第261話 岩永善吉1
昨年末、外国人にもダンジョンが開放されることを日本政府から通達された各国政府は、ダンジョン免許証を取得するため、運動能力に秀で、日本語の堪能な者を冒険者候補としてアサインし、特訓を行なった。ほとんどの冒険者候補は軍人である。また、海外でも多くの一般人が日本のダンジョンに強い興味を持っており、にわかに世界的な日本語ブームが湧き起こった。
そんな中、日本政府より、タトゥーをしている者はピラミッド近くに設けられる予定のロッカールームを使用できないとの通達が各国政府に出されたため、多くの者が冒険者になることを断念している。
この通達は諸外国から見直すよう強く要望されたが、日本政府は断っている。その結果、ピラミッド近くのマンションなどが外国人に取得され、周辺地価が吊り上がっていった。
最初にオープン予定の第1から第3ピラミッド=ダンジョン以外の地方都市近郊のピラミッド周辺の地価も軒並み上昇している。ただ、都市部から離れたピラミッド周辺の土地は既に政府により広範囲にわたって取得されており、土地価格の高騰は今のところ起きていない。非都市部のピラミッドには、そういったタトゥーをしている者専用のロッカールームを建設すると政府は発表している。
ここは、山陰地方のとある町。
民家や商店などはいちおう平地に集まって集落をなしているが、後背は中国山地の山並みに続く山林だ。その山林の中に、第28ピラミッドが出現し、現在は自衛隊による監視の中、ピラミッド周囲の造成が進められている。
ピラミッドが出現した山林を所有していたのは、その町の地主の岩永善吉、善次郎の父親である。政府はピラミッド周辺の山林を20億円で善吉から買い取っている。簿価はあってないようなものだったため2割近く税金として差し引かれたが、それでも16億円を超える現金が手元に残った。岩永善吉の資産はその16億円の他、不動産を含め20億円は超えている。
善次郎は、岩永善吉の一人息子であり、善吉の妻、善次郎の母は既に他界しているため、ただ一人の法定相続人となる。善次郎は善吉によって勘当されているため、ここ4年間、お互い連絡を取り合っていない。
東京の大学を卒業したものの就職もせずアルバイトで生活している息子のため、善吉が地元の有力者に頭を下げ、ようやく町役場に就職先を見つけてやったものの、善次郎が田舎に帰りたくないとわがままを言ってそのまま東京から帰ってこなかったことが勘当の直接原因である。
善吉は最近体調を崩し、何年かぶりに町の医院で診てもらったところ、今の症状は風邪だが腹部にしこりがあるので、大学病院で検査するよう勧められた。
大学病院での検査の結果、肝臓がんの診断を受け、そのまま、2週間後の手術が決まった。手術内容は、肝臓の2分の1を摘出するとの話だった。
一人住まいのため、入退院、入院中の世話について病院に相談したところ業者のヘルパーを勧められたため、その手続きを済ませておいた。
暗い気持ちで屋敷に戻った善吉は、手術を受けた後、その先どうなるかもわからないと考え、手術前に一度息子に会っておきたいと考えた。
善次郎の携帯に電話をかけてみたものの4年の間に電話番号を変えたのか、電話は不通だった。
息子に会えぬままもしものことがあれば、と思ったものの、息子の住所も分からない。なす術もなく善吉は入院の準備をして、2週間後大学病院に入院した。入院して3日目、成功裏に手術が終わった。術後、点滴の機械を持って病院内を少しずつ歩いて回復に努めた結果か、術後2週間ほどで退院できた。
屋敷に帰って2週間ほどである程度自由に歩けるようになった善吉だが、抗がん剤を服用しているため体調は思わしくなく、常に軽い吐き気がして食欲もあまりない。
そういった中、屋敷の居間で座椅子に座ってテレビを見ていたら、冒険者チームが東京のダンジョンに入っていく映像が流れていた。解説によると、防衛省が認めた最強の冒険者チームだそうだ。
善吉も自分の山にピラミッドが出現し、政府に周囲の山林を売ったこともあり、ダンジョンについては多少興味があったのでそのままテレビを見ていたら、その冒険者チームの先頭を歩く男の姿が息子、善次郎に見えた。
音信不通で今何をやっているのかは分からないとはいえ、さすがに自分の息子が防衛省が言う最強の冒険者チームのおそらくはリーダーであるはずはないと思い直した。
そのうちリーダーの顔が大映しにされた。その顔は、ぼやけてはいたものの、善吉が覚えている4年以上前の息子の顔にそっくりだった。その後、テレビは順次リーダーの後ろのメンバーを映しだしていった。最後に映し出された一番小柄な少女と目が合ったような気がした。しかも、その少女は自分に笑いかけていたように善吉には思えた。
その日を境に、抗がん剤を服用しているにもかかわらず、善吉の体は快調で、食欲も回復してきた。
それから1週間。善吉は、手術前はもとより10歳は若返ったほど体の調子が良くなっていた。
元気を取り戻した善吉は、あのテレビで見た息子らしき男の顔が忘れられず、とうとう、防衛省のD関連局に電話をかけてみた。電話をかけた先は、政府からダンジョン周辺の土地の売却を頼まれた時、D関連局の職員が善吉の自宅に説明にきており、そのとき貰った名刺に書いてあった番号である。
『はい、D関連局、ダンジョン課、田中です』
「島根の岩永と申します」
『えーと。あっ! 岩永さん、その節はどうも』
「こちらこそ」
『何かありましたか?』
「はえ。あのう、つかんことをおたずねしますが、先般テレビに出ちょった『最強の冒険者チーム』のリーダーはもしや、岩永善次郎じゃないですか?」
『えっ!? 岩永さん、もしかしてZ、いえ、岩永さんのお父さまでしたか?』
「はえ、善次郎の父です」
『これは、どうも。防衛省の秘密事項なので、他言はお控えくださるようお願いしますが、善次郎さんに間違いありません』
「善次郎と連絡はつきますか?」
『こちらからは難しいんですが、来週の月曜にこちらにいらっしゃるので、伝言でもあるようでしたらその時お伝えします』
「申し訳なえっすが、うちに電話すーよう伝えてください」
『了解しました』
「よろしゅうお願いします」
善吉は胸をなでおろすとともに、善次郎は一体どうなってしまったのかと少し心配になってしまった。




