第159話 温泉旅行1
帝〇ホテルでカレーを食べた俺たちは、店を出て、適当なところに移動した後、屋敷の居間に跳んだ。
居間では、オリヴィアがピアノを弾き、残りの3人の子どもたちがソファーに座ってオリヴィアのピアノを聞いていた。
なかなかいい。
俺たちが帰ってきたことに気づいて、ピアノを聴いていた3人がすぐに、
「「ご主人さまおかえりなさい」」「「華おねえさんおかえりなさい」」
オリヴィアもピアノを弾く手を止めて、「おかえりなさい」と言ってくれた。
「気にせず弾いてていいから」
「はい」
オリヴィアがピアノを弾き始めたが確かにうまいものだ。ピアノ教師が華ちゃんだったせいか、どことなく華ちゃんというか、華ちゃんのピアノと俺では区別できないレベルだ。もっとも、誰か別のピアノのうまい人がやってきてピアノを弾いていても、華ちゃんのピアノと区別できない自信だけはある。
はるかさんの算数の授業も始まった。国語の授業が午後7時半ごろから始まり、少し休憩して算数の授業が30分ほど続く。その後がお待ちかねのデザートタイムだ。
勉強部屋での授業なので、授業が終わるとみんなが居間に下りてくる。勉強部屋にはまだエアコンが付いていないので、涼しくした居間で、お茶を飲みながらのケーキが受けている。子どもたちに寝る前にカフェインの多い紅茶はマズいかもしれないと思ったので、子どもたち用のお茶はかなり薄めだ。デザートが終われば歯を磨いて、すぐにみんな眠っているようなので、眠れなくなるということはないようだった。
そんなこんなで温泉旅行初日の金曜日がやってきた。新幹線の時間は12時20分。40分前に東京駅に飛んでいき、駅弁なんかも買うつもりだ。
子どもたちは、2、3日前の配達時、配達先に明日からの二日間配達を休むと告げている。勝手に供給を止めるのは生産者として問題があるので、昨日、今日と通常の2倍のポーションを卸している。
リサの方も朝の片付けが終わり、子どもたちも配達から帰ってきたところで、旅行用の荷物を全員で用意し始めた。とは言っても、各人の着替えだけだ。その他の物は俺がいつでも用意できる。
各人が布袋に入れた荷物を居間で待機中の俺の下に持ってくる。その順に俺はアイテムボックスに収納していく。荷物を俺に預けた順にソファーに座っていく。
出発予定時間にまだ2時間もある。こういう時の時間の進み方は実に遅い。銀ブラで懲りたハズなのだがまた繰り返すことになってしまった。
時間があるようだったので、オリヴィアがピアノを弾き、華ちゃんがもう一台のピアノを弾いた。後で知ったが2台ピアノというそうだ。オリヴィアも華ちゃんもいつ練習しているのか知らないが、うまいものだ。曲名も何もわからないが、ピアノの音が優しく響いて耳に心地よい。こういっては悪いが、エヴァやキリア、それにイオナがたまに弾いているピアノの音はあまり心地よくはないのは確かだ。そういう意味で俺も少しだけピアノの耳ができてきた可能性もある。
そうだ!
ピアノを聞きながら、ソファーに座って時間を潰していたのだが、急にいいことを思いついてしまった。
子どもたちが、旅行先でキョロキョロして迷子にならないよう旗を作ってやろう。観光バスの添乗員さんよろしく俺が旗を持って先頭を歩いていればいい目印になって、迷子の危険性がぐっと減るはずだ。
善は急げ! 俺は直ぐに旗の製作に取り掛かった。取り掛かったと言っても錬金工房内の作業なので見た目はただソファーに座って寛いでいるだけだ。
さすがに日の丸の旗作りで失敗するはずもなく、錬金工房の中で完成した。国旗が日の丸でなく、もっと複雑な国旗だととんでもない代物を作ってしまう可能性があった。今回のことでも日本人であることの幸せをかみしめることができたわけだ。
旗作りでは5秒しか暇つぶしはできなかった。
二人のピアノが一段落したところで、出発予定の11時40分までまだ40分以上もあるが待ちきれなくなった俺は、
「ちょっと早いけど、そろそろ向こうに跳んで、駅の中でも見て回ってればいい時間になるだろう」
「岩永さん、まだ早いんじゃないですか?」と、ピアノの椅子から華ちゃん。昨日早く屋敷を出過ぎて時間つぶしに苦労したわけだから、華ちゃんにそう言われると俺も弱い。
「もう一曲弾いてそれからいきましょう。
それじゃあ、オリヴィアちゃん、チャイコフスキーのくるみ割り人形、 花のワルツで」
「はい」
くるみ割り人形という曲名だけは聞いたことがあったが、もはや俺にとっては未知との遭遇だった。二人してどっかのコンクールに出場したら入賞しちゃうんじゃないか? 華ちゃんはピアノのプロを目指しているとは思えないが、オリヴィアは将来プロにしてやりたいな。そうすると俺がオリヴィアのパトロンになるわけか。
著名な投資家インヴェスターZこと岩永善次郎氏は、新進気鋭のピアニスト、オリヴィアのパトロンだった! とか週刊誌にスクープされたりして。そのころはもう30、40になってるだろうな。
俺が妄想を膨らませていたら、曲自体は短かったようで終わってしまった。
曲が終わったところでみんなが俺の近くに集まり、手を持ってくれたところで東京駅の八重洲口のいつもの場所に転移した。
8人が急に目の前に現れたことで、数人驚いてしまい俺たちのことを眺めていたが、どう見ても外国人のリサ以下5名を見て、何も言わず通り過ぎていった。日本人のナイーブさの賜物と感謝しておこう。
先に駅中に入場していた方が安心なので、俺はみんなを引率して改札に向かった。もちろん引率用の旗を立てている。リサ以下5人は俺の後をちゃんとついて歩いてきてくれたが、華ちゃんとはるかさんは、ちょっと離れてついてきた。二人は東京駅で迷子になる可能性は低いかもしれないが、規律は大事なので、ちゃんと5人と離れないようについてきてもらいたいものだ。
添乗員の俺は、自動改札は分かりにくいと思い、駅員さんのいる隅の入り口に7人を誘導し、そこで8人分のチケットを見せて駅中に堂々の入場を果たした。
「あれ? 駅中に入ったつもりだが、ほとんど店がないぞ?」
「善次郎さん、ここはもう新幹線の乗り場ですから、ちょっとした売店しかありませんよ」とのはるかさんからのご指摘を添乗員の俺が受けてしまった。
やむなし。
「駅弁が欲しかったけど、駅じゃなくて新幹線で買うしかないか」
転移で在来線側の通路まで出てしまえば駅弁も買えるだろうが、そこまではしなかった。
こういった失敗もいい思い出になーもんだ(注1)。
俺の早出駅弁購入という思惑は見事に外れてしまったので、こうなったらホームで新幹線が入線するのを待っていち早く席に座って旅行気分を味わわないといけない。
チケットを見ると、俺たちのひかりは16番線の14号車だった。
15番線に上がるエスカレーターには乗らず、階段でホームまで上がり、14号車の停車位置にみんなで歩いていった。
注1:
今回は出雲地方の読者さんへのサービスです。
『秘密結社、三人団 -神の国計画-』でも出雲弁出てくるのでお見逃しなく。




