第176話 音楽のある生活。新3人組2
俺は、ピアノを運んでくれたトラックを日本に送り帰して、それから居間に戻った。
グランドピアノがお目見えしたので、これでピアノが3台、居間の3隅に置かれたことになる。と、言っても居間にはまだまだ余裕がある。キリアは最近空いた時間には剣を振っているようなので、ピアノを弾いているのはオリヴィアとエヴァとイオナということになる。エヴァとイオナは二人で勉強部屋に上がって算数の問題を解いていることもある。
それでも、グランドピアノは迫力があるので、今はリサも、街歩きから帰ってきたはるかさんも、子どもたちと一緒に、華ちゃんが弾くグランドピアノを囲んでいる。
今までアップライトピアノの音に慣れていたせいか、新しいピアノの方がよく響く感じがする。音がよく通るとでもいうのか。華ちゃんの弾く曲は、俺でも知っているベートーベンの『喜びの歌』だった。少し考えさせられたが、まあいいだろう。
華ちゃんの演奏の後、オリヴィアが代わって席に着き、今度は俺の知らない曲を弾き始めた。華ちゃんがオリヴィアの左に立って譜面台に置いた楽譜をめくってやっている。
華ちゃんに曲名を聞いたら、ショパンのエチュードという曲だった。曲を聞いて目が回ったのは初めてだ。
音楽のある生活か。CDを聞いていればそれも音楽のある生活だが、やはりピアノを弾けるってことは幸せだよな。
そうこうしていたら、夕食の支度の時間になったようで、リサがまず居間から出ていき、そのうちオリヴィアもピアノを止め、他の子どもたちと一緒に居間を出ていった。
この日は、華ちゃんのことで驚かされたが、結果的にこれまで通りの生活が続くことになったわけだ。華ちゃんがまたピアノを弾いている間に、はるかさんも2階に上がり、俺も風呂の支度をしようと居間をでた。
風呂場の中でもピアノの音がよく聞こえてきた。アップライトの時はこれほど響いてこなかったと思うので、やはり、グランドピアノ、それもスタンバイとかいう高級ピアノだからだろう。素人の俺でも違いがはっきり分かる優れモノだ。
とはいえ、アップライトの10倍以上の値段だったわけだから、これくらいのご利益があってもいいのかもしれない。
風呂場の準備といっても、風呂場は掃除済みなので、アイテムボックスから湯舟にお湯を張るだけなので簡単だ。
準備完了。俺は脱衣場で裸になって風呂に入った。
体を軽く洗って、湯舟に体を沈めた。今俺の入っている湯舟だってかなり大きいのだが、やはり温泉旅館の岩風呂にはかなわない。温泉よかったなー。
昨日の今日でいただいた宿泊券を使う訳にはいかないが、正月あたりまたあの旅館に泊まりにいくか。
しかしここの風呂の構造のせいか、ピアノの位置のせいか、ピアノの音がよく響く。
明日は、楽園に跳んで、楽園から一段下がった洞窟にプールを作るつもりだが、よく考えたら、楽園の外だからモンスターが湧いて出る可能性もある。さらに言えば、洞窟に降りていく階段は今現在開いたままにしているので、あのダンジョンがいくらモンスターが湧きづらいと言っても楽園がモンスターに荒らされる危険がある。これはマズい。
思い立ったが吉日、かどうかはわからないが、俺はマッパのまま楽園に跳んだ。
ピョンちゃんが俺を見つけて止まり木から飛んできたのだが、華ちゃんがいないことを察したらしく、そのままUターンして止まり木に戻っていった。
薄情な奴と思うが、マッパのおっさんに恐れを抱いた可能性も無きにしも非ずなので、この件は不問に付すことにした。
幸い楽園の中はモンスターに荒らされたような気配はなかったので安心して台座の上から大金貨を取り上げようとしたら台座の上に大金貨がなかった。下に続く階段は最初から見えなくなっていた。よーく考えたらこの前大金貨を回収していた。念のためアイテムボックスの中の大金貨を勘定したらちゃんと32枚あった。何度もヒールポーションを飲んでいるのだが俺の頭には効かなかったようだ。
「それでもこれで安心。じゃあ、風呂に戻るか」
風呂場に戻った俺は、一度湯舟に入って温まり直し、それから体と頭を洗ってすっきりした。その後、湯舟に肩まで浸かって100まで数えてから湯舟から上がった。
最後に湯舟から桶で掬ったお湯で軽く洗い場を流して、湯舟のお湯を張り替えてから風呂を出た。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
こちらは、神殿の新3人組。
お互いの役目を確認するため、街の南に広がる神殿が所有する荒れ地で訓練が始まったのだが、山田圭子は斎藤一郎と鈴木茜を置いて一人先走り、目に付いたイノシシや、ゴブリンを斃していった。
斎藤一郎が、鈴木茜に向かい小声で、
『これじゃあ、僕たち必要ないよね』
『そうみたい。でもいいんじゃない。一人で頑張ってくれた方がわたしたちも楽だし』
『それもそうか。
でも、本番の時困らないかな?』
『山田さんは勇者なんだから、困らないんじゃないかな。一郎くんは罠を見つけて解除すれば十分じゃない。わたしは誰かケガをしたら治せばいいし』
『僕らは僕らのできることをきっちりやっていくしかないか』
『そういうこと』
こういった会話は勇者補正のかかった山田圭子の耳には届いていたのだが、山田圭子は『チッ!』と小さく舌打ちしただけで、次の獲物を探して歩き始めた。
これまで、ダンジョンのある南方向に移動していたのだが、その日は珍しく西に向かって3人は進んでいった。途中、何度もゴブリンに遭遇していた。もちろんゴブリンを見つけ次第山田圭子が切り捨てている。
「思った通り、ゴブリンの集落だわ」
目の前に粗末な草ぶきの小屋が立ち居並ぶ小規模な集落があった。集落の中にはゴブリンが何匹も行き来していた。
山田圭子はそのまま集落に向かって突撃していき、迎え撃とうと彼女に向かってきたゴブリンをなで斬りにし、戦意を喪失して逃げ惑うゴブリンを無造作に切り捨てていった。
「一郎くん、これってやり過ぎじゃない?」
「ゴブリンの集落は見つけたらせん滅するように神殿での訓練でも言われていたから、山田さんはその通りやってるだけじゃないかな」
「そうかもしれないけど、ちょっと引いちゃわない?」
「ちょっと怖いけど、頼もしいと言えば頼もしいんじゃないかな」
「そうかなー」
ゴブリンの集落の中で立っているゴブリンは一匹もいなくなった。
山田圭子は、斎藤一郎に向かって、
「斎藤くん、ファイヤーボールでそこらの草ぶき小屋を吹き飛ばしてちょうだい」
斎藤一郎は山田圭子に言われるまま、ファイヤーボールで一つ一つゴブリンの小屋を吹き飛ばしていった。たまに小屋に使われていた草に交じって赤いものが飛び散ったが斎藤一郎も鈴木茜も見なかったことにした。
その代わり、斎藤一郎と鈴木茜は、この勇者とこれから先、はたしてうまくやっていけるのだろうかと、本気で心配し始めていた。
ショパン、エチュード
https://www.youtube.com/watch?v=fyhr_pghIvs




