第168話 素人の講釈
ブーメランで悩んでいた俺だが、お財布係でもあるので悩んでばかりでは女子たちが可哀そうなことになる。
俺は意を決してブーメランを左手に。
その時、俺自身の能力を天啓のごとく思い出した。錬金工房でサイズ調整は可能だ!
俺は大きさも見ずハーフパンツタイプを1つ右手で掴み、隣で売っていたサポーターも忘れずに左手に持って精算した。
その後、急いで女性水着売り場に戻ったら、水着を持ってリサと子どもたち四人が二人つの試着室の扉の前に並んでいた。試着室の中には華ちゃんとはるかさんが入っているのだろう。
状況を確認した俺は、その位置から少し距離を置いて、造花の観葉植物の陰から様子をうかがうことにした。
一人当たり試着に7分と考えると、あと20分少々。試着したものの気に入らなければ再度選び直して試着することになる。何も焦って駆け付ける必要はなかったみたいだ。先にお金を渡しておけばよかった。
華ちゃんが出てきたら渡してもいいが、俺には草葉の陰から様子をうかがうことくらいしかすることがないので、そのまま女性水着売り場を見ていたら、
「どうかしましたか?」と、声をかけられた。
振り向くと、デパートの警備員だった。俺は不審者と思われたようだ。ここは正直に、
「連れが水着を選んでいるんですが、さすがに近寄りがたくてここから様子を見てたんです」
「そうでしたか。別に男性だからと言ってそんなことを気にする必要はありませんよ。最近は多様性の時代ですから、男性でも女物の水着を求められるようです」
そう言って警備員は去っていった。おいおいおいおい、女物の水着を着る男ってホントなのかよ?
まあ、デパートに勤める警備員がそう言うのならそうなのかもしれない。気持ちの問題と言えばそれだけだし、気持ちは女性と言いはって、女湯の中にぶら下げて入るのに比べれば、雲泥の差がある。要は他人に不快感を与えるかどうかだな。
女物の水着を着た男が海水浴場にたった一人いたら注目されるだろうが、男の中の5割とまではいわないが2割も女物の水着を着ていればそれはもう一つの文化だ。周囲はそれを受け入れざるを得まい。
俺がそうやって多様性について考察していたら、華ちゃんとはるかさんが試着を終わって試着室から出てきた。その後、リサとオリヴィアが水着を持って試着室に入っていった。
草葉の陰から覗いている俺を見つけた華ちゃんが手を振るので、俺は草葉の陰から水着売り場の華ちゃんのところまでいった。
「岩永さん、どこから覗いてるんですか? 水着が似合ってるか見てもらおうと思ったのに」
「いやちょっと。自分の水着も買ったりしてた関係で」
「今回見せられなかったから、プールができたら、お披露目しますから」
「期待しておくよ」
「善次郎さん、わたしの水着姿も期待しておいてくださいね」と、はるかさん。
だからと言って、俺が二人に対抗して「俺の水着姿も期待してください」とは言えないものな。
次に試着室に入ったリサとオリヴィアは意外と早く試着室から出て、エヴァとキリアに交代して、キリアが先に出てきたところでイオナが試着室に入った。イオナが5分ほどで試着を終えたところで全員揃った。子どもたちが手にする水着はどれも太ももまで続いたワンピースの競泳型水着だった。
「試着して問題なかったのかな?」
みんな頷いたので、会計することにした。
俺が全員分と言って店員に言ったら、はるかさんが、
「わたしはお金を持ってきていますから、大丈夫です」そう言って自分で払おうとしたので、
「防衛省からお金が出ているので気にしないでください」
「でも」
そう言ったところをきっちりするのは、はるかさんの性格というか美徳なのだろう。
「それじゃあ、はるかさんは別会計でお願いします」
「はい」
俺が6人分の代金を払い、その後はるかさんが小物入れから財布を取り出して自分の水着の代金を払った。
みんなの荷物は例のごとく歩きながら少しずつアイテムボックスに収納している。もちろんコピーも済ませてある。水着を返すときにはコピーと一緒に返さないと、物がモノだけにマズいからな。
今回のこともそうだが、女子たちには小物入れを持たせた方がいいな。財布はリサと華ちゃんが持てば十分か。
「華ちゃん、小物入れとか用意しておいた方がいいんじゃないか? それに、財布とかも。
財布は華ちゃんとリサが持てば十分かもしれないがな」
「そうですね。それじゃあ、せっかくだから、小物入れと財布を見てみましょう」
今いる階でよかったらしく、エスカレーターに乗らず、華ちゃんが先導して、残りの俺たちがぞろぞろとデパートの中を移動していく。俺は行方不明者を出してはならないので、最後尾を警戒して歩いている。
そんなに歩くこともなく、そういった売り場に到着した。水着売り場ほどではないが色とりどりのバッグや財布、それに小物入れなどが並んでいた。
子どもたちは目を輝かせて、ショーケースの中を覗いていた。女物は相当高いのだろうと思って、値札をちょっと見したら、思った通り結構な値段だった。値段相応にしっかりして、長持ちするならいいけどな。
こういった商品にはブランド価値が値段に含まれているからそれなりの値段がするが、そのブランド価値を築くまでにはそれなりの企業努力をしてきたはずだ。などと、つらつら考えていたら、
ショーケースを覗いていたエヴァが、
「このお財布の値段は銀貨にするといくらくらいだろ?」と、つぶやいたのを耳にした。
エヴァの見ていた財布の値札を見たら1万5千円だった。
「エヴァ、金貨1枚でだいたい3万から5万ってところだ」
「ということは、このお財布は銀貨3枚から5枚! 高い」
「こういった商品はここでこうやって並べられるまでに、いろんな人がかかわってるんだ。それで値段が高くなる。その高くなった商品でも買い手が買う気を起こすように、また人がかかわってるんだ」
「安く仕入れて、高く売るだけじゃダメなんですか?」
「もちろんそれが商売の基本だ。しかし、安く仕入れることができるかどうかは運しだいのところもあるだろ?」
「はい」
「だから、そっち方向じゃなくて、高く売ることを考えるんだ。
そのためには、まずはお客の欲しがるもの。例として挙げると食料品だな。同じ値段ならよりおいしいもの、日持ちのするもの、見た目がいいものが売れるだろ? 逆に言えばそういったものは少しくらい値段が高くても売れるんだ。まずはそれが一点。
次は、いくらいい商品でもお客さんが知らなければ買い手が付くはずはない。
そのために、その商品をなるべく多くのお客さんに知らせる必要がある。これが、宣伝だ。
いい商品を、多くの人に買ってもらい続けていくと、あそこの商品は信頼できる。あそこの商品なら何を買っても安心だ。というお客さんが増えていく。これがブランド力だ。そうしたらシメたものだ。そこから先は左うちわで大儲けできる」
エヴァを相手に思い付きで一講釈ぶってしまった。左うちわを理解できたかどうかわからないが、それでもエヴァは俺の話を真剣に聞いていた。エヴァに話したつもりだったが、残りの子どもたちも俺の話を聞いていた。
俺の言ったことはおそらく間違いではないだろうが、具体的にどうするかは俺じゃあどうしようもない。経験を積んで自分で考えていくしかないだろう。