第203話 殺菌
床からせり上がった台座の上に大金貨を置いたとたん、石室の正面の壁が消えて、その先に下り坂になった洞窟が現れた。これまで見てきたダンジョンは石組型、洞窟型、どちらも周囲が発光していて、暗くはあっても周囲が見えないということはなかったが、目の前の洞窟は何も発光していないため、華ちゃんのライトの光が照らす範囲の外はほとんど何も見えなかった。もちろん洞窟の先も真っ暗だ。
「この下り坂。まさか冥界に続いてはいないのだろうが、雰囲気悪いよな。
成り行き上、魔神の眷属を斃してしまったが、魔神はおそらく封印されているんだし、わざわざあいさつにいく必要はないと思うんだが」
「引き返しますか?」
「どうしようかなー」
「ゼンちゃん、わらわとしては、将来の禍根を絶つためにも、アルシャファクを封印ではなく消滅させたいのじゃが」
「魔神の眷属以上におっかないやつだということは想像できるが、その魔神が蘇るとそれほど脅威になるのか?」
「冥王アルシャファクは冥界の王と呼ばれているが、疫病の神でもある。
かつて、一つの大陸がアルシャファクがもたらした疫病によって死の大陸になったという言い伝えがある。もちろん真偽のほどは分からぬが、わらわは真実だと思うておる」
疫病か。BC兵器のうちのBならアキナちゃん効果で底上げされたヒールポーションを作ればおそらく楽勝だな。
相手が封印されている今、俺たちが全力で挑めばさっきの戦いくらい楽勝できそうだ。
それでも少し怖いが魔神を斃したらヒールポーションを飲んだ上、薄くていいからヒールポーションのシャワーを浴びれば問題ないだろう。その前に防護服を用意しておくか。備えあらば憂いなしではあるが、防護服を着たうえで動き回れるものなのか? そこは考えないと。全力で動き回ったら破れていましたでは済まないし。
「華ちゃん、容器に入った液体を噴霧器みたいに吹き出して霧にできるような魔法ってできないかな?」
「うん? 何ですか?」
「魔神の近くはなにがしかの病原菌で汚染されているかも知れないだろ?」
「そうですね」
「消毒液を霧にして撒きながら近づいていけば、病原菌を殺菌できるんじゃないかと思うんだ」
「殺菌なら、火であぶった方が簡単じゃないですか? 高温に数秒晒せば殺菌できると思うし、洞窟の中なら燃えるものはないから火が着くわけでもないし、逆に言えば酸欠にもならない。ファイヤーボールを爆発させながら進んでいきましょう」
「洞窟内が熱くなり過ぎないか?」
「熱いようなら、アイスボールで冷ませば大丈夫です」
最近の華ちゃん、ずいぶん過激になったような気もするが、手っ取り早いと言えば手っ取り早そうだ。
「今度は寒くなりそうだが、そしたらドライヤー魔法もあるか」
力技ではあるが、やっちゃいけない理由はどこにもないものな。
「それじゃあ、その手でいこう」
「はい」「は、はい」「?」
俺と華ちゃんの会話を聞いていた、アキナちゃんとキリアはぽかんとしていた。
若干2名分かっていないようだが、それは仕方がない。
まず華ちゃんが定例のデテクトアノマリー、デテクトライフをかけ何も異常がないことを確認した後、
「試しに、ファイヤーボール殺菌!」
こんどの殺菌用ファイヤーボールはボールの大きさで言うと小学生のドッジボールほどなのだが、今まで白く輝いていたボールの代わりに青白くしかもどぎつく輝いていた。
そのファイヤーボールが100メートルほど先でピカッ! と、光り、ドーンという爆発音の後、爆風が通路から俺たちの立つ石室に襲ってきた。俺は何とか踏みとどまったが、当の華ちゃんを含めて俺以外の3人は尻もちをついてしまった。
3人を引き上げて立たせ、
「華ちゃん、ちょっと威力がありすぎたんじゃないか?」
「アキナちゃんの祝福効果を忘れてました」
「しかし、わらわの祝福で威力が増したのかもしれんが、華ちゃんの魔法はとんでもないのー」と、アキナちゃん。
「そう言えば華ちゃん、今のファイヤーボールは青白かったけど、これまでのファイヤーボールと何か違うのかい?」
「爆発を抑える代わりに温度を上げたファイヤーボールだったんです」
「なるほど。抑えた割に爆発も強力だったが、確かに温度は相当上がっているみたぞ」
真っ暗なはずの洞窟の先の方が、赤く発光している。消毒は完璧だろう。
「アイスボール」
今度は水色で半透明のボールが洞窟に向かって放たれた。
パーン!
風船が弾けるような音がしたが、爆風はなかった。それまで赤く見えていた洞窟の先の赤味も消えている。そのかわり、何かがキラキラその辺りできらめいている。華ちゃんのライトの光を受けて真っ暗な通路の中、何かがわずかに反射している。
「華ちゃん、洞窟の先、なんか、凍り付いていないか?」
「なかなか調整が難しくて。
温度調整ファイヤーボール!」
今度はこぶし大の、白いファイヤーボールが放たれた。ボン! という音がしただけで爆風が襲ってくることもなく、光の反射によるきらめきも見えなくなった。
まさに、力技だったが、これはこれで目的を果たしたのだから成功と言っていいのだろう。
いちおうの目途も立った。
「それじゃあ、進もうか」
「「はい」」「おう!」
昼までまだ時間がある。できればその前に片付けてやりたい。




