第158話 グランドピアノ購入
点滅なしでの移動がいくら新鮮だと言っても限度がある。外は夏の日差しがまぶしい。華ちゃんから魔法で時々涼しい風を送ってもらっているのだが、真夏のこの時間の散歩は止めた方がいい。
「華ちゃん、余所行きの格好をしていて汚れるかもしれないけれど、楽園にいって、時間までゆっくりしないか?」
と、提案してみた。
「その手がありました。すぐにいきましょう」
華ちゃんが俺の手を取ったところで、俺は周囲を気にすることもなく、華ちゃんを連れて楽園に転移した。
「ふー。生き返るな」
「そうですね」
俺たちが現れたことを察したピョンちゃんが止まり木にしている灌木から飛んできて華ちゃんの右肩に止まった。
ここで、赤い実をピョンちゃんにやると、着ている服が汚れてしまうので、華ちゃんもそれは控えているようだ。
俺は地面にブルーシートを敷いて、靴を脱いでその上に腰を下ろし、華ちゃんも靴を脱いで腰を下ろした。
30分ほどそうやって寛いでいたら、良い時間になったので、銀座に再出現することにした。
華ちゃんがピョンちゃんに別れを告げて、俺の手を取ったところで、銀座にゴーだ。
人の多いところは、本当に目の前に人が出現したのならびっくりするだろうが、そうでなければ人が2人くらい増えようと誰も気にしないようで、俺たちは何食わぬ顔をして開店直後の楽器屋の中に入っていった。
俺ではどこにいっていいやらわからなかったので、華ちゃんについて歩いていき、エレベーターに乗ったのだが、古いビルなのか、エレベーターが狭く、他のお客さんもいた関係で、華ちゃんとくっついてエレベーターに乗ることになった。
動き始めたエレベーターがまた遅く、なんとなくラッキーした気になった。俺も立派なおじさんだ。と、つくづく思ってしまった。
エレベーターを出た先はピアノのだけのフロアーだった。華ちゃんが店の人を呼んできてくれたのでどういったピアノが欲しいのか保護者然とした俺が説明しなくてはならなくなった。
「平べったい、えーと、そうそうグランドピアノで、スータン? とか言うの売ってください」
俺がスータンと言ったところで、華ちゃんがすかさずスタインウェイと言い直してくれた。
「その、スタインウェイで、良さそうなの売ってください」
「かしこまりました、スタインウェイは注文になりますので、こちらがそのカタログです」
カタログを見せられたが、俺が見るところは値段しかない。
どうせ買うなら、一番いいものを、と思ってカタログを見たら3000万を超えていた。でも、たかが3000万だ。
「この一番高いヤツで。華ちゃん、これで問題ないよな?」
「もちろん十分です」
「その製品ですと、納品に時間がかかりますが、よろしいですか?」
「どれくらい?」
「こちらですと3週間は見ていただかないと。ニューヨークからの直送になりますので」
「そうなんだ、来週の頭に納品できるもので、一番高いのは?」
「それですとこのモデルになります」
カタログで価格を見ると2300万ほどだった。
「華ちゃん、これでもいいかな?」
「もちろんこれでも十分です」
「じゃあ、これで」
「かしこまりました。
手続きをいたしますので、こちらにどうぞ」
テーブルに案内されて、伝票の指定箇所に記入していった。
「支払いは現金でいいの?」
「はい。納入時、調律師も同行しますので、その際調律師にお支払いください」
「現金だと2300万は下ろさないとないから、やっぱり振り込みでもいいかな?」
「もちろんです。
振込先はこちらでございます」
「それじゃあ、いま振り込んどくから」
スマホを使って、振込先の口座に送金しておいた。
「これでいいはずだから確認してください」
「ありがとうございます。
入金が確認されましたら、確認メールを送らせていただきます」
「了解。住所は一応そこなんだけど、実際は別のところなんで、トラックかなんかで運んできてくれたら、そのあと案内するから」
「かしこまりました。運送の者にそう伝えておきます」
ピアノが運ばれてくるのは前回同様午後2時を指定しておいた。トラックごと屋敷に転移して、ピアノを据え付けたら調律してもらうことになる。今回は華ちゃんがいてくれたおかげで俺にも余裕がでて、スムーズにピアノを買うことができた。
「それじゃあ」
俺たちは店の担当者が頭を下げる中、上がってきた時と同じエレベーターに乗ってピアノフロアーから1階に下りていったが、今度は他の客がいなかった。
「華ちゃん、昼になっちゃったな。屋敷を出る時には昼の用意はしなくていいと言ってきてるから、どこかで食べて帰るとしよう。華ちゃんは何が食べたい?」
「それでしたら、久しぶりにカレーライスかな」
「いいねー。この辺りでいいとこ知ってるかい?」
「いえ、全然わかりません。そうだ! ここからだと帝〇ホテルがそこまで遠くなかったはずです」
帝〇ホテルか? ここからどうやっていくのか分からないが、スマホを見てればなんとかなるか。
庶民の俺では絶対に入ることのない聖域だが、華ちゃんがいれば大丈夫。のハズ。
意を決した俺は、
「じゃあ、帝〇ホテルにしよう」と、答えていた。
スマホで地図を見ながらと思ったが、華ちゃんが道を知っていたようだ。近頃の女子高生は侮れん。
華ちゃんに付き従う形で、10分ほど歩いていったらそれらしきものが見えてきた。結局15分ほどで帝〇ホテルに到着し、華ちゃんの後について、1階の入り口から入ったら、すぐにレストランというより喫茶店のような店があり、華ちゃんはその中に入っていった。
4人席だったが、二人で向かい合って座り、メニューを見て華ちゃんは野菜カレー、俺はビーフカレーを注文した。
カレーだったせいか料理はすぐにやってきた。俺のカレーは想像通りだったが、華ちゃんの野菜カレーは多彩な野菜が皿の周りに並べてあって、野菜が特別自己主張していた。
「「いただきます」」
俺のビーフカレーは特に辛いわけでもなく、特徴と言えば肉がゴロリとしているくらいだった。美味しいかと問われれば間違いなくおいしいのだが、メニューに書かれた値段に相当する味なのかと言うとそうでもないような。ただ、こういった店はお金持ちが雰囲気を楽しむという意味合いもあるので、値段の何割かはそういったところの代金なのだろう。
などと、庶民感覚丸出しで俺はカレーを食べていたのだが、向かいに座った華ちゃんは、おいしそうにカレーを食べていた。
「久しぶりにここのカレーを食べられて、幸せです」と、ニコニコしていた。華ちゃんの笑顔を見れたということで良しとしよう。
カレーを食べ終わったところで店の人に食後のコーヒーを勧められたが、午前中にもコーヒーを飲んでいたのでそれは断り、精算して店を出た。
昼食とすれば結構な値段だったが、どんなものでもポーション換算してしまうと大したことはないと思ってしまう俺だった。




