第197話 リッチ
今回はちょっと痛いお話になります。
俺たちは階段を下り切って、華ちゃんのデテクトアノマリーとデテクトライフできれいなことが確認された石室の中にいるわけだが、俺たちの正面にいつの間にか、男?が立っていた。
華ちゃんの右肩にとまるピョンちゃんも怪人の出現には気づけなかったようだ。
焦げ茶色のフード付きローブをまとい、ローブから出た手先の皮膚の色は青黒い。まさに怪人だ。フードに隠れて顔ははっきり見えないが二つの目だけ赤く輝き俺たちを見ている。
「見つけたぞ!
こやつこそ、われに石の呪いをかけた魔神の眷属じゃ!」と、アキナちゃんが鋭く声を上げた。
「ほう。これはこれは、アキナさん。石から蘇ったようでなにより。
ということは、鳳凰の羽根を手に入れたということだ。
この日を待っていたぞ。
申し遅れたが、わたしの名まえはネフィア。
どうだ、もう一度石になりたくはないだろう? 鳳凰の羽根を渡してくれれば見逃してやってもいいぞ。
今は持っていないだろうから、わたしが神殿まで取りにいってやろう。
うん? となると、見逃す必要は何もないな」
男はかすれた声で、宣った。
テッシュペーパーのような名まえだが、俺たちに向かってペラペラとよくしゃべる。それほど余裕があるということだろう。
喋り終わった男は、フードを後ろにずらして隠れていた顔を俺たちに見せた。
薄く乾燥した肉がこびりついた顔面には二つの眼窩と二つの鼻の穴、そして歯茎のないむき出しの歯が並んだ口があった。ミイラの素顔を拝んだことはないが、見た目はミイラだ。
俺のラノベとゲーム知識から言って、こいつは高位のアンデッド、リッチの可能性が高い。ハイクラスのスペルキャスターだ。しかもアキナちゃんを石化の呪いで石像にしたように呪いも操れる。まさに闇の眷属だ! 訂正しよう、邪悪の眷属だ。
相手が仕掛けてくる前に、先手必勝だ!
俺は如意棒を中段に構えたまま無言で一歩二歩と踏み込み、男のミイラ面を狙って突き出した。
仕留めたと思ったのだが、如意棒はミイラ面の手前で何かにはじかれたようで、腕に鈍い手応えが戻ってきた。
俺はマズいと思い、如意棒と一緒に後ろに跳び退いた。
俺が踏み込んだとき立っていた石の床が、赤く光って熱気を放っている。一撃死だけは避けなければいけないが、今の攻撃を俺は全く感知できなかった。
ミイラ面がニッと笑ったように見えた。
テッシュ男は余裕をぶっこいているのだろう。逆に俺は、背中に冷たいものを感じた。
「サラウンドファイヤーアロー!」
俺がいったん引いたところを見た華ちゃんがテッシュ男に仕掛けた。
白い光の糸が四方八方からテッシュ男に命中するのだが、光はそのまま男に吸収されて消えてしまった。華ちゃんの新しい魔法だったようだが効果はなかった。
アキナちゃんにどれほど魔法耐性があるのか分からないが、こいつには完全魔法耐性があるようだ。俺の如意棒による物理もダメ、華ちゃんの魔法もダメ。どうすりゃいいんだ?
俺が迷っていたら、今度はキリアが何も言わず一歩踏み込んで、フレイムタンをテッシュ男に突き出し、俺をマネしてすぐに跳び退いた。
キリアによるフレイムタンの突きは男の左肩口に命中している。ジューという水分が沸騰する音はしなかったが、男の着ているローブには穴が空いていた。
「ほう。
マジックアイテムを子どもが持っておるのか。
かわいそうだが、お前からだな」
男が右手をキリアに向けてわずかに上げた。
「キリア!」
俺はとっさにキリアを屋敷に転送した。
男が何をしたのか分からないが、キリアがさっきまで立っていた床は大きく抉れていた。
「うん? 今のは転移か? 子どものくせに。
まあいい、残りを順番に片付けていくだけだ」
ここは直ちに撤退だ。
俺は男がまた右手を上げる前に、アキナちゃん、ピョンちゃんと華ちゃんを順に屋敷の居間に転送した。男が右手を上げるのを横目に、俺自身が居間に転移しようとした瞬間、両足首から激痛が襲ってきた。
居間に現れた俺だが、立っていることはできずそのまま床に転がってしまった。
「岩永さん!」
ピョンちゃんを右肩に乗せた華ちゃんの悲鳴が聞こえた。床に腰を強く打ったが足の痛みがひどすぎて腰の痛みはほとんど感じなかったと思う。
「大丈夫。大丈夫だから」
両足首からの激痛は治まらない。額から冷や汗を流しながらも上半身を少し上げて自分の足を見たが、ワークマンシューズに隠れているせいでどうなっているのか分からない。
「華ちゃん、悪いが靴を脱がせてくれるかい」
「はい!」
すぐに華ちゃんがワークマンシューズの紐をほどき、両足から脱がせてくれた。靴下も取ってくれたのだが、俺の足首から先は真っ白な石になっていた。石になった部分との境目、それも骨の髄から激痛が襲ってくる。しかも石の部分は少しずつ上に上がって激痛もそれに連れて上に移動している。
エリクシールがあれば何とでもなったのだろうが今はない。
「石の呪いじゃ。
ゼンちゃん、気をしっかり持つのじゃ。
エリクシールを飲めば治るはずじゃ」
「エリクシールはもうない」
「なんと、わらわに使ったエリクシールがたった一つのエリクシールじゃったのか!
すまん。わらわのために」
「いやまだ手はあるから。
まず、今できる最上級ポーションを作る。
アキナちゃん、俺が気絶したら飲ませてくれ」
俺は激痛で額に冷や汗をかきながらも、でき上ったポーションをアキナちゃんに渡し、次に華ちゃんに向かって、
「華ちゃん、俺のすね当てを取って、ズボンを膝までたくし上げてくれ」
「はい!」。すぐに華ちゃんがすね当てを外しズボンをたくし上げてくれた。ニーパッドは俺が直接収納して外している。
そして、顔を蒼くして近くで俺を見ていたキリアに向かい、
「キリアしっかりしろ。
俺の足を石になっていないところからちょん切ってくれ。お前のフレイムタンなら血もあまり出ないしそれほど痛くはないはずだ」
「ご主人さま、わたしにはそんなことはできません!」
「キリア、頼む。今でも激痛で気を失いそうなんだ。
キリア!」
「は、はい。
いきます。ご主人さま、ごめんなさい!」
キリアが鞘に仕舞っていたフレイムタンを引き抜き、両手で振りかぶって一気に振り下ろした。
そこで、俺の意識は飛んでしまった。




