては、ダンジョンに侵入後24時間以内に退出することを推奨している。72時間以内にダンジョンから退出しない場合は、捜索隊が出動することになる。この場合実費となるため、冒険者に対して冒険者保険への加入を呼び掛けている。
未帰還者の捜索は護衛隊員による捜索隊が行なうことになっている。
今回開放された3つのダンジョンは、いずれも自衛隊が調査した第1階層の一部分のマップをweb上に公開している。武器受渡し所には、測量チームが測量した最新情報で随時更新されるマップが印刷できる有料プリンターが設置されており、冒険者は、ダンジョンに侵入前に必要部分のマップを取得することが推奨されている。これは、マップの料金支払いがダンジョン免許証であるため、誰がどのマップを購入したか把握することで、72時間経過した未帰還者が出た場合、捜索隊が重点的に捜索する手がかりとなる。
ここは、善次郎のアパートに近い第2ピラミッド=ダンジョン。
ゲートの前でダンジョンのオープン時刻の午前10時を待っている冒険者の列に、二人の高校生が並んでいた。
二人の名まえは、足立と下村。二人は同じ高校に通う同級生で現在高校2年生。
二人とも紺色のジャージを着て、その上に防具代わりのジャンパーを着ている。その他の防具は、キャップランプを付けた工事用の黄色いヘルメットと肘当てと膝当てだけだ。靴は通学にも使っているいわゆる運動靴だ。小型のリュックサックを背負い、二人とも軍手をはめた手にメイスを持っている。
彼らのリュックには、キャップランプ用乾電池。タオルとスマホと水筒がわりのスポーツ飲料の入った500CC入りのペットボトル2本、それに昼食用のおにぎりが2つずつ入っていた。
さらに救急用の添え木、包帯、消毒薬、モンスターの死骸用のファスナーの付いた厚手のビニールシート製の袋が入っている。この袋は武器預かり所で無料で貸し出しているもので、モンスターの死骸を買い取り所で引き渡すとき、シートごと引き渡すことになる。使わなかったシートは武器保管所に返すことになっている。
二人の持っているメイスは武器販売所で売っている武器の中ではかなり安いもので、価格が1万2千円のものだった。二人はお年玉と短期アルバイトでなんとか冒険者資格を取得し簡単だが装備を整えることができた。
入場料千円と武器の保管料1カ月千円は、高校生にとっては痛い出費だ。彼らはロッカールームの使用料を節約するため今の格好で第2ピラミッド=ダンジョンまでやってきており、遅くても午後4時を目途にダンジョンから帰還し、武器預かり所にメイスを預けたらそのままの格好で帰宅することになる。
ゲートのオープンを知らせるブザーが鳴り、自動改札機を通った冒険者たちがピラミッドの揺らぎの前まで進み、どんどん消えていく。
列は順調にはけていき、足立と下村も自動改札にダンジョン免許証をかざして、ピラミッドのゆらぎの中に入っていき、後ろから入ってくる冒険者の邪魔にならないように脇に移動してヘルメットに付けたキャップランプを点灯した。
「うおー! これがダンジョンか。感動ものだな」
「この日を夢にまで見たが、夢と同じだな」
「何度も、テレビで流れてりゃそうなるさ。
さて、どこを目指そうか? いきなり第2階層はきびしいから、肩慣らしに第1階層で人の少なそうなところにいってみようぜ」
「そうだな。かなり人が多いから、モンスターの取り合いになりそうだよな」
「最初のうちは仕方がないだろ。一匹斃せば、うん十万円だしな」
「とにかく、人の少なそうなところまでいかないとな」
「ちゃんと、マップを見て迷子にならないようにしないとな」
二人の持つ紙のマップは武器受渡し所で有料で印刷販売しているもので、チームといっても各人が持ち、現在位置を確認しながら探索するよう奨励されている。
スマホのオフラインアプリ版の開発案もあったが、ダンジョン探索中、破損の可能性、情報の記入のしにくさなど指摘されて開発は行なわれておらず、マップは紙のものしか提供されていない。
二人は第2階層に続く主道ではなく、なるべく人の少なそうな側道に入っていき、さらに枝道に入っていった。
1チーム平均4人として、一日あたり、規制期間中一つのダンジョンに入場するのは4000人。自衛隊によって探索されている第1階層の延べ洞窟長はどこのダンジョンも40キロ程度。人口密度的には10メートルに1人となるが、チームはひと固まりで行動するので、40メートルに1チームという単純計算になる。
探索がほとんど進んでいない第2階層も少なくとも第1階層の広さはあると考えられており、4000人程度の冒険者では、枝道に入れば密度はぐっと下がってくる。
「だいぶ人が減ったな。この先を進んでいけば、そのうちモンスターに遭遇するんじゃないか?」
「もう1時間も歩いているから、そろそろ見つけたいよな。
でも、俺たちじゃ手に負えないようなのが出てきたらどうする?」
「逃げられるのなら逃げたいけれど、逃げられる保証はないんだし、死に物狂いで戦うしかないんじゃないか?」
「そうだったな」
「相手はうん十万円。死に物狂いになろうぜ」
「確かに」
二人はそれから20分ほど枝道を進んでいった。枝道も枝分かれしているため、試験勉強で得た知識通りマップに自分たちがどちらの枝道に入っていったのかをこまめに書き込んでいる。
彼らの前後にはほかの冒険者はいなかった。
「何か光った。ライトの光が反射してモンスターの目が光ったと思う。おそらく大ネズミだ。
こっちにくるぞ!」
二人はメイスを握り直し、モンスターの接近に備えた。
「大ネズミだ!
仕留めるぞ!」
「おう」
二人のキャップランプの光に照らされた暗い灰色の大ネズミがいきなりジャンプした。




