第184話 アキナ神殿、大神官と御子
勇者を救出した翌日の午後。
冒険者ギルドから依頼の達成報酬金貨2000枚が荷車に載って運ばれてきた。
俺は報酬を受け取った後、居間で3台のピアノの音を聞きながら寛いでいたのだが、門の外で、声がするような気がしたので、玄関に回って外に出てみたら、誰かが門の外で大きな声を出していた。
「ゼンジロウさまのお屋敷でしょうか? アキナ神殿の者です。
ゼンジロウさまはご在宅でしょうか?」
「わたしが善次郎だが、神殿が何の用だ?」
「いままでの数々のご無礼のお詫びと今回の救出のお礼に大神官が参りますので、是非ともお会いください」
俺を殺そうとまでした連中だし、会いたくはないが、この街で生活基盤を築き上げた以上、いらぬ波風はなるべくなら立てない方が良いのも確かだ。完全に敵対して卑怯な手でも使われれば、こっちには子どもたちもいるので分が悪いし、ここらで手打ちにしたほうが賢明か。
「了解した」
「ありがとうございます。
30分ほどで大神官が参りますのでよろしくお願いします」
そう言って使者らしき男は帰っていった。
門を開けた俺は、30分後に客がくるから応接室に通してくれ。と、リサに言い、それから大神官がやってくるのを居間で待った。
約束の30分少し前、玄関前に馬車が止まる音がした。俺は応接室に移動しておき、リサが客を応接室に迎え入れた。
立派な法衣を着た爺がリサに連れられて応接室に入ってきた。俺は座ったままで爺を迎えてやろうかと思ったが、さすがにそれは止めて、爺を立って迎え、椅子を勧めた。
椅子に座った爺は俺に向かって、深々と頭を下げて、
「ゼンジロウ殿、今までのことを水に流せとは言えませんが、申し訳なかった。この通りです。そして、今回勇者ケイコ・ヤマダを救っていただきありがとう」
「わかったから、これから俺のところにちょっかいを出さないと約束してくれれば、俺もあんたたちに対して今まで通り何もしないよ」
「もちろん、お約束します」
「それなら、もういいや。ところで、ただの好奇心から聞きたいんだけど、どうしてあんたたちはあのダンジョンを攻略しようとしてるの?」
「そ、それは、……」
大神官が言いよどんだ時、扉の外から『お茶をお持ちしました』とリサの声がした。
「どうぞ」
「失礼します」
リサが大神官と俺の前にお茶を置いて部屋から出ていった。
「何か秘密があるんだろうとは思うし、それを無理やり聞こうとは思わないから別にいいよ。その代わり俺たちも勝手にあのダンジョンを探索するから。それくらい問題ないだろ? そのためにあんたたちに呼び出されたわけだし」
「確かにその通りです。申し訳ありませんでした。それでは正直に申しましょう。
われわれはあのダンジョンの最深部に棲むという鳳凰の羽根を求めています」
何だか話が大きくなってきたぞ。大神官の爺が嘘を吐いているとも思えない。
「それは何のために?」
「アキナ神殿の『御子』の病、いえ、御子に掛けられた呪いを解くためです」
「御子? 呪い?」
「御子とはアキナ神の生まれ代わりとして20年前生を受けた者です。12歳の誕生日、魔神の眷属と名乗る異形の者から呪いを受け石にされてしまいました。
その者は、あのダンジョンの入り口の位置を示した地図と、ダンジョンを踏破するために優れた者を異界から呼び寄せることのできる魔法陣の図面、そしてその魔法陣作成に必要な素材の名を書いた紙を残したあと、御子の25歳の誕生日に石は砕けると告げて去っていきました。あと5年のうちに何としても呪いを解かねば御子は失われるのです。
この春、魔法陣作成に必要な素材がようやく揃い、勇者たちの召喚を行ったのです」
これは確かに神殿の秘事だな。これを俺に話したということは。
「ゼンジロウ殿。今の勇者たちでは残る5年の間にダンジョンの最深部にたどり着き、そこに棲む鳳凰を斃して羽根を得ることは難しいでしょう。
なにとぞ、なにとぞ、ゼンジロウ殿のパーティー一心同体の力で鳳凰を斃しその羽根を届けていただけませんでしょうか? 報酬に糸目はつけません」
糸目はつけないと言っても限度はあるだろう。
「報酬の糸目をつけないとは?」
「アキナ神殿の持つ荘園を全て差し上げます」
そんなのは貰っても困る。ただ、それほど御子というのは神殿にとって大事な存在ということはよくわかった。
「約束はできないが、見つけたら羽根の1枚くらい渡してもいい。
報酬はそうだなー。あのダンジョンということにしておくか。鳳凰の羽根が手に入ればもうあのダンジョンは用済みだろ?」
「もちろんです。
ありがとうございます。よろしくお願いします」
爺は何度もテーブルに頭をこすりつけた。
何か得したような損したような。待てよ。
「ところでその石にされた御子さんは今神殿の中にいるの?」
「はい。地下の暗所で眠っています」
「例えばだけど、何か石化を解くポーションでもあれば、その御子は治るんじゃないの?」
「はい。石化を解くポーション、エリクシールを作るための素材の一つが鳳凰の羽根です」
なんと。それなら俺も欲しくなってきた。しかし、その前に俺の持ってるヒールポーション(極)だが、アレも死んでさえいなければ、何にでも効きそうなんだが。試してみてもいいかもしれない。
「大神官さん、俺はちょっといい薬を持ってるんだけど、それをその御子に試しちゃだめかな?」
「どういったポーションでしょうか?」
「俺がとにかく目一杯頑張って作ったヒールポーションで、見た目は白くてなぜか光ってるんだ。いかにも効きそうだろ?」
「白く光るポーションとは、言い伝えの中の究極のヒールポーション、エリクシールでは? いやまさか」
「今は陶器の瓶に入れてるから光っているかどうか見えないけど。俺もそのポーションを作った時これ以上の物はできないと思ってヒールポーション(極)と名づけたが、さすがにエリクシールではないだろうな」
「それでも試していただけますか?」
試してダメならせっかく苦労して作ったヒールポーション(極)が無駄になるが、いくら大変でも、また作ることもできるからな。万が一これで片が付けば万々歳。晴れてあのダンジョンは俺のものだ。
「了解。さっそくやってみよう。
大神官さん、案内してくれる?」
「はい」
そう言って席を立った大神官に、
「俺の手を取ってくれれば、二人そろって神殿に跳んでいけるから」
怪訝な顔を最近よく見るが、最後にはみんな俺の手を取る。大神官も俺の手を取った。
いちおう声を出して「転移」
俺たちは昨日勇者を届けた場所に大神官と一緒に立っていた。




